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----side有坂『君を想えば』
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「あーりちゃん。お土産ありがとねー」
寮の食堂へ入ると先に来ていた春屋に声を掛けられた。
土産といってもささやかな物で、食堂のテーブルへ箱詰めのお菓子を置いておいただけだ。
一ヶ月ぶりに会った春屋は日に焼けていて、どうやら充実した夏休みを過ごせたらしい。
「昨日マッスーに会ったんだけどさー、絶交したんだって?めちゃくちゃ凹んでて可哀想だったよ」
「…そうか」
「あんまり可哀想だったから抱き締めて身体で慰めてあげたけど」
「――なに?」
カッと感情が沸き上がったと同時、春屋が勢いよく両手をあげた。
「ちょ、ウソウソ。それは冗談ね。いきなり殴り掛かってきそうな物騒な顔しないよーに」
「つまらない冗談を言うな」
「…いや今の冗談はこの夏一番のスマッシュヒットだった気がするわ。ある意味」
悪気なくそう言っている春屋に眉を顰める。
結城は仲良くしているようだが、この男の思考は俺にはいまいち理解できない。
「それだけ心配ならさっさと連絡してあげなよ。ずっとスマホ見て待ってるからありちゃんの犬かと思ったわ」
「…ただの喧嘩とは事情が違う。今の俺にはアイツの重荷になることしか出来ない」
「はひ?」
バリバリと土産の煎餅を頬張りながら春屋に問い返されたが、これ以上の話は不要だろう。
それより結城は春屋に事情を話したのか。
結城は俺と春屋は違うと言っていたが、あれは俺の手前そう言っただけで実際は相談も気軽に出来る仲なのだろう。
俺と同じように春屋にも笑顔を向け、嬉しそうに話をしているのだろうか。
自分のせいで第三者にまで気苦労を掛けているのかと思うと正直居た堪れない気持ちにはなるが、友人がいないと言っていた結城に気持ちを吐き出せる対象がいたのは良いことだ。
そう思えば、一つ息を吐いて春屋に向き直る。
「結城の話を聞いてくれたんだろう。すまなかったな。感謝している」
そう言うと春屋が面食らったように目を瞬いた。
「ぷ、その台詞マッスーは自分の物だって言ってるようにしか聞こえないけど」
物の受け取り方は人それぞれだ。
『――俺も好き』
結城の真っ直ぐな瞳が俺を見上げる。
夜空に上がる様々な花火の光を含んで、幾重にも色を変える虹彩に目を奪われた。
『俺も有坂が、大好きだ』
バクリと大きく心臓が跳ねる。
堪らずその手を結城に伸ばしたが、求めていた温もりには触れられず空を切る。
――ハッと目を開いた。
見慣れた天井は寮の自室で、薄明かりと静まり返った室内がそこにある。
さっきまで聞こえていた花火の音や、焦がれて止まないその姿はどこにもない。
ただ、心臓の音だけはバクバクと鳴り続けている。
身体を起こして、冷たい水で顔を洗う。
それからジャージに着替え簡単に身支度をする。
まだ明け方だが、少し走り込みに行くことにした。
夏とはいえ太陽も出ていないこの時間帯は涼しい。
学生寮の外壁に伝う朝顔はもう既に花開いていて、先に水を遣ってから走り始めた。
野球部の方に顔を出していない分、体力は衰えないようにしておきたい。
帰省中も寝る前に素振りを毎日欠かさずしていたが、それでも部活に行っていない間は他の部員より明らかな遅れとなってしまう。
初心者だからといって、いつまでも甘えてはいられない。
それに、何か身体を動かしていないと気持ちが落ち着かない。
『お、俺嫌だ。有坂とは友達でいたい。普通に飯食ったり遊びに行ったりとか絶対にまたしたいし――』
俺の服を掴んで、震える声で必死に訴える瞳。
あんな風に愛しい者に言われて、心が傷まないわけがない。
本当は結城に今すぐ連絡を取り、アイツの思うままに友人を演じてやることが出来れば一番いいのだろう。
だが今の俺の気持ちのままでは、結城の側にいたら間違いなく触れたくなってしまう。
アイツの望んでいない行動を取り、最終的に嫌悪されてしまうだろう。
今までの会話から、結城が俺と恋人関係を望んでいない事はちゃんと分かっている。
思えば同性愛者ではないと最初に言っていたし、それどころかありえないとも、勘違いだと言って諭そうともしていた。
祭りの日のこともそうだが、俺達の認識がずっとズレていたのであれば、当然今までの会話にも相違があったことになる。
一緒にいたいと強請る言葉も、帰り際に寂しいと溢す言葉も、触れていいと、我慢しなくていいと言ってくれた言葉もそれは全て友達としてのものだ。
――ズキリと突き刺すような痛みが胸に走り、振り切るように一気に坂を駆け上る。
息を切らして足を止めると、うっすらと出てきた太陽が街を光で満たしていくのが見えた。
身体を動かしていても、結局結城のことが頭から離れない。
触れても物足りず唇を寄せても愛しくて堪らない想いは、考えれば考えるほど増すばかりで、正直気持ちの整理などとても今は出来る状態にない。
だが現実的に考えて男同士の恋愛など、相手に強いるようなものではない。
結城のことを想うのであれば、それこそこの気持ちはどうあっても不必要なのだろう。
『で、でも俺には有坂が…』
『――すまないが、しばらく話し掛けないでくれ』
驚愕したように目を見開いた結城の顔が、もうずっと頭から離れない。
情けない話だが、冷静さを欠いて結城に可哀想な言葉をぶつけてしまった自覚はある。
だが今は俺自身結城とどう付き合っていけば良いのか、正直思い悩んでいる。
だからもう少し。
そう簡単に冷える気持ちだとは思えないが、せめて結城と冷静に会話を交わせる程度には。
あの焦がれて止まぬ青い瞳を傷つけないためにも、もう少しだけ目を閉ざしていようと思う。
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