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扉を叩く音に、ハッと俺の全神経が反応する。
慌ててコントローラーを投げ出して駆け寄ると、勢いよく扉を開けた。
その先に立っていた人物を視界にいれて、ぶわっと世界が一変していく。
さっきまでの楽しさなんて比べ物にならないくらい、気持ちが高揚していく。
「――有坂っ」
思わず声を上げた。
なんで。
どうして来たんだ。
中間テスト前だからゲー研にはこないと思ってたのに。
もしかして俺と遊んでくれる気になったのか。
「やっぱりここにいたのか。テスト期間中だと言っただろう」
「えっ?でも俺頭いいし勉強必要ないだろ」
「…否定はできないが、学生なのだから行事相応の振る舞いをすることも大事だ」
そう返されてグッと言葉に詰まる。
なんでそういうことばっか言うんだ。
やっぱりまだ昼休みのこと怒ってるのか。
もしかして説教しにきたのか。
「鞄を取ってこい。もういい時間だし家まで送る」
「――えっ、なんで。有坂遊びに来たんじゃないのかよ」
「そんなわけないだろう。用事が終わりもしかしたら結城がいるんじゃないかと、様子を見に来たんだ」
「えーっ」
期待していた気持ちが、いとも簡単にポキッと折られる。
思わずギュッと唇を噛みしめると、不意に後ろでガタリと音がした。
「シグルドくん、心配しなくても大丈夫ですよ。僕が責任持ってラインハルト様をお送りしますから」
振り向くと水瀬が立ち上がり、ニコニコと俺達に向かって笑顔を浮かべていた。
有坂はそれに気付いて眉を顰める。
「ラインハルト様はまだ遊びたいんですよね?でも遅くなったらいけないって、シグルドくんは心配してるわけですよね」
「それだけではないが…」
「僕はラインハルト様と家も近いですし、それに昨日も送らせてもらったんですよ。だからご安心下さい」
そう言って水瀬は胸に手を当てて微笑んでみせる。
有坂は一度水瀬を見つめてから、入り口にいた俺を押しのけて部室の中に入り込んだ。
おい、俺を無視すんなっ。
「そうか。昨夜はわざわざ携帯を届けてくれたと聞いている。結城が迷惑を掛けてすまなかったな」
「えっ?あ、いえ。とっても楽しかったですよ」
「そうか」
そう言って有坂は俺の鞄を勝手に持ちあげる。
ちょっと待て。
まだ帰るなんて一言も言ってねーぞ。
「だが今後その気遣いは不要だ。結城を遅くまで残らせるつもりはない」
「――えっ。なんでシグルドくんが…」
「結城、帰るぞ」
有坂はそう言って人の鞄を肩に掛けて俺を促す。
有無を言わせぬ視線に見つめられて、慌てて靴を履いた。
「水瀬、じゃーな。アレ書いとけよ」
「え?あ、はいっ。もちろんですっ。今日は有難うございましたっ」
「おー」
水瀬はペコリと俺にお辞儀をしたが、それをのんびり見てる暇もなく有坂に背中を押された。
有坂にしては強引な態度にちょっと驚いたが、まあでも送ってくれるなら嬉しくもある。
本当は遊んでくれるのが一番だけど。
「アレとはなんだ」
「えっ?」
二人で帰り道を歩きながら、淡々とした有坂の言葉が落ちてくる。
見上げればいつもと変わらない顔だけど、やっぱりどこか不機嫌そうだ。
「ゲー研に入るかどうかを賭けて水瀬とゲーム勝負してたんだ。当然俺が勝ったけど、アイツがめちゃくちゃ落ち込むから結局入ってやるって話になって――」
そう言って一連の流れを有坂に話す。
水瀬が本気で泣きそうになってたことを思い出すと、クスッとまた笑ってしまう。
あんなデカい図体してるくせに、マジで涙浮かべてたし。
「…そうか。随分水瀬と仲良くなったんだな」
「アイツも俺とちょっと似てて、ゲームの友達が欲しいんだって。まあ年下だからあんまり友達っつー感じでもないけどな」
「そうか」
いつも通りの有坂の返事だ。
だけどやっぱりまだ笑顔は向けてくれない。
楽しい記憶だったけど、俺だけ笑っても有坂が笑ってくれないならつまらない。
「あ、有坂…」
思わずギュッと有坂の服を掴んで立ち止まる。
それから少し視線を伏せて、もごもごと口籠った。
「どうした?」
ふと俺の様子に気付いて有坂も立ち止まる。
有坂の機嫌が悪い理由なんて分かってる。
昼休みに言い争いしたことは、俺だってまだ忘れてない。
今思い出しても朝宮さんのことはめちゃくちゃムカつくし、今すぐ有坂に一生話すなって言いまくりたい。
だけど――。
足元に落ちた影が伸びていく。
俺の沈黙は結構長くて、だけどしっかりと有坂は急かすこともなく俺を見下ろしている。
後ろを歩いていった奴らがキャーキャー俺達の事を見てなんか言ってるのをうるせーな、と頭の片隅で思いつつ、ボロっちい街灯がパチパチと音を立てて付くのを横目で見つつ、なんだか緊張で心臓がドキドキと速くなる音も聞きつつ顔どころか耳まで熱くなってもうどうしようもなくなって――俺はようやく口を開いた。
「…ひ、昼休みはごめんなさい」
ようやく出た言葉は、俺にしては精一杯で消え入りそうな言葉だった。
こんな風に謝ったことは記憶の中で一度もない。
いや、有坂母に怒られて結構涙目で謝ったかもしれない。
まあそれはおいといて、俺はどうしても有坂に嫌われたくなかった。
有坂に友達をやめられるかもしれないと思ったら、朝宮さんのことなんかどうでもよくなった。
有坂が不機嫌なままで、ちっとも俺に笑顔を向けてくれない事のほうが断然嫌だと思った。
おずおずと顔を見上げると、有坂はどこか気まずそうな顔で視線を逸らして口元を押さえている。
え、なんだその顔。
「…告白されるのかと思っただろう」
「は?」
「ああいや、なんでもない」
ポツリと呟いたが、すぐに気を取り直したように真っ直ぐな瞳が俺を見下ろす。
「俺の方こそすまなかった。結城に対して配慮のない言葉を掛けてしまったと反省している」
「…ほんとか?」
「ああ。結城が俺と時間を共にしたいと思ってくれたことは、素直に嬉しいんだ」
そう言って有坂は俺の髪に手を伸ばす。
いつもみたいに優しく撫でられて、暖かい手のひらに堪らなくなる。
もう怒ってないんだ。
それに俺の気持ちも分かってくれた。
俺が有坂と一緒にいたいって思ってること、ちゃんと気付いてくれていた。
熱い手が俺の髪を梳いて、いつもみたいにほんのちょっと細めた優しい瞳が俺を見つめる。
有坂が今俺だけを見てくれていると思うと、背筋がゾクゾクと痺れるような甘い感覚が訪れる。
心がグズグズになって、もっとたくさん甘えたくなる。
「…あ、俺も本当は有坂の助けになるようなことがしたかったんだ。でも朝宮さんがしてて…それでなんかムカついて――」
「何を言ってるんだ。俺は結城に助けられているが」
「――えっ」
優しく落ちてきたその言葉に顔を上げる。
マジかよ。
俺も有坂を助けていたのか。
「それどこ?俺も有坂を助けてるのか?」
「もちろんだ。弁当を作ってくれているだろう」
言われて、あっと思い出す。
そうだ。
俺も有坂のために頑張ってることがあった。
これで朝宮さんと一対一だ。
「なあ、他には?もっと俺有坂を助けてるか?」
「もちろんだ」
「それどこ?」
ふふ、と表情を緩めて聞き返す。
朝宮さんより俺のほうがたくさん有坂を助けていたい。
有坂は俺の言葉に考え込む。
無表情な顔が少し右上をみて、それからその視線は左上へ。
そして右下へさらに眉間の皺が深くなる。
しばらくのあと、有坂の手がスッと俺の頬に伸びてきた。
「お前は可愛い」
「えっ?」
「可愛い。そばにいて笑ってくれているだけで助けられている」
有坂の言葉に俺の気持ちが浮き上がっていく。
無意識に朝宮さんとの勝負にWINをつけていた。
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