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賑やかな駅の構内。
行き交う人々が俺を見て、いつものようにきゃいきゃいと囃し立てる。
今俺は聞き間違えたんだろうか。
「――え、俺?」
有坂の言葉に驚く。
コクリと有坂は一つ頷くと、スッと俺に手を伸ばした。
頬に触れようとした手が視界に入って、ビクリと心臓が跳ねる。
自然と身体が強張って身構えてしまう。
有坂は俺の様子を見て取ると、触れることなくその手を降ろした。
「…やはりこの間のことを気にしているんだろう」
「え?し、してないけど」
「嘘をつくな。結城に触れようとする度にそんな怯えた顔をされては、さすがに気付く」
そう言われて驚く。
マジかよ。
俺はそんな顔をしてたのか。
確かにあの日有坂にされたことは衝撃的すぎて、どうしても頭から離れずにいる。
いやあんなの忘れろって方が無理だろ。
あれ以来有坂を余計に意識してしまって、めちゃくちゃドキドキするしやたらカッコ良く見えたりもする。
触られて可愛がられたいと思ってるのに、なんか落ち着かなくなって目が合わせられなくなったりする。
考えてみれば今日だって有坂に嫌われたくないって思って変に遠慮したり、せっかく俺に付き合おうかって言ってくれたのに断った。
こんなこと今まで俺にはなかったんじゃないか。
ひょっとして俺は物凄く気遣い屋さんな性格だったのか。
「うわっ、マジだ。変なの俺じゃねーか」
思わず頭を抱えてそう言ったら、有坂が小さく息を吐きだす。
どことなく困ったように首を擦った。
「結城が俺に不信感を覚えるのは当然だ。お前は何も悪くない」
「ふ、不信感とかじゃない。そりゃアレはめちゃくちゃビビったけど…っ。でも有坂のこと嫌いになるとかは絶対にないし――」
「結城は俺に何をされても友人でありたいと言ってくれたな」
不意に低くなった声にハッとして顔を上げる。
黒い瞳がじっと俺を見つめていて、目が合うと心臓がどうしても速くなる。
「…うん。俺は有坂がいないと嫌なんだ。俺には有坂しかいない」
「なら結果的に俺は結城の気持ちを利用してしまったことになる。結城の信頼を踏みにじってしまってすまなかった」
真っ直ぐな有坂の言葉が落ちてくる。
もともと超が付くほど真面目で常識人で最強のお人好しの有坂が、あんなことを友達にして気にしないはずがない。
きっと俺に対して、誠意を見せてくれようとしてる。
だけど有坂は誤解している。
俺は別に嫌だったわけじゃない。
「あ…ち、違う。違うんだ」
「何が違う。俺が触れようとする度に戸惑っていただろう」
有坂が俺に眉を顰める。
そりゃアレに関しては驚きすぎて腰抜けるかと思ったし、童貞の俺が一気に大人の階段を登り切ってゴールした感はあるけど、でも有坂にされるのが不快だったわけじゃない。
有坂に対して他と違う気持ちがあるのは、俺だってもうちゃんと自覚してる。
「その…ど、ドキドキしたんだ」
「ドキドキ?」
「あ、有坂が俺に触るのかと思うと、心臓がドキドキして…っ。あ、頭がワケ分かんなくなって…」
言葉の途中で顔が熱くなってくる。
有坂がハッとしたように俺を見つめて、その距離が思わずといったように一歩詰まる。
「結城、それは――」
有坂が何か言いかける。
俺たちの間に一瞬の間が流れて、駅の賑やかな音だけが耳に残る。
だけどすぐに有坂は俺から視線を逸らすと、どこか難しい顔で目を閉じた。
「…いや、俺はもう間違えない」
ぽつりとそう呟いて、有坂が再び俺を見つめる。
どことなく安心させるように黒い瞳が柔らかく細められた。
「結城の気持ちはちゃんと分かっている。同じ過ちはしないから安心してくれ」
「…有坂?」
「結城が無理をしていないと言うのなら、その気持ちに甘えて今まで通り友人でいさせて貰えないだろうか」
有坂は律儀にそう言って、俺の顔色を伺うように覗き込む。
見つめられると体温が上がる。
返事の代わりに有坂の腕を引くと、有坂はその手をそっと俺に伸ばした。
戸惑いがちな手がそろりと俺に触れて、熱い指先が俺の目元を優しくくすぐる。
久しぶりの体温に、脳がジンと蕩けるような熱さを持つ。
「――結城。俺はもう二度と、お前を泣かせたりはしない」
有坂の言葉はどこまでも真っ直ぐで、気付けば俺はその黒い瞳に魅入っていた。
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