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「えっ、やりたくない?」
突然聞かされた言葉に驚く。
「ゆ、結城くん朝宮さんと喧嘩したの?昨日泣いてたみたいだよ」
「――はぁ?」
なんもしてねーわ。
考えても全く身に覚えがない。
何かというと、白雪姫役の朝宮さんが突然役を降りると言い出したらしい。
この文化祭間近になってふざけんな。
これから昼休みの練習をしようとしていたところだが、朝宮さんの姿は見当たらない。
いつも早く練習しようと俺の腕を取って声を掛けてくるくせに、どこいった。
主役がいないんじゃどうしようもない。
「でも朝宮さんの代わりが出来る人たくさんいるよね」
「正直白雪姫役やりたい人多かったじゃん。別に降りるなら降りるでいいんじゃない?」
「えー、どうする?私セリフ覚えてるよ」
困るという声を聞きながら、それでも中にはそういう声もある。
教室内は騒然としてるが、みんな結局は俺の反応次第といった感じだ。
「朝宮さんにやってもらうに決まってんだろ。俺は他の人とはやりたくない」
きっぱりとそう言って仕方なく探しにいく。
朝宮さんにこだわりがあるわけじゃないが、他の女子よりはまともに話せる。
それに一からまた他のヤツと打ち合わせしろとか圧倒的に面倒くさい。
この俺が人探しとか前代未聞だが、こうなったらしょうがない。
周りの教室を覗いたり学食を覗いたりしつつ朝宮さんの姿を探す。
学食を出て購買を覗こうとしたところで、ハッと目を見開いた。
有坂と朝宮さんが購買外の石段で、座り込んで話をしていた。
その光景を視界に入れて、ドクリと嫌な感じに心臓が鳴る。
なんで二人でいるんだ。
有坂は野球部の練習してるんじゃないのかよ。
ザワザワと気持ちが落ち着かなくなっていく。
「結城」
ふと有坂が俺の姿に気付いて声を上げる。
朝宮さんは俺に気付くと、立ち上がって逃げるように俺の隣を通り抜けていく。
「――おい、ちょっと待て…」
この俺がわざわざ探しに来てやったのに無視かよ。
とっさに腕を掴もうとしたが、既の所で有坂にグイと手首を引かれた。
その隙に朝宮さんは俺の視界から消えていく。
この間のキスのこともあって、有坂とはちょっと顔を合わせづらい。
だけど今は朝宮さんと二人でいたことの方が圧倒的にモヤモヤする。
「な、なんで有坂が話を聞いてやってんだよ」
「朝から教室中が困っていただろう。本人に話を聞いた方が早いと声を掛けた」
このスーパーお人好しマンが。
つか全く気付かなかったが朝からやってんのかよ。
「朝宮が結城に誑かされたようなことを話していたが本当か」
「…は?してねーよ」
「気を持たすような態度を取られたと言っていた」
「俺がそんなことするわけないだろ」
堂々と言ってやると有坂はどこかジトっと俺に目を細める。
え、有坂は俺の味方じゃないのかよ。
「…結城が誤解されやすい性格だということは理解している。朝宮にもそう伝えておいた」
「庇ってくれたのか?」
「結城の真意は知らないからそれ以上のことは言っていない。好意がないなら女性相手への発言は気をつけたほうがいい」
「だからなんも言ってねーって…」
思い返してみても、やっぱり俺は悪くない。
というかよりにもよって有坂にチクるとか最悪だろ。
ただでさえ微妙な関係になってるのに、余計に関係悪化したら一生恨むからな。
なんて思いながら、ふと思い出す。
「…あ、そういや昨日一緒に文化祭回らないか誘われたけど断ったな。あれが原因か」
「なぜ昨日のことで身に覚えがないんだ」
「俺のこと好きなヤツに興味ねーもん」
何気なくそう言ったら、有坂の表情が驚いたように強張る。
いきなり押し黙ったから何かと思ったが、一拍置いて俺はそれが物凄い失言だったことに気付いた。
「あ、い、いや違う。有坂は違くて――」
やばい。
今のはマジで言っちゃダメだったかもしれない。
慌てて取り繕うように口を開いたが、有坂はじっと俺の目を見つめる。
物言わぬ表情はどこか怖くて、ドクドクと嫌な感じが足元から這い上がってくる。
「確かに結城は不特定多数の相手に好意を向けられているから、不快な思いをすることも多いだろう」
「そ、そーだろ。毎日手紙とかいっぱいもらってマジですげー困ってるし…」
有坂の視線が鋭くなった気がして、ビクビクしてしまう。
それはまるで俺を突き放したときの視線とよく似ていて、どうしようもなく不安な気持ちになる。
嫌だ。
頼むから怒らないでくれ。
これ以上突き放さないでくれ。
「結城にも都合があるのは分かる。相手の気持ちになれと言うつもりはないが、その発言は少し無神経じゃないのか」
「あ…有坂」
「朝宮には再び役を演じてもらえるよう説得してみる。結城もせめて女性相手には多少なりとも気遣ってやってくれないか」
「えっと…でも…」
「好きになれと言っているわけじゃない。それすらも意味が分からないのか」
どこかトゲのある言い方に心臓が跳ねる。
めちゃくちゃ怖い。
きっと有坂は今怒っていて、それは多分俺が悪いんだ。
一番仲良くしたい相手を怒らせている事実に、気持ちが激凹みしていく。
もう何を言ったらいいのか分からず、俯いて視線を床へ落とす。
有坂に怒られる事は俺にとっては会心の一撃で、世界が滅亡したような気持ちになってしまう。
「…そんな顔をするな。これ以上言うつもりはない。だが少しは理解してくれ」
そう言って有坂は俺を教室へ戻るよう促した。
嫌な心音は全く治まらず、二人で教室までの道を歩きながら肩を落として歩く。
有坂に言われた言葉の意味を、トボトボと歩きながら必死に考える。
昼休みが終わるチャイムが鳴り響き、少しずつ賑やかな声が校内から消えていく。
静かになった渡り廊下を歩きながら、ぽつりと俺は呟いた。
「…朝宮さんにはちゃんと謝る」
「そうか」
「…確かに少し、言い方が悪かったかもしれない」
「そうか」
淡々とした有坂の返事を聞きながら、床を見つめたまま歩く。
俺は完全に自分のことしか考えてなかった。
ずっとそれで生きてきたしそれで受け入れられてきたから、他のやつの気持ちなんて一ミリも気にしなかった。
だけど有坂が怒るなら、少しは考えたほうがいいのかもしれない。
すぐにいきなり色々考えろってのは無理だけど、ちょっとくらい気にしたほうがいいのかもしれない。
「…でも俺は有坂と一緒に文化祭回りたかったんだ」
ギュッと唇を噛み締めて、最後にそう呟く。
ちょっとは反省したけど、でもやっぱり俺は自分が一番で有坂に自分のことを分かってほしい。
有坂には絶対に俺の味方でいてほしかったんだ。
怒らないで欲しかった。
グズグズになった気持ちのままどうしようもなく有坂の服の裾を掴む。
「…そうか」
有坂は柔らかくそう言って俺の髪をくしゃりと撫でてくれた。
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