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----side有坂『友達』
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「有坂、俺たちのクラス優勝だって。ステージで発表してたらしいぞ」
「そうか」
「有坂のおかげだな。最後ギャグになったけど、あれが良かったって女子が多かったんだって」
「そうか」
ニコニコと青い瞳が微笑む。
さっきまで火が付いたようにボロボロと泣いていたのに、もうすっかりいつもの調子で話をしている。
俺が友達と認めたことでいろいろと溜め込んでいたものが落ちたんだろう。
ずっと嬉しそうに表情を緩めている。
だがその手は絶対に離さないと言うように、力強く俺の手を握りしめたままだ。
すっかり遅くなってしまったため結城を家まで送っていたが、俺の頭には結城の涙がまだ焼き付いている。
青い瞳から滑り落ちた涙はあまりにも綺麗で、一瞬目を奪われてしまったのは否めない。
だが次の瞬間にはもう身体が動いていた。
放ってはおけなかった。
愛しい者を泣かせてしまったことに酷い罪悪感を覚えると共に、これほどまでに俺を求める声を無視することなど出来ないと思った。
俺に対する結城の言葉は酷く残酷で、自分勝手だ。
だがそれと同時に堪らなく可哀想でもあった。
震えながら怖いと言って俺に縋り付いた身体からは体温が感じられなくて、心の底から結城が一人になることに恐怖しているように見えた。
一種のトラウマとも呼べるような過剰な怯え方は、恐らく結城の中に深く根付いている感情なのだろう。
そんな姿を見てしまったら、自然と自分の気持ちなど抑えてやろうと覚悟出来た。
自分の感情に噓を付くことより、惚れた相手を泣かせたままにする方が俺には出来なかった。
「おやすみ」
家の前まで辿り着くと、そう告げて繋いでいた手を離す。
本当はもう少しその白い肌に触れて、揺れる青い瞳を堪能したい。
だがそんな感情を抱いてはいけない。
結城はそれを望んでいない。
すぐに背を向けたが、後ろから手が伸びてきた。
背中に縋りつかれて、ドクリと心臓が跳ねる。
「…まだ一緒にいたい。寂しい」
――そんな事を言わないでくれ。
抑えていた感情が膨れ上がる。
触りたいという欲求が抑えきれず、髪に手を差し入れてかき抱くように引き寄せた。
結城の手が俺の背中に伸びて、しっかりと抱き締め返される。
勘違いしてしまう。
どうして結城は俺が好きじゃないんだと、頭の神経がカッと焼ききれそうな程熱くなる。
なんとか冷静さを取り戻して結城を離したが、自分の行動には額を押さえざるを得ない。
決めたことはやり通すつもりでいるが、こんな調子で結城の友達を演じていけるのか早くも不安だ。
「有坂くん、昨日送ったの見てくれた?お礼だけで全然感想教えてくれないんだもん」
昼休みの用事を終えて教室へ戻ると、朝宮が俺の机へと来た。
そう言われて昨夜携帯に送られてきた写真を思い出す。
「ああ。何度見ても結城は舞台俳優のように美しいと思った」
「もー、それはめちゃくちゃ分かるけどぉ。フツー女の子褒めるでしょ」
「…そうか。すまない」
言われてみれば女性に写真を見せられて感想を求められているのに、男を褒めるなど見当違いか。
自分の配慮の無さに少し反省をしたが、朝宮は特に気を悪くした様子もなくクスッと笑って見せた。
「まあ有坂くんらしくていいんだけどね。それより文化祭で撮ったクラス写真みんなで集めてグループに投稿してるんだ。有坂くんも招待するね」
「ああ」
しばらくして携帯が鳴る。
朝宮が隣から俺の携帯を覗き込んで、今しがた送ってくれた写真を一緒に見る。
「これこれ。面白い顔してるでしょ、みんな」
「そうだな」
クスクスとクラスで撮った写真を見て笑う姿に、周りのクラスメイトも興味を示したように入り込んでくる。
こんな光景は俺にとって当たり前のことだが、結城にはなかったんだろうか。
そう思えばふと思い立つ。
「結城にも教えていいか」
「――えっ」
そう言うと女子達が顔を見合わせる。
「ぜ、絶対ダメだよ。だって変顔とかも載せてるもん」
「だがクラスの写真だろう。結城も見たいんじゃないか」
「そ、そうかもしれないけど絶対ダメっ。王子の写真もこっそりいっぱい撮っちゃったし…ホントにフザけた写真もいっぱい貼ってるから恥ずかしいし…。ぜ、絶対教えないでね」
「…そうか」
どうやら拒否しているのは結城に好意をよせているかららしく、除け者にしたいわけじゃないことは分かる。
だがクラスで楽しんでいる事を結城が知らないというのは、本人にとっては複雑な気持ちになるのではないか。
「…結城はずっと前から周りにこんな態度を取られているのか?」
「えっ?」
朝宮に聞くと、少し考えるように人差し指を顎に当てる。
「だって結城くんは特別だもん。女の子同士だって結城くんに取り入ろうとするとすぐ叩かれるし」
「叩かれる?」
「ほら、私も嫌がらせ受けたりしたでしょ。男の子同士は分からないけど…でも結城くんは基本一人が好きってイメージあるなぁ」
「そんな訳無いだろう」
思わず眉を潜めた時、結城が教室へ入ってきた。
俺の姿を目に留めると、焦ったように俺の元へ来て手を引かれる。
何事かと思ったが、すぐに教師が入ってくると落ち着いたように席に座った。
あの後夜祭以来、前にも増して結城は俺への執着が強くなった気がする。
惚れた相手に頼られるのは嬉しいことではあるが、気持ちが受け入れてもらえないとなると苦しくもある。
翌日。
朝練を終えて昇降口へ向かうと、鮮やかな金色の髪が目に入った。
凛とした佇まいは変わらずに今日も美しく、一つの芸術品を見ているような錯覚にすら陥る。
結城だ。
その姿を見れば自然と心音が高鳴り、愛しい気持ちが溢れ出していく。
だが友達でいると告げた手前、この気持ちは不必要なものだ。
頭では分かっているが、しかしそう簡単にこの感情を消し去ることなど出来ない。
ふと結城が立ち止まる。
その目の前には賑やかに話す男子生徒がいた。
少しの躊躇の後、結城が口を開く。
「おはよう」
「…わっ、ゆ、結城くん。お、おはよ…」
「お、お、おはよ…っ」
先程まで悠々と話をしていた男子生徒はどこか縮こまり、そそくさと教室へ向かっていく。
結城はしばらくその背中を眺めていたが、やがてフイとつまらなそうに顔を背けた。
「結城、おはよう」
思わず声を掛けると、ハッとしたように結城が振り向く。
青い瞳が俺を視界に入れた瞬間、それは眩いほど爛々と輝きを放つ。
「――有坂っ」
淋しげだった瞳がいっぱいの笑顔に変わる。
開け放したままの下駄箱からは大量の手紙が落ちたが、結城は気にすることもなく、上履きに履き替えることも忘れて俺のところへと駆けてきた。
「朝練終わったのか?もう教室に行っていいのか?」
「そうだ。一緒に行こう」
「――うんっ」
たったそれだけのことで笑顔を零して、至極嬉しそうに俺の隣に並ぶ。
それから一緒に手紙を拾ってやって、手渡したら躊躇なくゴミ箱に捨てようとしたから結城に少し説教をした。
読めとまでは言わないが、さすがに想いを綴った手紙をそう人目につく場所に捨てるものではない。
結城は「えーっ」と少しむくれたが、髪を撫でてやったら素直に「分かった」と頷いた。
一緒に教室に向かいながら、俺はもう一度気持ちを引き締める。
自分の心はまだ思い通りにはならない。
だが出来ることなら、この男の友達になってやりたいと思った。
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