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さて、なんだかんだと過ごしていたら夏休みももう中盤だ。
熱は出したが復帰後はそこそこにやる気を出して頑張ったせいもあって、仕事も大分慣れてきた。
「有難うございました。お気をつけてお帰りくださいませ」
「あーん、離れるの寂しいですー。また来年も絶対この旅館来ますね。老舗旅館の王子っていっぱい宣伝しときますっ」
「そう言って頂けて光栄です。従業員一同、お客様のお帰りを心よりお待ちしております」
そう言って丁寧にお辞儀をして笑顔を見せる。
どうよこれ。
ぽーっと熱に浮かされたような視線を受けつつ、はよ帰れと思っていたら有坂母に荷物を送迎バスまで運んで差し上げなさいと言われた。
旅行バッグとか重いし内心で「えーっ!?」と不満たらたらだが、笑ってない目でニコニコと微笑まれれば逆らえない。
「わ、すごく親切にして頂いて…っ。重いのにすみませんっ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「高校生なんですよね?すごく落ち着いていて大人っぽくて…本当に素敵でしたぁ。あの…よ、良かったら連絡先教えて貰えませんか」
「勿論構いませんよ」
ニコニコと対応すると女子達が色めきだつ。
お客様に気持ちよく帰ってもらうのが旅館の鉄則だ。
つーかそうしないと有坂母が怖い。
まあもちろん俺の連絡先をホイホイ渡すわけにはいかないから、しっかりと旅館の連絡先入りの紙を手渡して、再度お辞儀をしつつバスを見送った。
完璧だろこれ。
ウズウズしながら有坂母を見ると、クスッと笑われた。
「そうですね。機転も利くようになりましたし、接客も大分板に付いてきました。心構えもお有りのようですし、そろそろ桐吾さんと仕事中に話すのも解禁とします」
「――おおっ、やった」
「ただし当たり前ですが仕事中です。羽目を外しすぎないようになさい」
「はいっ」
元気よく返事をして、ちょうど休憩になったこともあって意気揚々と有坂を誘いに行く。
今日は昼飯を食ったら、さっきの女子達が美味いかき氷屋が近場にあるって教えてくれたから、そこに行ってみたい。
それから有坂母にちょっと褒めてもらったことや、仕事中に話すのが解禁になったことも早く伝えたい。
従業員に有坂の居場所を聞いて駆けつけると、有坂は風呂掃除をしていた。
だだっ広い大浴場の掃除はどう見てもまだ終わりそうにない。
「有坂っ、昼飯食おーぜ。休憩」
「すまないが先に食べていてくれ。まだ仕事が終わらない」
「えーっ」
そう言って黙々と続きを始めたから、それならと俺もデッキブラシを取りに行く。
有坂が終わるのを待っていたら休憩が勿体無い。
「手伝ってくれるのか」
「おー。その方が早く終わるし、今日は一緒にかき氷食いに行きてーんだよ」
「…そうか」
ふわりと柔らかな笑顔を向けられてギクリとする。
いやいや、なんで笑顔にギクリとしなきゃいけねーんだ。
それにしても最初は超絶笑顔の欠片もない無愛想キャラだと思ってたが、最近は結構笑顔をみせてくれる気がする。
笑顔って言っても素人目には分かりやすいモンじゃないが、夏休みをずっと一緒に過ごしている有坂マスターの俺には分かる。
手伝っているはずがなぜか散らかって結局浴場の外に放り出されたが、程なくして一緒に休憩に入った。
昼飯を食って、二人で教えて貰ったかき氷屋へ行く。
美味しいと評判のかき氷屋はめちゃくちゃ氷盛り盛りだけど、口に入れたらふわりと溶けておまけにシロップやトッピングのメニューも豊富だ。
ジリジリと日差しが照りつける真夏には絶好の食べ物で、自然と手が進む。
「食いすぎて腹を壊すなよ」
「だいじょーぶだって」
お前は俺のオカンか。
有坂の頼んだ抹茶小豆と食べ比べしたり、口の端についていたらしいクリームを拭き取ってもらったり、のんびりとした休憩時間が過ぎていく。
俺からしたら正直友人が出来ただけでも幸せなのに、こうやって夏休みを過ごして、気軽に飯を食いに行ける仲にまでなれたことが奇跡みたいなモンだ。
夏休みが終わっても、学校が始まっても、ずっとずっと有坂とこうやって一緒にいたい。
だけどそのためには、有坂が俺をちゃんと友達だと思ってくれている必要がある。
ちらりと有坂を見れば、頬杖をついて俺が食べるのを眺めていた。
「…な、何見てんだよ」
「いや。幸せそうに食っているなと思って」
見つめられる視線にどこか落ち着かない気持ちになる。
さっきまでスラスラ出てきた会話も、なぜだか思いつかなくなってくる。
勿論有坂に気に掛けて貰えるのは嬉しいし、自分が何をしていても絵になる自信はある。
だから俺に見惚れることがあるのは例え親友だろうが全然ありえるし、むしろいつも俺のことだけ考えて夢中になってくれるくらいが丁度いい。
だけどそれはあくまで、友達としての話だ。
モゴモゴと言葉に詰まっていると、ふと店の外でざわめく声が聞こえた。
同時に、ゴロゴロと雷の音が鳴り始める。
「あれ」
店内の窓から空を見上げれば、さっきまでめちゃくちゃ晴れていたのに真っ黒な雲が浮かんでいた。
すぐにざーっと激しい雨が降り出す。
夏特有のゲリラ豪雨だ。
「すみませんねー、全部渡しちゃって今傘一本しか無くて」
「いえ、お気遣いに感謝します。すぐそこの旅館の者なので、必ずお返しに伺います」
「いーよいーよ。観光客も多いし元々お客さん用に買ってあるものだから」
店の人はそう言ったが、有坂は律儀に「必ずお返しします」と丁寧にお辞儀をして店を出た。
雨は未だ弱まること無く、ザーッと音を立てて降り続いている。
有坂がバサリと傘を開いて、俺を見下ろす。
入れってことなんだろうが、妙に意識してしまう。
あれ、相合い傘ってフツー友達でもするか?
いやそれはするか。
なんだか考えすぎてよく分からなくなってきた。
そう思っていたら、グイと肩を有坂へと引き寄せられる。
突然の密着に心臓が跳ね上がった。
「――な、何っ」
「濡れるだろう。また風邪を引いたらどうする」
「あ…そーだな」
変に声が上擦ってしまう。
旅館までの道のりを有坂と歩きはじめる。
有坂の手は俺の肩に置かれたままで、濡れないようにしてくれてるのは分かるが、なんだか身体がギクシャクしてしまう。
なんでせっかく有坂と一緒にいるのにこんな気持ちにならないといけないんだ。
めちゃくちゃ楽しい時間のはずが、いまいち気にかかって集中できないというか。
「気にしているのか」
「えっ?」
不意に落ちてきた言葉に顔をあげる。
有坂の視線は前を向いたままで、その表情は読めない。
「触れる度に怯えた顔をされればさすがに気付く。この間俺が口付けしたことを気にしているんだろう」
突然の有坂の言葉に驚く。
まさか有坂からその話をしてくるとは思わなかった。
ていうか俺そんな分かりやすく顔に出てたのか。
「…や、やっぱりしてたのかよっ」
「記憶になかったのか?」
「ね、熱出したからどうなのか分からなくて…」
言いながらドクドクと心音が鳴り始める。
この状況は結構やばいんじゃないか。
聞きたいけど、聞きたくない。
でもここで聞かなかったら、もうこの話題を蒸し返すことは出来ない。
だけど聞いて肯定されたら、残りの夏休みコイツとどう過ごせばいいんだ。
「…ど、どういうつもりでしたんだよ」
「したくなったからした。俺は結城が可愛くて仕方ないんだ」
「――か、可愛いってお前な…」
真顔で何を言ってんだコイツは。
とはいえ俺が男女問わず愛されて可愛がられることは別に当たり前だから、そこに疑問は抱かない。
聞きたかったのはそこじゃない。
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