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心臓がバクバクと言ってる。
俺の身体を引き寄せる手は熱くて、伝染するように身体に熱が広がっていく。
すぐ耳元で有坂の息遣いが聞こえて、慌てて俺は目の前の身体を押した。
「…あ、有坂。話がある」
なんとか顔を上向かせて言うと、黒い瞳と視線が絡む。
頭の芯が熱い。
有坂に触れられるたびにさっきのことを思い出して、思考が吹っ飛びそうになる。
「分かった。俺も結城に話がある」
人より感情表現の乏しい顔がじっと俺を見つめる。
きっと俺たちの話は同じだ。
有坂と一緒にキャンプファイヤーが見える場所まで降りてくる。
俺は有坂の手をずっと握っていた。
きっと握っていなくてももういなくなったりはしないけど、なぜだか不安でたまらなかった。
人混みから離れた校舎脇の石段に二人で腰掛けて、遠くでパチパチと燃え盛る炎を見つめる。
「…あ、そうだ。演劇助けてくれてありがとな。最後の最後で台詞飛んで焦った」
「いや、大したことはしていない。それよりあれほどの台詞量をそれまでしっかりこなしていたことの方が凄い」
「そーかな」
そうやって有坂はいつも俺を褒めてくれる。
失敗したことより、ちゃんと出来た所を見ていてくれて嬉しい。
「結城の立ち振舞にはやはり目を奪われる。正直朝宮とのやり取りは見ていて妬けた」
「ふ、嫉妬すんなって言っただろ」
「…それは難しいな」
淡々と告げる横顔を見つめる。
全く嫉妬しているようには見えないが、この顔で内心嫉妬しているらしい。
でもよくよく見るとどことなく不機嫌そうだ。
そう気付くとなんだかくすぐったくて、自然と笑ってしまう。
「…人をからかっているのか」
「違う。嬉しいんだ。有坂が俺だけを見ていてくれて嬉しい」
「――それは友人としてか?」
不意に有坂の視線が強くなる。
有坂が何を望んでいるかは、もうちゃんと分かってる。
「うん。友人として」
そう返すと、その表情がどことなく難しいものに変わる。
心臓がドクドクと速くなっていく。
やっぱり、俺の気持ちは変わらない。
だって俺は何も間違ってない。
どう考えても男同士なんておかしいだろ。
それに俺はずっと、ずっと友達が欲しかったんだ。
最初からそう思って有坂に声を掛けた。
「俺は有坂に友達でいてほしい。有坂が俺を好きになったら…特別じゃなくなる」
「どういうことだ」
有坂が眉を顰める。
不意に視線が鋭くなって、ビクリとしてしまう。
「…お、俺にとっては有坂が友達でいてくれることが特別だったんだ。だから有坂が俺を好きになったら…それはもう周りのやつと同じで――」
「なら今の俺はもう結城にとって用済みということか」
「ち、違うっ。だからそうならないように有坂には特別でいてほしいって話で…」
「結城は前にも自分を好きなやつに興味が無いと言っていたな」
黒い瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。
視線は鋭いが、その目はどうやら怒っているわけじゃなさそうだ。
ただ、ちゃんと俺の話を聞いてくれようとしてる。
「友達が出来たのが初めてだとも言っていたし、今までに随分寂しい思いをしてきたんだろう」
有坂の言葉にギュッと胸が詰まる。
その通りだ。
寂しかった。
本当に、寂しかったんだ。
いつだって俺は周りから勝手に羨まれていて、誰も俺の悩みなんて分かってくれなかった。
たった一人友達を作るのが全然うまくいかなくて、休み時間も、昼休みも、学校でのイベント事も、休みの日だって何一つ楽しくなかった。
ずっとつまらなくてどうしようもなかった毎日を、有坂だけが変えてくれたんだ。
本当に幸せで、楽しくて、絶対に有坂が特別だと思った。
――思っていたのに。
「…だが俺はやはり、自分の気持ちに噓を付くことは出来ない」
有坂は、俺の特別にはなってくれない。
俺の特別じゃなかったんだ。
「い…嫌だ」
声が震える。
ギュッと有坂の手を握りしめる。
絶対に離さないと強く握ったら、有坂も握り返してくれた。
「すまない。俺は結城の側にいるとどうしても触れたくて堪らなくなる。結城の望む友人関係など続けられる自信がない」
「ふ、触れたくなるって…触るだけじゃダメなのか?抱き締めるのは別にいいし…その、チューもたまになら――」
「それは友人関係とは言わないだろう。それに俺はそれ以上の事も望んでいる」
「そっ、それ以上って――」
さっきのハルヤンの事を思い出してドカッと顔に熱が上る。
いやちょっと待て。
それこそ俺たち男同士だろ。
え、俺ただでさえ童貞なのに有坂を抱ける自信なんてないんだけど。
違う方向に思わず深刻に悩むと、有坂はじっと俺の目を見つめた。
「結城が望んでいないことを押し付けるわけにはいかない。友達関係を築いたことがないというのなら尚更だ」
「で…でも俺は有坂がいないと――」
「友達関係とは無理に作るものではないんだ。こんな話をしている時点で、俺たちはもう友達にはなれない」
ハッキリと言われた。
目の前が真っ暗になる。
有坂と俺は友達になれない。
じゃあ有坂は俺の前からいなくなるのか。
俺はこれからどうすればいい。
ゾワリと冷たい感覚が足元から這い上がってくる。
「む、無理。有坂がいなくなったら俺無理だ」
「俺も結城が愛しい。…どうあっても俺を好きになってはくれないか?」
切なげな視線が俺に問いかける。
繋いでいた手はいつの間にか指が絡んで、もう片方の手は俺の頬に伸びてくる。
宝物に触れるような優しい手のひらに、心臓が堪らなく速くなる。
「…わ、分からない」
思わずそう零していた。
有坂が少し驚いた顔をしたが、一度視線を伏せてからゆるく首を振った。
「…いや、すまない。この状況でそれを言うのは少しずるかったな」
そう言って有坂は俺から手を離す。
離れていった温もりに気付いて、慌てて俺はその手に縋り付いた。
「――い、嫌だ。有坂。嫌だ」
必死に言葉を紡ぐ。
今そのまま離したりなんかしたら、有坂はすぐ俺から離れていってしまうだろう。
「い、嫌なんだ。有坂がいなくなったら、もう俺どうしたらいいのか分からない…っ」
「そんなことはない。結城は器用な性格だ。きっといつか結城のことを分かってくれて、結城の望むちゃんとした友人が現れる」
「嫌だ。他はいらない…っ。有坂じゃないと嫌だ…っ」
駄々をこねるように縋り付いて、首を振る。
一人にしないで欲しい。
あんなに幸せで楽しい思い出をいっぱいもらって、有坂以外と友達になれなんて俺には無理だ。
だけど有坂は俺の身体をそっと引き離す。
「…俺は結城が好きだ。この気持ちはどうあっても変えられない」
有坂の性格は分かってる。
これだけ律儀で真面目な性格をしている有坂なら、余計に俺とは一緒にいられないだろう。
そもそもこんな常識人が男を好きになったということ自体が奇跡なんだ。
男同士の恋愛なんて、それこそ俺より有坂のほうがよっぽど葛藤しているはずだ。
――きっと有坂はもう、俺と一緒にいるつもりはない。
そう知ってしまったら、足が竦んで身体が震えた。
「…こ、怖い。嫌だ…」
言葉が勝手に口から滑り落ちていく。
せり上がるような痛みと共に、ヒクリと喉が震える。
有坂がハッと目を見開いた。
「怖い。有坂…っ。やだ…っ」
俺の目から、一筋の雫が溢れ落ちる。
それは一度流れ落ちたら、次々と止め処なく頬を濡らしていく。
ボロボロと溢れ出る涙が頬を伝い、顎へと滴り落ちた。
「有坂…っ、嫌だ。頼むから――」
有坂がいなくなるなんて、考えられない。
想像を絶する恐怖に頭がついていかない。
助けを求めるように手を伸ばすと、すぐにその手を取られ力強く抱き締められた。
離れていったはずの温もりが戻ってきて、その暖かさに必死で俺はしがみつく。
「有坂…っ。やだ、有坂…っ」
「…っ分かった。分かった。もう俺が悪かった」
落ちてきた言葉に胸が詰まる。
有坂はギュッと俺を力強く抱き込む。
「…俺が結城の友達でいる。ずっと…ずっと友達でいてやるから。それでいいか」
有坂の言葉にコクコクと何度も頷く。
さっきまでの真っ暗になりそうな恐怖心が噓みたいに晴れていって、代わりに堪らない安心感が溢れ出していく。
有坂じゃないと嫌なんだ。
そばにいてほしい。
有坂だけが俺の特別なんだ。
「友達でいい。もう友達でいいから…だから泣かないでくれ」
いつまでも有坂の優しい言葉が耳に残っていた。
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