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――有坂の様子がなんかおかしい。
有坂マスターの俺がそれに気づくのはすぐだった。
「結城、明日からテストだが大丈夫か」
「ん?余裕だけど」
「そうか」
隣の席で、有坂が優しく目を細めてくれる。
俺も笑顔になって、二人でじっと視線を合わせて見つめあう。
あのエロい出来事以来、なんだか有坂が前より俺を気にかけてくれるようになった。
目を合わせればいつだってその目は暖かく微笑んでくれる。
「なあ、今日も勉強すんの?」
「ああ。明日のテストに備えて、今日は野球部で最後の追い込み勉強をする予定だ」
「…そっか。ならゲー研で遊んで帰るかな」
そういや水瀬明日から撮影でいないって言ってたよな。
最後に少しくらい遊んでやるか。
「テスト前の行動としてはやはり感心しないな」
「ちゃんと二時間だけにして明るいうちに帰るからさ」
「そう言って前も遅くなっていただろう」
「そうだっけ」
思わず目を逸らしたが、じっと有坂の突き刺さるような視線を感じる。
が、すぐに有坂はフッと表情を緩めた。
どうやら怒ってないみたいだ。
「水瀬と遊ぶのは楽しいか」
「え?そりゃまー…兄貴達以外とゲームして遊んだことなかったし。つっても水瀬は友達ってよりは後輩だけどな」
実際水瀬と遊ぶのは、今までぼっちだった俺にとって楽しくないはずがない。
毎日学校が終わったら帰るだけだった俺の人生に、また一つ選択肢が生まれた。
一番は有坂が暇だったら一緒に遊んでもらう。
それがダメならゲー研行って水瀬や会長と遊んでやる。
それからハルヤンは…まあハルヤンだ。
「そうか」
有坂は安定の返事をして、それ以上俺に何も言わず眩しげに目を細める。
――やっぱりおかしい。
どう考えたってここは頭ポンポンしてくれる流れだろ。
いつもだったらとっくに触って甘やかして可愛がってくれるだろ。
そう。
あのエロい事件以来、有坂は全くと言っていいほど俺に触れてこない。
だからといって別に無視されるとかそういうことは全然ないし、むしろ前よりも優しい気さえする。
いつだって俺を見てくれている気がする。
それ自体はめちゃくちゃ嬉しい。
「もし遅くなるようだったら電話してくれ」
「うん。分かった」
そう言って有坂は、今日も俺に一度も触れることなく鞄を持ち上げる。
おかしい。
やっぱりなんかおかしい。
あっさりいなくなるのはいつものことだけど、でもこの俺が有坂に全然可愛がられないなんてありえない。
「ラインハルト様、考え事ですか?」
「え?うん…まー」
「僕でよければ力になりますよ」
「いいから黙って手動かせよ。お前この間のボス戦みたいな腑抜けたゲームの仕方したら許さねえからな」
水瀬と並んでゲームをしながら、横目でその顔を睨む。
慌てたように水瀬は画面に視線を戻した。
「あっ、もちろんです。今日はなんとしてでもボスに勝たないと、僕も撮影に集中できませんから」
「分かる。俺もボスを倒さないとテストに集中できない気がする」
ゲームの中の賢者エトワールが、意気揚々と俺に補助呪文を掛ける。
ワールドの先に姿を現したボスとの再戦に、俺たちの間に緊張が走る。
前回は負けたが、今日こそは絶対に倒してみせる。
ボスが仲間を呼び寄せ、俺たちはモンスターに取り囲まれる。
賢者エトワールが範囲魔法を唱え殲滅していくのに合わせて、俺も縦横無尽にフィールドを駆け巡る。
「…ラインハルト様の悩みって、シグルドくん…いえ、魔王ゼタスのことですよね」
「んー?そうだけど」
「あの、ラインハルト様は魔王ゼタスのどこが好きなんですか?女癖も悪く、自己中心的で、その上ゲームも下手だ。僕には彼の魅力が全然分かりません」
その言葉と同時に、賢者エトワールの放った魔法が怒りの如く周りの敵を殲滅していく。
仲間を倒されたボスが、いよいよ俺たちの前に姿を現す。
「そりゃ有坂は俺だけじゃなく朝宮さんとも仲良くしたりして…女癖は悪いかもしれないけど、でも良い奴だぞ。ゲームは下手だけど」
画面の中でボスとの攻防が始まる。
水瀬がしっかりサポートしてくれれば、きっと倒せるはずだ。
「ラインハルト様、僕は不安です。魔王ゼタスの手に寄ってラインハルト様まで悪の道に堕ちてしまうのではと…」
「何言ってんだ。だから有坂はそんな奴じゃねーって…ちょっとエロいことされたけど」
「えっ」
水瀬の動きが止まる。
だからちゃんとキャラ動かせって言ってんだろ。
「――やっぱりそんな誠実でない方の側に、ラインハルト様を置いておくわけにはいかない」
止まっていたと思ったら、必殺技を詠唱していたらしい。
水瀬の怒りの大魔法がボスへと炸裂する。
おお、今日はなかなか絶好調じゃねーか。
が、そうもうまく攻撃は続かない。
すぐにボスに動きを読まれ、賢者エトワールは反撃にあってしまう。
すかさず俺がサポートに回り、なんとか体制を立て直す。
「す、すみません。ラインハルト様」
「気にすんな。あと少しだ。俺たちなら倒せるはずだ」
「はいっ。ラインハルト様」
従順な水瀬の声が部室に響く。
有坂のどこが好きかなんて、そう言われると俺だって具体的には答えられない。
なんか分かんないけど全部好きだし、俺には有坂しかいないって最初からずっとそう思ってる。
だけど俺はいつも、有坂の気持ちが分からない。
いつもと様子が違う事は分かるのに、俺には有坂が何を考えているのかどうしても読めない。
「――あ、危ない!」
魔王が剣を振りかざす。
だが水瀬の言葉でいち早く察した俺は、その攻撃をなんとか避ける。
「ラインハルト様はどうしても魔王ゼタスじゃないといけませんか?僕ならいつだって遊ぶことも出来ますし、寂しい思いもさせません」
「そんなこと言ってお前明日から撮影でいねーじゃん」
「僕こう見えてマメなんですよ。たくさん連絡しますね。それに今はスマホでもゲーム出来ますし」
ふふ、と水瀬が笑顔を見せる。
俺の全く連絡のこない携帯が役目を持つのは、正直嬉しい。
――でも。
「お前分かってねーな」
「え?」
コントローラーを握りしめながら、水瀬に言ってやる。
ボスの体力は残り僅かだが、こっちの体力ももう限界だ。
あと少し。
あと少しで倒せるが、賢者が先に倒れてしまう。
「すみません、ラインハルト様っ」
「大丈夫だ。あとは任せろ」
手に汗握る展開に俺も水瀬も画面から目が離せない。
ボスが最後の力を振り絞って、必殺技の詠唱をする。
巨大な剣が黒く光り、いかにもやばそうな感じだ。
今あんな攻撃を食らったら一撃でゲームオーバーだ。
俺は一つ集中し直して、地面を蹴る。
ボスの攻撃が先か、俺の攻撃が先か。
相手の懐へ飛び込むと、俺は大きく剣を振りかざした。
「水瀬、分かってねーみたいだから一つ教えといてやる」
「…え?」
隙を見せた俺の大振りに、ボスの重い一撃が突き刺さる。
が、それはフェイントで寸でのところで俺はその攻撃をかわした。
「昔から魔王と立ち並ぶことができるのは、勇者だけって決まってんだよ」
「――ラインハルト様っ」
そう言って俺はボスの弱点へと、渾身の剣戟を叩き込む。
轟くような断末魔の後、魔王は地面へと沈みこんでいく。
一瞬の静寂の後、ゲーム画面には『ステージクリア』の文字が浮かんだ。
まあぶっちゃけ水瀬の言うラインハルトが勇者かどうかは知らねーけどな。
でもこの俺がモブとか脇役なはずがないし、まず間違いなく勇者だろ。
ちらっと隣を見ると、水瀬はぽーっと心ここにあらずといった様子で俺を見つめていた。
「――はい。勇者、ラインハルト様…」
あってた。
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