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「…本気で言ってるのか」
「え?言ってるよ。だって前に約束しただろ」
それはまだ夏休み前。
有坂の家に遊びに行ったら野球部との勉強会で、不満を言ったら次は部屋に呼んでくれるって言ってた。
あれから結構経ったけど、その約束はいまだに果たされてない。
「そうは言ってもな…」
有坂はどこか気まずそうに俺から視線を逸らす。
え、ダメなのかよ。
拒否されると余計に行きたくなんだろーが。
「俺がしたいことは何でも全部してくれるって今言っただろ。絶対行きたい。絶対行く」
腕に縋り付いたまま喚くようにそう言うと、有坂はじっと俺を見つめる。
が、仕方ないといった様子で方向を変えた。
やった。
どうやら連れてってくれる気になったらしい。
駅に行く道と反対方向へ向かうそれに、気持ちが浮き上がる。
「なあ、有坂の部屋って広いか?ゲームある?テレビ大きいか?お菓子買ってこうぜ」
「ただの学生寮だ。期待をさせてすまないが、結城が好きそうなものは何もない」
「うん、有坂がいれば大丈夫」
表情を緩めてそう言ったら、有坂が小さく息を詰める。
コンビニに寄ってお菓子をいっぱい買って、それから前に一回だけ行ったことのある学生寮へ向かう。
前は学生寮の食堂で勉強会しただけだったが、今日は違う。
玄関横にある賑やかな声が聞こえてくる食堂をスルーして、正面にあるエレベーターへ向かう。
が、向かおうとして食堂から声が飛んできた。
「あ、有坂おかえりー。ちょっと勉強みてくれよ。分かんねーところがあってさ――」
同じ寮生らしい男の声に有坂がピタリと足を止める。
慌てて有坂の背中を押した。
マジで俺達の邪魔すんな。
モブはすっ込んでろ。
「すまないが後にしてくれ。客がいる」
「え?――あっ、お、王子…っ!?ど…っ、どうぞごゆっくりなさって下さい…っ」
俺の姿を確認したのか、慌てたように声は食堂の中へと消えていった。
いつもならそのまま見に行って時間を取られる流れなのに、今日は断ってくれた。
トクトクと心臓が速くなる。
エレベーターが一階にたどり着く。
有坂の背中に続いて乗り込もうとしたが、その前に誰かが中から出てきた。
「――はい?いやこの間文化祭でヤッたって…いやそれお互い本気じゃなかったよね。今更本気になったとか言われてもめんどく…ああ、いや。ちょっと俺勉強しないといけないから今忙しくてさー」
電話しながらすれ違ったソイツと目が合う。
見知った顔に気付いて、お互い足を止めた。
「あれ、マッスーじゃん」
「あ、ハルヤン」
なんでここに、と思ったがそういやハルヤンって有坂と同じ寮だったな。
学校以外で会うとめちゃくちゃ新鮮な気がする。
ハルヤンは俺を見てから、ちらっと有坂に視線をやる。
どことなくその表情がニヤッとした。
「あ、そうだ。ありちゃんちょうどいい所にいたわ。さっき寮長が呼んでたけど」
「寮長が?分かった。すぐに行く」
「ええっ」
さっきは断ってくれたのに、なんで寮長は断らないんだ。
思わず不満の声を上げたら、チャリッと音がして手に何か握らされる。
「寮長なら重要な要件かもしれない。話を聞いたらすぐに戻るから、先に俺の部屋へ行っていてくれ」
手渡されたそれは有坂の部屋の鍵だ。
部屋の鍵貰うとか、ちょっとドキドキする。
有坂は俺に鍵を渡すと、エレベーターには乗らずに別のところへ引き返していく。
なら仕方なく先に行ってようとエレベーターに乗り込むと、ハルヤンも乗り込んできた。
お前今降りてきたんじゃないのかよ。
「俺もありちゃんの部屋見たい。昭和男子ならベッドの下に絶対エロ本あるでしょ」
「マジで?探すか。でも有坂来たら帰れよ」
「はいはい、二人の邪魔したりしませんって。ありちゃん来たら出てくからさ」
「よし、なら入れてやるよ」
「あれ、マッスーの部屋だっけ?」
とはいえ前は学食だけで部屋の方は初めてきたし、ハルヤンが案内してくれるのは有り難い。
いつの間にか電話も切ったらしく、ハルヤンと駄弁りながら有坂の部屋まで向かう。
「へー、ゲー研入ったんだ。水瀬は元気?」
「あれ、ハルヤン水瀬のこと知ってんの?」
「俺の実家芸能事務所の経営してんだけどさ、水瀬はそこの看板モデルなんだよね」
「えっ」
さらっとハルヤンの家事情を知った。
水瀬のことよりもそっちのが衝撃的だ。
ハルヤンが自分のこと話すのって初めてじゃね。
「水瀬のオタク趣味は昔から知ってたからさー、中学の頃ゲーセン行こうぜって誘って騙して稼がせて貰ったんだけど、それ以来なんか絶交されてんだよねー」
「お前マジで最低野郎だな」
ハルヤンの言葉に最近驚くこと無く、冷静に最低だと思えるようになってきた。
どうやら水瀬は俺と同じ友人詐欺師の被害者だったらしい。
というか被害者の前で堂々と騙した発言してんじゃねえ。
ハルヤンに案内してもらって、四階の一番奥の有坂の部屋にたどり着く。
ドキドキしながら渡された鍵を使って、扉を開けた。
有坂の部屋はめちゃくちゃシンプルだった。
学生寮らしいワンルームで必要最低限の物は揃ってそうだが、マジで勉強部屋って感じでパッと見面白そうなものは何もない。
本棚にはびっしり本が詰まってて、だけど漫画じゃなくて難しそうな本ばっかりだ。
あと弓道の本も多い。
野球じゃないのか。
そんでもって髪の毛一本落ちてないレベルに部屋が綺麗だ。
「へー。マッスーの汚部屋とは大違いだね」
「うるせーな。俺だって本気になれば掃除くらい出来る」
「本気にならないと掃除出来ないってどんなんよ」
なんて話をしながらキョロキョロとハルヤンと一緒に有坂の部屋を見回す。
人の部屋ってのは妙な後ろめたさと、ワクワク感がある。
そんなわけでハルヤンとニヤッと視線を合わせてから、とりあえずベッドの下を覗き込んだ。
めちゃくちゃ綺麗だ。
ホコリ一つない。
「なるほどね。どう思う?マッスー」
「いや待て落ち着け。あの有坂だぞ?そんな簡単に人目につく場所に置くか?」
「説得力あるわ。さすが一緒にいるだけある」
そんなわけでハルヤンと謎の結託をしつつ宝探しの如く有坂の部屋を物色する。
が、有坂の部屋はどこまでいっても至って綺麗でシンプルだ。
早々に飽きたハルヤンが有坂の冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取り出す。
勝手に飲みながらカラリと窓を開けた。
気持ちのいい秋風が部屋に入り込んでくる。
「てかありちゃんの部屋に来たってことはさ、ついに付き合ったんだ?」
突然話を振られて、ドキリとする。
俺もすっかり飽きて有坂のベッドに寝転がって枕に顔を埋めながらゴロゴロしてたが、その言葉にピタリと動きを止める。
「…だから付き合ってねーよ。なんですぐそっちに話がいくんだ」
「まあこれでも一応有坂相談聞いてきたしね。そりゃいくでしょ」
そう言ってハルヤンは含んだようにクツクツと笑う。
枕からそっと顔を上げて、人を見透かすようにニヤついてる顔をじとっと睨む。
ほんとコイツはムカつく。
俺の表情なんて全く気にする様子もなく、ハルヤンは笑いながら俺の寝そべるベッドに腰を落としてきた。
隣でシーツが沈み込む。
「マッスーって基本バカのくせに中途半端に頭いいから、変なところで現実主義者だよね」
「は?ナチュラルに俺ディスとかぶっ飛ばすぞ」
「はいはい。――ま、でももうさすがに分かってるんでしょ?」
「……」
ハルヤンの言葉に視線を逸らして押し黙る。
熱くなった顔を隠すように枕に顔を埋めた。
有坂の匂いがいっぱいのそれは、堪らなく頭がくらりとする。
隣からクスリという声が落ちてきた。
「別にいいじゃん。恋人同士でも」
「アホか。さすがにダメだろ」
「でもずっと一人にさせとくの?」
「その時がきたら…お、応援する」
「絶対無理でしょ。そんなメンヘラの鏡みたいな性格しておいて」
ムカつくが確かに自信はない。
押し黙っていたら、ハルヤンの手が俺の髪に落ちてきた。
有坂みたいに、いや、有坂とは全然違う。
わしゃわしゃと乱暴に髪をかき混ぜられた。
「好きな人を縛って友人関係のままでずっといたいなんてさ、ほーんと贅沢な悩みだね」
呑気なハルヤンの声が有坂の部屋に響いた。
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