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「はい、出来ましたよ。益男さん」
「おー、ありがとうございます」
鏡の前で自分の姿を見る。
有坂母がせっかく夏祭りに行くのならと、浴衣を持ってきて着付けてくれた。
キナリ色というらしいその浴衣はクリームっぽい色で、それに黒い帯を合わせて結んでくれる。
「本当に益男さんには様々な浴衣を合わせてみたくなります。桐吾さんも仰ってましたが、モデルさんのようで何を着てもお似合いになりますよ」
自分でもそう思う。
鏡の前の姿に満足したら、早く有坂に見せたくてウズウズとしてくる。
行ってきますと有坂母に言ってすぐさま駆け出そうとしたら、グイと手首を掴まれた。
「益男さん、走ってはいけませんよ。せっかくの浴衣が着崩れます。だらしない着こなし方をするのは許しませんからね」
「…は、はーい」
「では楽しんで行ってらっしゃい」
そう言って笑顔で送り出してくれた。
寝巻き用の浴衣とは違ってちゃんと着付けてもらったから、どことなく動きづらい。
それに履き慣れてない下駄も歩きづらい。
それでもそれがむしろ楽しいと思える程度にはワクワクしていて、有坂の待つ実家の方へ足を向ける。
「結城」
仲居さんに口々にカッコイイと褒めてもらいながら旅館を出ると、有坂がもう待ってくれていた。
有坂もちゃんと浴衣姿で、濃紺の浴衣に白地の帯がどことなく清涼感出てる。
「めちゃくちゃカッコイイな」
開口一番にそう言うと、有坂はどこか居心地悪そうに視線を逸らす。
「…頼むから俺より先に言わないでくれ。格好が付かないだろう」
「えっ?」
「結城もよく似合っている」
その言葉になんだか胸がポカポカしてくる。
俺が似合ってるなんて知っていたことだが、有坂に言われると格段に嬉しいと思うのはなんでだろう。
「ふふ、だろ?」
堪らず有坂の腕を取ってニッと笑うと、くしゃりと髪を撫でられた。
それから石畳の道を二人で並んで歩く。
店頭には祭り用の提灯が下げられていて、いつもとどことなく違う雰囲気が漂っている。
歩くに連れて人もどんどん増えていき、屋台が見え始めた頃には結構な賑わいとなっていた。
「人すげーな」
「ああ。地元の祭と言っても観光地だからな。それなりに毎年賑わっている」
「へー」
どこからか笛や太鼓のお囃子が聞こえてくる。
ハッピ姿のオッサンや浴衣姿の女子、子供連れの観光客や外人さんまで様々な人が行き交っていて、自然とテンションが上がる。
道の両脇にはズラッと屋台が立ち並び、あちらこちらからめちゃくちゃいい匂いも漂ってくる。
「有坂、何食う?俺お好み焼きは絶対食うだろ。あとじゃがバタ食ってりんご飴食って、あと射的とくじ引いてー、あっ、金魚すくいしたいけど持って帰れないからヨーヨーのがいいかな。それからたこ焼きも食って…」
「そうか」
やりたいことがたくさんある。
有坂の隣で指折り数えて話しながら、長く続く祭りの道を歩く。
ちなみに夏休み中のバイトは終了ということで、有坂母に一ヶ月のバイト代はしっかり貰った。
別にバイト代なんか貰わなくても金は元々あるが、それでもちゃんと自分で働いたお金ってのは重みが違う。
「初めて貰った給料は取っておけ」
が、そう言って結局いつも有坂が出してくれる。
有坂家は子供と言えど仕事をしたらそれ相応に賃金が貰えるらしいから、給料を貰うことも今に始まったことじゃないんだろう。
「ありがとう」
素直に有坂に甘えて、買ってもらったりんご飴に頬を緩ませる。
有坂はいつも優しい。
いつだって俺の事を考えてくれる。
さりげなく人のいない方に誘導して歩いてくれたり、淡々とした返事しか返ってこないからそう気にしてないのかと思えば、ちゃんと俺の希望は覚えてくれている。
有坂にとって俺は確実に大切な存在で、めちゃくちゃ可愛がられている自覚もある。
そう、なんでも有坂は俺を優先に考えてくれている。
「――忘れてた」
賑わい離れた屋台裏で、俺は一人かき氷を食って待ちぼうけを食らっていた。
俺をなんでも優先してくれてるとか自信満々に思っていたが、全くそんなことはなかった。
俺の目の先では有坂が中学時代の友達と話していて、なんかやたら楽しそうに話しているように見える。
最近学校が無いからすっかり忘れてたが、そういやアイツ隠れた人気者だった。
地元ってことで有坂の友達が結構来ていて、それもアイツ上京してるから物珍しさにみんな見かけたら話しかけてくる。
最初は愛想よく少しニコニコしてやったが、なんで俺が邪魔者に愛想振りまかないといけねーんだと気付いてからはさっさと離れることにした。
有坂に俺のビミョーな気持ちを察してほしいのもある。
せっかく夏休みの最後で有坂と楽しい思い出を作りたいのに、どいつもこいつも俺と有坂の邪魔すんな。
有坂も俺以外の友達いなくなれ。
じーっと睨みながらぼっちになれと呪いをかけていると、不意に祭り囃子の音が大きくなってきた。
同時に人の流れがワッと押し寄せてくる。
どうやら神輿がこっちに来たらしく、大勢のハッピを来た大人で目の前が溢れかえっていく。
熱気や音が凄まじく、あっという間に人混みに流されて有坂の姿を見失ってしまった。
ハッと気付いた時には一人になっていて、神輿も少しずつ遠ざかっていく。
有坂の姿は見えない。
俺がガチでぼっちになってどうする。
気付けば周りの目が俺に向いていて、いつものように好奇な視線で溢れかえっていく。
――ゾクリ、と背筋が冷えた。
こんな知らない土地で、しかも祭りの最中とはいえ日が沈んだ時間帯に一人でいるのは怖い。
気持ちが焦ってキョロキョロと辺りを見回すが、有坂の姿は見えない。
どうしようと完全に固まって突っ立っていると、不意にグイと腕を引かれた。
ビクリとして振り向くと、すぐ後ろに有坂が立っていた。
「凄い人だったな。大丈夫か」
どうやらすぐ近くにいたらしい。
はぐれたと思ったから、一気に安心感が流れ出す。
それと同時になんだか無性に有坂に気持ちをぶつけたくなってきた。
「…っおい、はぐれたらどーすんだよ。しっかり俺のこと見てろよ」
「見ていたが」
「俺は今見失ったんだよっ。もう誰とも話しすんなっ」
さっきの不満もまるごと有坂にぶつけると、有坂はキョトンとした表情で俺を見つめる。
自分でもちょっと理不尽なことを言っている気はしているが、俺は自分が一番じゃなきゃ嫌なんだ。
特に今日はこっちにいれる最後の日で、有坂といい思い出を作って帰りたい。
だから有坂には俺以外、もう誰も見てほしくない。
こっちは大真面目に言っているのに、有坂はクスリと息を漏らす。
「そうだな。すまない」
そう言って俺の手をギュッと握ってくれた。
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