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授業なんて全く頭に入らなかった。
帰りのHRを聞きながら、早く遊びに行きたいとウズウズしてしまう。
隣にいる有坂をガン見しながら表情を緩めていると、俺の視線に気付いて僅かにその目が細められる。
あ、今笑ってくれた。
ドキリと心臓が跳ねて、そんな些細なことでも堪らなく幸せな気持ちになる。
「忘れ物はないか」
担任が出て行って、鞄にポイポイと教科書や筆記用具を投げ込んでいると有坂が俺に声を掛けてきた。
第一声が忘れ物の心配ってお前はオカンか。
とはいえすぐに頷いて意気揚々と鞄を持ち上げる。
有坂の隣を並んで歩くだけで、堪らなく気持ちが弾む。
「なあ、どこ遊びに行くんだ?近い?遠い?日帰り?俺もう楽しみすぎてなんにも授業頭に入らなくて――」
「授業はちゃんと聞け。教えてくれている者に失礼だろう」
「ふふ、はーい」
いつもの調子で有坂の言葉が返ってくる。
二人で一緒に教室を出て、階段を下りて昇降口へ。
そのまま外へ――向かうのかと思いきや、有坂は行き先を変えた。
「あれ?どこ行くんだ」
「こっちだ」
そうして有坂に連れられて辿り着いた先は、なぜか部室棟だった。
野球部の部室に何か忘れ物でもしたのかと思えば、いつもの場所ではなくカンカンと階段を上っていく。
二階の一番奥の部屋まで来ると、有坂は足を止めた。
それから扉をノックする。
ポカンとしたまま有坂にくっ付いていたが、有坂は気にせずガチャリと扉を開けた。
その先に広がる、目にも鮮やかで煩そうな世界を視界にいれてハッと目を見開く。
真ん中には机があって、パソコンが数台置いてある。
その他周りの壁や机には、見るからにいかにもなアニメキャラのポスターやフィギュアなどが所狭しと並びまくっていた。
なんだか子供の頃兄貴が連れてってくれた商店街のゲームショップに似てる。
テーブルの上には様々な漫画やゲームソフトが置いてあって、攻略本や雑誌まである。
「有坂、ここって――」
「ゲームアニメ研究会だ。会長、一人見学させていいですか」
中には二人の男子生徒がいて、有坂の言葉にその二人が黙々とやっていたゲームから顔を上げる。
俺の姿を目にすると、驚いたように目を剥いた。
「――えっ、ゆ、結城くん!?来てくれたんだ!?」
コイツは見たことがあって、確か文化祭の時に俺をベタ褒めしてたゲーム同好会の会長だ。
もう一人は知らないただのモブ眼鏡だ。
バサバサの髪が鬱陶しい。
だがそのモブ眼鏡は俺と目が合うと、思わずといったように口を開いた。
「ら、ラインハルト様っ!」
いや誰だよ。
「おい有坂、どういうことだよ。遊びに行くんじゃないのか」
「文化祭で楽しそうにゲームをしていただろう。ここの者達ならば結城と趣味が合うのではと思った」
「…え?」
有坂の言葉にキョトンとする。
確かにゲームはめちゃくちゃ好きだ。
それこそ兄貴達と子供の頃からずっと遊んできたし、一人でも楽しめて暇つぶしにもなる。
文化祭で有坂と回った場所の中でも一番面白かった。
「結城の交友関係が少しでも増えればと思い連れてきた。それにここの者たちは、恐らく結城に恋愛感情を抱かない」
そう言われて二人を見ると、赤い顔で俺を見ながらアタフタとしている。
本当かよ。
「ちょっ…有坂くん、ナチュラルに我らが二次元しか愛せないって悩みバラさないで下さいよ…っ」
「いやでもラインハルト様相手なら三次元でも…だ、だけど僕にはもう生涯を決めた嫁が…っ」
なんか言ってるが、どう見ても好きになるとか以前に話が合う気がしないんだが。
だが有坂は特に気にした様子もなく言葉を続ける。
「同じ趣味を持つ仲間であれば友達になれるのではないかと考えた。結城はもう少し俺以外にも目を向けたほうが良い」
「有坂以外って――」
淡々と告げられたその言葉に、ゾクリと背筋が凍りつく。
俺以外に目を向けろ、ってどういうことだ。
なんでいきなり他の友達なんか俺に作らせようとするんだ。
もしかして俺から離れようとしてんのか。
やっぱり友達でいるのが嫌なのか。
唐突な有坂の言葉に不安が募っていく。
後夜祭で有坂に突き放されそうになった時の、震えるような恐怖心が蘇ってくる。
俺は有坂だけがいればいい。
他のヤツなんて誰もいらない。
「…い、嫌だ。帰る」
思わずギュッと有坂の服を掴む。
今日は二人で遊びに行くんじゃなかったのかよ。
「――ええっ。ゆ、結城くんのゲームさばき本当に凄かったから…せめて見るだけでもどう?ハードもソフトもなんでも揃ってるよ。ほら、これなんか今話題の新作で…」
「そんなの俺の家にもうある。そんなシケた見た目じゃなくて限定版のヤツ持ってるし」
「えっ!?あの初日であまりに高人気のため暴動が起きて販売中止となった幻の初回限定版を手に入れてるのかい…!?ぜ、ぜひ話を聞かせてくれないか…っ」
「うるせーな。帰るって言ってんだろ」
「おい結城、その言い方は失礼だろう」
有坂の鋭い言葉が落ちてきてビクリとしてしまう。
おかしいだろ。
なんで俺が怒られないといけないんだ。
こんなワケわかんねー奴らのところに連れてこられて、自分より他のやつに目を向けろとかあんまりだ。
俺は有坂と遊びに行けると思って、めちゃくちゃ楽しみにしてたのに。
自分の想像していた展開と違ったことと、有坂に怒られたことがダブルで襲いかかってくる。
一気にポキリと心が折れると、俺は何も言わずに有坂の手を引っ掴んだ。
そのまま無理やり引っ張って部室を出る。
「結城、待ってくれ。俺はこのままでいいとは思っていない」
「何がだよ。有坂は俺と友達でいてくれるんだろ?俺は有坂がいてくれればいい。他の奴らなんていらない」
「それは間違っている。視野を狭くするな。きっと結城と当たり前に過ごすことが出来る、ちゃんとした友人はいるはずだ」
「――嫌だ。有坂だけでいいっ」
ピシャリと喚くように言う。
どうせ他のやつらなんてみんな同じだ。
今まで散々声を掛けてきて、何度そう思ったか分からない。
俺には有坂だけがいればいい。
有坂しかいらないんだ。
「…結城、誤解をしないでくれ」
不意に宥めるような声音でそう言って、有坂が足を止める。
気付けば部室棟を出て校舎脇まで有坂を引っ張って来ていたが、影の落ちたその場所で有坂は俺を振り向かせた。
それからもう片方の俺の手も取って、ちゃんと話を聞いてほしいというように向き合わせる。
怒りで熱くなった頭に、いつの間にか涼しくなった秋風が通り抜けていく。
「俺もちゃんと友人として側にいる。何も結城から離れようとしているわけじゃない」
暖かい手がしっかりと両手を握って、じっと俺の目を覗き込む。
「ほんとか?他のやつに押し付けようとしてなかったか」
「…誰かに結城を渡したりなどしない。お前が愛しくて堪らないと言っただろう」
そう言った有坂の目は酷く俺を求めているように見えて、ゾクリと背筋が甘く痺れる。
だがすぐに有坂は何か気付いたように目を瞑った。
それからもう一度俺を見つめる。
「ただ友人関係は複数あっても困りはしない。結城の境遇を考え、ゲーム同好会であれば友人が出来るのではないかと思ったんだ」
「…でも俺には」
「勿論無理にとは言わない。結城が嫌なら行かなくていい。俺はただ友人としてアドバイスをしただけだ」
有坂はそう言って優しく目を細めた。
怒りと不安でモヤモヤしていた気持ちが薄れていく。
「友人として…?」
「そうだ。俺はお前の友達なんだろう」
そう言われてもう一度考えてみる。
確かに有坂の言う通り、他に友達が出来ること自体は悪いことじゃない。
ハルヤンに騙されたこともあって二度と有坂以外いらないとか思ってたけど、別に友達が出来るなら出来るで全然いいんじゃないか。
それに俺はゲームも好きだし、漫画も好きだ。
友人の有坂がそう言うなら、少しくらい見に行ってやらないこともない。
「…分かった。でも有坂も一緒に遊んでくれるんだろ?」
「もちろんだ」
「じゃあ行く」
そう言って繋いでいた手に力を込めると、有坂もどこかホッとしたように握り返してくれた。
「おい、遊んでやるよ」
同好会の部室に戻って、開口一番にそう言ってやる。
またしても有坂に口の聞き方がどうのと小突かれたが、目の前の二人は爛々と目を輝かせた。
「ええっ!結城くんっ、ホント?」
「ら、ラインハルト様と遊べるんですかっ?」
「おー。ただしお前らが下手だったらすぐに帰るからな」
「も、勿論受けて立つよっ」
そうして俺は人生で初めての部活動――いや、同好会へと足を踏み入れた。
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