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「有坂くん、昨日はありがとね」
「いや、大したことはしていない」
「そんなことないよ。いつも聞いたら丁寧に教えてくれて助かってるんだ。今日も聞いちゃうかもしれないけど…どうしても数学だけはちょっと苦手なんだぁ」
許さん。
もう今日こそは絶対に許さない。
絶対にだ。
俺の横で堂々と朝宮さんと有坂が話していて、聞けば昨日の夜電話をしていたらしい。
俺だって有坂と電話したいのに、これはマジでありえない。
どれくらいありえないかというと、後で食べようと大事に取っておいたラスト一個のケーキが、気付いたら俺可愛さにめちゃくちゃ数が増えてた時くらいありえない。
アレは逆に食う気失せた。
昨日俺への配慮がどうとか言ってたくせに、結局朝宮さんと仲良くしてんじゃねーか。
おまけに朝宮さんは俺に気付くと、ニコッと笑顔を作ってみせる。
おい、今絶対俺のこと煽ったよな?
朝宮さんと俺の勝負は俺の勝利でケリがついたはずなのに、なんでまだ出しゃばってくるんだ。
ピリピリしながら二人まとめてどついたろかと思っていたら、不意に教室の入り口から声が飛んできた。
「ラインハルト様っ」
そんな呼び方をする奴は、一人しかいない。
見れば鬱陶しいボサボサ髪がどこかソワソワした様子で教室の入り口から俺を見ていた。
目が合うと、パアッとモブ眼鏡の顔が明るくなる。
HR直後の放課後の教室。
廊下に出ようとするクラスメイトやら女子がその姿を目に止めて、ざわっと騒ぐ。
「…え、ラインハルト様って誰?」
「うわ、何あのダサ眼鏡」
「無駄に高身長だし、イモ眼鏡」
水瀬が口々に女子に何か言われてるが、まああの見た目じゃしょうがない。
眼鏡外して同じセリフ言ったら恐ろしいほど違う反応が返ってくるだろうが、残念ながら世間の目はイケメンにしか優しくない。
とはいえ水瀬がこれ以上悪目立ちしないうちに話しかけに行ってやることにする。
立ち上がると、ふと隣から視線を感じた。
有坂と目が合って、バクリと心臓が跳ねる。
さっきまで全くこっちを見なかったのになんでこのタイミングで。
何か物言いたげな視線が俺を見つめたが、楽しそうに有坂に話し掛けている朝宮さんに視界を塞がれる。
カッと頭に血が上った。
早歩きで水瀬の元へ行くと、グイとその腕を引っ張る。
これ以上有坂と朝宮さんが話す光景なんて見たくない。
「――わっ、ど、どうしました?」
「お前悪目立ちし過ぎなんだよ。あんなところであんな呼び方したら注目浴びるっつの」
「…あっ、僕がバレないように気を使ってくれたんですね。ラインハルト様はやっぱりすごいなぁ」
水瀬は表情を緩ませながら俺に付いてくる。
相変わらずコイツは何を言っても俺を褒めてくれる。
だからといって過剰にアワアワと気遣ってくる他の奴らとも違う。
コイツは俺とちゃんと目を合わせて話も出来るし、何よりドラマに出るほどのモデルならイケメンくらい相当見慣れてるだろう。
自分の外見をこれ程のダサメンに変えることの出来るやつが、今更見た目くらいで人を判断したりはしないはずだ。
つまり俺は普段から褒められて当然の行いをしているというわけだ。
ならなんで有坂は俺に怒ってばっかなんだ。
モヤモヤイライラしながら人気のない渡り廊下まで来ると、立ち止まる。
要件を促してやると水瀬はスッと俺に紙を差し出した。
「あ、これ入会届けです。僕書いて出しに言ったんですけど、本人じゃないとダメって言われちゃいました」
「あー、まあそうだろ」
「すみません。だからそれだけはラインハルト様のお手を煩わせてしまうんですが」
「別にそれくらいやるっつーの」
そう言って入会届を受け取ってやったら、ホッとしたように水瀬は表情を緩ませた。
その笑顔は本当に嬉しそうで、俺がゲー研に入ることを心底喜んでいるのが分かる。
「あの…ラインハルト様、また何かありましたか?」
「え?」
「昨日もそうでしたが、やっぱり何か酷く気に病んでいるように見えて…」
「…別にお前が気にすることじゃねーよ」
昨日も水瀬に言われたが、俺はそんなに顔に出てるんだろうか。
まあ全く隠してねーけど。
「いえ、気にします。ラインハルト様はとても心が広くて、聡明でいて格好いい方なんです。そんな方が落ち込んでいたら力になってあげたいと思うのは当然です」
当たり前のように褒められる言葉に、そうだよなと頷く。
俺も自分のことはそう思っているが、それでも有坂のことになると気持ちがどうしても上手くいかない。
今までに知らなかった感情を、有坂といるとどんどん覚えていく。
こんなに酷く有坂を求める気持ちも、ドキドキと心が掴まれて落ち着いていられなくなるような気持ちも、目の前が真っ赤になりそうな苛立ちも知らなかった。
有坂と一緒にいると一瞬でテンションが上がりまくったり、だけど次の瞬間には世界が滅亡するような気持ちになったりする。
さっきの教室での出来事を思い出したら、思わず視線を俯かせて唇を噛みしめる。
「昨日の部室で思ったのですが…シグルドくんとラインハルト様は恋人同士なのですか?」
「…は?そんなわけねーだろ」
不意に落ちてきた言葉に驚く。
突然何言ってんだコイツは。
水瀬の表情はいつもと変わらずニコニコとしたままだが、その視線は冗談ではなくしっかりと俺を見据えている。
「あれ、昨日のお二人の様子はそうだと思ったのですが…そのキスマークはシグルドくんのものですよね」
「…キスマーク?」
「はい。先日踏切のところで偶然気付いてしまったのですが…もしかして気付いていませんでしたか?」
そう言って水瀬は俺の身体に手を伸ばす。
長い指先が俺の首筋に触れ、スッと鎖骨まで滑り落ちる。
それはとある服の上の一点で止まったが、何のことか分からずポカンと水瀬を見上げる。
――が、不意に覚えの有る光景が蘇ってきた。
確かそこは、数日前に有坂に口付けられた場所だ。
酷く吸いつかれて、甘い痺れに身体が震えた。
思い出したらバクリと大きく心臓が跳ねて、顔に熱が上る。
マジかよ。
自分じゃ見えないから全く気付いてなかった。
水瀬は俺の反応にクスリと笑ってみせると、伸ばしていた手を戻す。
「…どうやらシグルドくんが原因のようですね。騎士シグルドはとても強く堅実な性格と素晴らしい礼節をお持ちですが、少し厳しい一面もお有りなお方だ」
そっと言葉を紡ぐ水瀬は、どことなくいつもより落ち着いた雰囲気だ。
少し考えるように顎に手を当てて視線を落とした横顔に、どこかで見たドラマのワンシーンを思い出した。
そーいやアサ兄が毎週テレビ独占して見てたドラマに出てたかもしれない。
「それにお話の中の騎士シグルドは、最後はその忠誠心の深さから闇に呑まれ、悪の手に落ちてしまう。そう――その名は最強最悪の魔王ゼタス」
どうやら何かモブ眼鏡の中で始まったらしい。
じとっと目を細めていたら、水瀬は何か決めたように再び俺に視線を戻した。
「やっぱりラインハルト様には、笑顔がとてもお似合いです」
唐突になんか言われたが、相変わらず眼鏡の奥の瞳が何を考えているのかはよく分からない。
それからそっと両手を握られた。
「大丈夫です。僕が魔王ゼタスから守ってみせます、ラインハルト様」
そう言って賢者(多分)エトワールはニコリと俺に微笑んでみせた。
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