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翌日の早朝。
まだ起きるにはかなり早い時間だが、パチリと目が覚めた。
昨日早上がりさせてもらったし、しっかり睡眠取ったおかげもあって身体は元気だ。
一つ伸びをしてから起き上がる。
窓の外を見るとうっすらと朝靄が掛かっているが、差し込む日差しは明るい。
今日も暑くなりそうだ。
外に出て共同トイレを使ってから、冷たい井戸水でバシャバシャと顔を洗う。
歴史ある建物のそばでこんな風にしてると、なんだか田舎暮らししてる気分になってくる。
田舎に住んだことねーけど。
なんて思っていたら、不意にどこからかトン、という音が聞こえた。
ほんの少し響いたその音に顔を上げる。
今いる場所は旅館と長屋の中間でどっちの廊下も見渡せる場所だが、まだ早朝で誰の姿も見えない。
気のせいかと思いタオルで顔を拭いていると、トンとどこからかまた音がした。
じっとしていると、再びトンという音が響く。
――ゾクッと背筋が震えた。
夏の旅館といえばホラーはつきものだ。
古い旅館だし、そういえば般若の面や怖そうな甲冑とか日本人形とか、ヤバそうな物はあちらこちらで見かけた。
こんな朝っぱらからお化けなんか出るのかと思ったが、一定間隔で響くそれは確実に俺の恐怖心を煽る。
いや、煽られているようでぶっちゃけかなりワクワクしている。
というわけでこれはさっそく有坂誘って正体突き止めてやろうと、部屋に戻って意気揚々と電話をかけた。
が、出ない。
まあ早朝だしさすがに寝てるか。
なら一人で正体を突き止めて、あとで俺の冒険記を有坂に語ってやろう。
そう決めて音のする方へと足を進める。
旅館の中から音がしているのかと思ったが、中に入ると音は聞こえない。
有坂旅館の敷地はかなり広く、自然も豊富で庭も広い。
朝靄掛かる早朝の庭を浴衣姿で探索していると、年季の入った屋敷を見つけた。
どうやら音はその中から聞こえているらしい。
怖さ二割ワクワク八割な気分で、そっと中を覗いてみる。
――タンッと一際大きい音が室内に響いた。
視界に入り込んできた光景に、ハッと目を見開く。
古ぼけた屋敷だと思っていたが、その中は広く開放された空間だった。
実際に見るのは初めてだが、作りからしてどうやらここは弓道場らしい。
その中心で袴姿の有坂が、凛とした佇まいで弓を構えていた。
視線の先は遥か遠くの的にあり、あんな小さな場所に当たるのかと瞬きをする。
有坂が矢を番え、ブレのない動作でゆっくりと引き絞る。
弓が撓り、少しの静寂の後――。
タンッと音を立てて解き放たれた矢が的へと当たった。
「おーっ、すげー!」
思わず拍手。
何こいつ、スナイプ能力やべーんだが。
FPSとかシューティングゲームやらせたら絶対上手いだろ。
「…結城か。よくこの場所が分かったな」
俺に気付いた有坂が、弓を下ろす。
有坂しかいないし気にせず駆け寄ると、見慣れない袴姿や俺の身長より大きな弓を興味津々と眺める。
「お化けかと思って探検してたんだよ。お前弓も出来んの?めちゃくちゃカッコイイな」
「…お化け?弓道は幼い頃からやっているんだ」
「へー。ちょっと見ててもいいか?」
「構わない」
そう言うとスッと指を差される。
指定された場所に大人しく座ると、有坂は再び的へと視線を向けた。
それから綺麗な動作で弓を射る有坂の様子を見学する。
面白いほど的に吸い込まれていく矢を見ているのは気持ちがよく、ドキドキしながらその姿を眺める。
やっぱりこうやって一緒にいて胸が弾む気持ちになれるのは、有坂だけだ。
ずっとこんな時間が続けばいいのに、っていつだってそんな気持ちになれる。
『――有坂にもし本当に彼女がいたらさ、普通マッスーじゃなくて彼女連れていくと思うよ』
不意に昨日ハルヤンに言われた言葉が蘇ってくる。
それについては昨日の夜少し考えたが、言われてみればその通りなのかも、とは思う。
じゃあ有坂に彼女がいると思ったのは俺の勘違いだったのか。
それともいたけど別れたのか。
いずれにしろ今はいないってことだ。
ただそうなると、抱き締められたりキスされたことへの言い訳がなくなる。
こんな風に一緒にいてめちゃくちゃ楽しい友達だと思っているのに、もしも有坂の気持ちが俺の想定する『最悪の事態』になっていたとしたら。
やっぱりこれはもう聞いてみたほうがいいのか。
夢だったらそれでいいし、別に深い意味がないならスッキリ解決だ。
まさか有坂に限ってそんなことはないと思ってる。
思ってはいるが――。
不意に有坂が弓を下げ、俺を見る。
視線が合って、ビクリと大きく心臓が跳ねた。
なんだろう。
つまみ食いしたのがバレた時みたいな気持ちになった。
「そろそろ戻ろう。直に朝食になる」
「…お、おう」
そう言って有坂は弓を立てかけると、神棚へ一礼する。
バタバタ入り込んで騒いじゃったけど、ひょっとしてなんか作法とかあったんだろうか。
あるなら全然言ってくれてもいいんだが、有坂は俺に何も言わないし、むしろどこか柔らかく目を細められてソワソワしてくる。
「体調は大丈夫か」
「えっ?お、おー。もう全然平気」
「そうか。部屋まで送る」
そう言って当たり前のように俺をいつも送ってくれるが、考えてみれば俺達は男同士だし、そんな送る必要もないんじゃないか。
なんだか変に色々と考え始めてきて、有坂の隣にいるのに妙に落ち着かなくなってくる。
聞くべきか。
それともやめとくべきか。
悩んでいたら、不意に頭に有坂の手が落ちてきた。
「――っわ、な、なに」
ハッとして避けると、有坂が少し驚いた顔をした。
「…いや、蜘蛛の巣が髪に付いていただけだ。一体どこから弓道場に来たんだ」
「えっ」
そう言われてみれば今は廊下から戻っているが、俺は朝露滴る庭の中を通って屋敷を見つけた。
完全に探検モードだったが、ちゃんとした道があったのか。
「戻ったら鏡を見てみろ」
「あ…うん。分かった」
いつもだったら気にせず取ってくれと強請るところだが、なんだこの気持ちは。
ハルヤンのせいで有坂を変に意識するようになっちまったじゃねーか。
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