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「カガミよカガミ、この世で一番美しいのは誰?」
話はとある王国の魔女から始まる。
魔女役の女生徒がローブを着飾り、鏡に向かって問いかける。
白雪姫の話の概要はこうだ。
魔女が真実を告げる魔法の鏡を使い、この世で一番美しいと返ってきた白雪姫に嫉妬する。
あの手この手で白雪姫を貶めて、ついには毒りんごで永遠の眠りにつかせる。
そこに登場した王子が呪いを解くためのキスを白雪姫にして、晴れて白雪姫は救われて王子とハッピーエンド。
端折りまくってるが大体そんな話だ。
「それは、とある王宮の王子です」
が、鏡の台詞は白雪姫じゃない。
どよっと会場が騒ぎ出し、まずは想定通りといったところだ。
俺達のクラスがやるのは従来どおりの白雪姫ではなく、白雪姫のアレンジ話だ。
本来継母設定の魔女もここでは継姉となっていて、随所違う要素が練り込まれている。
王子の出番を増やすための脚本でもあり、笑いも交えて見れるような作りだ。
「ではカガミよカガミ、王子の運命の人は誰?」
「それは、白雪姫です」
その言葉に魔女が嫉妬に狂っていく。
そしてシーンは代わり、白雪姫が森のなかで魔女の刺客に狙われているところから始まる。
わらわらと木役の生徒が出てきてどよっと笑いが会場から漏れる。
白雪姫の登場に可愛い、などの声も口々に観客席から飛び交っているが、どれも野太い男の声ばかりだ。
白雪姫が追っ手から逃げた先は七人の小人の住む世界。
そしてほのぼのとしたストーリーが進んでいく。
「有坂くん、結城くん。これが終わったら一旦暗くするからね。そしたらまず有坂くんがここまで出てもらって――」
舞台袖で最後の説明を受ける。
俺より先に有坂の出番だ。
その後すぐに俺も出るが、俺達はリハーサルに参加していないため細かく指示を受ける。
有坂は俺とずっと一緒にいてくれたが、今はもう何も言わない。
俺に気を使ってるのか、それともまさか緊張してるのか。
自分のことばっかりで全然考えられてなかったが、有坂だって家来とはいえ舞台に出る役者だ。
それに考えてみれば有坂は俺が巻き込んだだけなのに、何一つ文句を言わずに最後まで付き合ってくれた。
それどころか、俺が焦ってたら王子役を代わるとまで無茶な提案をして安心させてくれた。
「…あ、有坂」
小さな声で呟く。
すぐに真っ直ぐな視線が落ちてきて、目が合うと頭がカッと熱くなる。
ダメだ。
今余計なことを言ったらマジで台詞が飛びそうだ。
お礼くらい言おうと思ったが、今の俺にはハードルが高い。
「どうした」
「えーと…」
少しモゴモゴとしてしまったが、白雪姫が退場していくのを見て慌てて俺は有坂に口パクで『頑張れ』と伝えた。
言葉に出したら色々忘れそうだから、これが限界だ。
有坂は一度キョトンとしてから、コクリと頷いた。
どうやら伝わったらしい。
「そうか。俺も好きだ」
いや言ってねーよ。
全然伝わってねえ。
場面展開があり、王宮のシーンが始まる。
やけに無愛想で強面な家来がステージ上に登場する。
魔女が白雪姫を森へ追いやってから、王子に取り入ろうとするシーンだ。
「王子様とお会いしたく隣国から参りました」
「これは美しい姫君だ。さっそく王子に伝えよう」
去年演劇同好会に入ってたとか言う割にはその台詞はやたら棒読みだ。
さっき俺に教室で言った『美しい』とはエライ抑揚の違いだな。
とはいえ本人は大真面目だし、ちゃんと声量もあるからなんか妙な迫力はある。
どちらかと言ったら家来より魔王とかやらせたら面白そうだ。
有坂の台詞を聞きながら、俺も舞台袖でスタンバイする。
いよいよだ。
そして、舞台が暗転する。
パッと暗闇の中スポットライトの光が俺に当たる。
観客席から満を持したように悲鳴のような黄色い声が沸き上がった。
有坂は跪き、俺の隣で控えている。
多少声が収まるのを待ってから、俺は台詞を発した。
「よくぞ参られた、隣国の姫君よ。今宵は心行くまで舞踏会を楽しんでくれ」
これは魔女相手ではなく、会場に来ている女子に向かって微笑んでみせる。
シンと一度静まり返ってから、再びドカッと観客が色めき立った。
始まってしまえば台詞は不思議と出てきた。
魔女は帰り際にガラスの靴を落としていくが、王子は気付かずスルー。
若干シンデレラ要素も入れたギャグも盛り込みつつ、劇は進行していく。
話は進んでいき、王子と白雪姫が出会う。
白雪姫の美しさと心の清らかさに王子は心奪われ、魔女は嫉妬を深めていく。
「やばいー…ほんと羨ましいんだけど」
「結城くんと同じクラスになりたかったなぁ。もう木役でもでいいわ」
「どのみち朝宮さんいたら白雪姫になれないもんね…」
王子と白雪姫が同じシーンを共にするたびに、観客席からは感嘆のため息と悲鳴が聞こえる。
魔女が白雪姫へと差し向けた刺客を王子が家来と共に倒し、二人の仲は徐々に進展していく。
そしてついには魔女が老婆に扮装して、自ら毒りんごを持って白雪姫の元へといく。
白雪姫はそれを食べてしまい、永遠の眠りについてしまう。
嘆く七人の小人達。
そして舞台は王宮に戻り、七人の小人が王子にこの事実を告げに行く。
このシーンが終わればもうクライマックスだ。
最初こそ不安があったけど、始まれば集中出来てなんとか台詞を忘れること無く乗り切った。
俺の前でスッと跪いた有坂が口を開く。
「王子。魔法使いの話では白雪姫の呪いを解く方法が一つだけあります」
「教えてくれ。白雪姫のためならこの命すら惜しくはない」
「呪いを解くためには、真実の愛を捧げるキスが必要となります」
「キ…」
有坂が台詞と共に俺を見上げる。
めちゃくちゃタイムリーな台詞を有坂の口から言われて、分かっていたはずなのにギクリと身体が強張った。
さっきのプラネタリウムでの出来事が蘇ってきて、カッと頭に熱が上る。
「…王子?」
有坂と目が合う。
真っ直ぐな視線が俺を見つめていて、その黒い瞳をどれほど近くで俺は見ていたんだろう。
それはめちゃくちゃ長くて、でも一瞬で、蜂蜜のように甘ったるいひと時。
集中が削がれたが、すぐにハッとする。
いや何考えてんだ俺は。
今は劇の途中で、そんなことより台詞だ。
慌てて次の台詞を言おうとしたが、そのまま俺は凍りつく。
――あれ、台詞が出てこない。
今俺は何を言うべきなんだ。
いや、そもそも今どんな話をしていた。
台本はさっきも読んでいたはずで確か4行目だったからこの次は――。
一気に頭が混乱する。
急に止まった会話に観客もあれ?と顔を見合わせる。
やばい。
早く何か言わないと。
しかも変に空いてしまったこの時間を埋める、不自然じゃない言葉で。
でもそんなの今すぐには思い付かない。
不意にクスリと有坂が笑った。
「――どうやら王子は既に心覚えがおありのようだ。それならば安心でしょう」
含みを持たせるようにそう言って立ち上がる。
同時に観客も察したようにドッと笑った。
「えー、いつのまに?」
「ちょ、チャラ男王子じゃんっ」
「そういうことかぁ」
どうやらなんとかなったらしい。
場面転換のため一旦舞台袖に下がる。
心臓が変にバクバクしていたが、有坂のおかげで助かった。
だけど何か言う暇もなく、すぐにラストシーンだ。
白雪姫が棺に横になっている。
俺はマントを翻し、白雪姫の元へと歩く。
横たわる白雪姫のもとで跪き、そっと白雪姫の唇に自分の唇を重ねた。
まあ、当然フリだ。
王子のキスで白雪姫が起き上がる。
「この覚えのある情熱的なキスは王子だと思いましたわ」
そして白雪姫もまさかのノリノリのビッチ発言。
どうやら朝宮さんも有坂に合わせて機転を効かせたらしい。
感動のシーンのはずが最後はギャグ落ちという展開になったが、会場は笑いと割れんばかりの拍手に包まれていた。
「朝宮さんに嫉妬しかなかったけどこの展開ならまだ許せるわー」
「確かに。むしろ朝宮さんに好感もったかも」
「どうせぶりっ子演技かと思ったら王子相手のキスシーンでも堂々としてたよねー」
そんな言葉もちらほら聞こえつつ、ステージでの挨拶を終えて舞台袖に下がる。
お疲れ様と盛り上がるクラスメイトの様子を見て、終わったことをようやく実感してくる。
「最後まさかの有坂くんと朝宮さんのアドリブでびっくりしたよー」
みんな笑いながらそう言ってるが、どうやら俺が台詞を忘れた事には誰も気付いてないらしい。
有坂も真顔で「笑いが取りたかった」とか言ってるし、これはあとで二人に礼を言わないとだ。
みんなに素敵だったとめちゃくちゃに褒められていると、朝宮さんにこっそり引っ張られた。
「結城くん、ラスト台詞忘れたでしょ」
どうやら朝宮さんにはバレてたらしい。
まあさすがにずっと一緒に練習してたし分かるか。
「おー、なんか飛んだ。アドリブ効かせてくれて助かった」
「ううん。有坂くんのおかげだったね。あそこでチャラ男になったら最後普通のキスじゃ締まらないもん」
そりゃそうだ。
ファーストキスだからこそ盛り上がるシーンでもあるし、ああなった以上は朝宮さんがギャグ落ちにしてくれて良かった。
そう考えれば俺は一度視線を逸らして首を擦る。
朝宮さんも女子だし、いくらギャグ寄りの話にしているとはいえ最後くらいは王道の純愛シーンを演じたかったはずだ。
ここはさすがに台詞忘れた俺がどう考えたって悪い。
「あー…ギャグ展開にしちゃって悪かったな」
そう思って一応謝ったら、驚いた顔をされた。
「あれ、結城くんてちゃんと謝れたんだね」
「おい」
失礼なやつだな。
だけど朝宮さんは機嫌良さそうな顔で首を振った。
「ううん。実際こっちの展開で助かったかも。普通のハッピーエンドだったらもっと嫌がらせ酷くなりそうだったし…」
「え?」
「最近有坂くんに相談してたから…もしかしたら考えてそうしてくれたのかなぁ。やっぱり有坂くんてすごいね」
そう言って朝宮さんはふふ、と赤い顔で笑う。
その視線はもう俺ではなく、完全に有坂を見つめていた。
再び嫌な感じが足元から這い上がってくる。
どうやら白雪姫は王子ではなく、家来に軍配を上げたらしい。
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