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「…あ、有坂」
「なんだ」
俺が有坂のために出来ること、今すぐ出来ることが一つだけある。
黒い瞳が俺を見つめる。
本当は言おうかどうか悩んでる。
有坂が何も言わないから、もう無かったことにしようと思ってた。
有坂とずっと一緒にいられる今が楽しいから、新しいことを知るのは怖い。
この関係が変わってしまったら嫌だから、知りたいけど知りたくない。
「どうした?」
熱い指先に優しく耳をくすぐられて、胸がギュッと詰まる。
落ち着いた声がすぐ耳元で聞こえて、いつもみたいに思いのまま甘えたくなる。
だけど有坂がたくさん優しくしてくれたから、俺だって何か返したい。
大好きだから、有坂のためになるようなことがしたい。
一つ息を吐きだしてから、口を開いた。
「…しゅ、修学旅行前にさ、俺に話したいことあるって言ってたよな。な、悩んでた事があるって」
そう。
隠し事は教えてもらったけど、改めて話をしたいって有坂が言ったことが、弓道の話だけだったなんて本当は思ってない。
有坂がその話はしなかったから、きっとそれだけなんだって自分の中で勝手に言い訳をつけて、見て見ぬふりしようとしてた。
あの有坂が悩むような話なんて、きっと大事なことだ。
でも大事な話を聞くのは苦手だ。
俺と有坂の関係が少しでも変わってしまうようなことがあったら、絶対に嫌だ。
恋人に中々踏み切れなかった時みたいに、変化があることで崩れてしまうのが怖い。
「…ああ。覚えてくれていたのか。だが今はいい。修学旅行が終わってから、改めてお前に話をする」
「べ、別にいいよ。今で」
「いや、今は混み入った話をするより、せっかく遠くの地まで来たんだ。余計な事は考えずに楽しんでほしい」
せっかく勇気をだして言ったのに、はぐらかされた。
俺も無かったことにしてたけど、もしかしたら有坂もあまり言いたくないんじゃないか。
だから今の今まで、何も言わずに黙ってたんじゃないのか。
「う…うん」
有坂のために何かしたい。
でも有坂がいいっていうなら、やっぱり気にしなくていいんじゃないか。
無理に何かすることはないし、それによく考えたら俺はいつもお弁当だって作ってるし、ちゃんと有坂のために頑張ってる。
たまたま今日はちょっと自分の事しか考えてなかったけど、そもそも俺はいるだけで有坂にとって癒しなはずだ。
俺の写真見て喜んでくれたし、もうそれでいいだろ。
「そろそろ戻ろうか。風邪を引いてしまわないか心配だ」
そう言って有坂が立ち上がる。
差し出された手に自分の手を重ねると、熱い体温が伝わってくる。
心地良い温度は触れる度に心臓が速くなって、俺をたくさん幸せな気持ちにさせてくれる。
めちゃダサだけど大切なキーホルダーも貰って、風呂ものぼせたら心配してくれて、こんなに幸せな気持ちをたくさん貰ってるのに、俺は何もしなくて本当にいいのか。
「…結城?」
目の前の手を握ったまま立ち上がらずにいたら、有坂が小さく首を傾ける。
屈んで目を覗き込まれてドキリとしたが、一度俯いてギュッと唇を噛みしめた。
「も、もしかして…俺が頼りないからか」
「――え」
「俺が頼りないから、本当のことを言えないのか」
そう言ったら、有坂が息を詰める。
「いや…ええと――」
どこか困ったように視線を逸らされた。
もしかして俺がいつも有坂にたくさん甘えて、色々やってもらってばかりだから有坂は言えないのか。
朝宮さんみたいに有坂のためにマネージャーやったり、テスト前は一緒に野球部に勉強教えたり、別の班でも写真を送ったりしないから、もしかして俺の気持ちが信用されてないのか。
「お、俺有坂が好きだ」
焦ったように言うと、黒い瞳が僅かに見開く。
「大好きだ。い、いつも有坂の事考えてるし…有坂のこと好きな気持ちは、絶対誰にも負けない」
そう、有坂の事を一番好きなのは俺なんだ。
朝宮さんでも他の誰かでもなく、絶対に俺なんだって自信を持って言える。
有坂のために何かするのだって、絶対に俺が一番じゃないと嫌だ。
「な、悩みがあるなら言って欲しいし、俺だって有坂のために何かしたい」
「結城…」
「俺達は恋人なんだろ。有坂が悩んでるなら、俺だって助けたい」
逃げてたけど。
ぶっちゃけ怖いし聞きたくはないけど。
だけど有坂のために何かしたいなら、きっとこれは一番にしないといけなかったことだ。
しっかりと顔を上げて、黒い瞳を見つめる。
有坂に俺の気持ちが伝わるように。
「…っだ、だから。もっと俺を信用してほしい」
真っ直ぐにそう言ったら、有坂がハッとしたように表情を変えた。
涼しくてちょっと寂しげな初夏の夜風が、俺たちの間を通り抜けていく。
二人しばらく見つめ合ってたが、不意に有坂はどこか力が抜けたように息を吐きだした。
「…まさか結城がそんな風に言ってくれるとは思わなかったな」
「――え?」
「俺はお前の事を思うあまり、少し甘く見過ぎていたのかもしれない」
どこか苦々しい表情で言われたが、もしかして俺有坂にナメられてたのか。
それは初耳だ。
ちょっとというか、かなり聞き捨てならない――と思ったが、有坂は再び視線を持ち上げると俺を見据える。
しっかりと意思の籠った黒い瞳が、俺を見つめた。
「俺も結城が好きだ。お前の事を誰よりも愛している」
そう言って有坂は俺の言葉よりも、もっと深くて重い言葉で愛情を返してくれる。
「いつだって俺も結城の事を想っている。だから結城も、俺の事を信用してくれるか?」
逆に返されてちょっと驚いたけど、慌てて頷く。
正直好きすぎてすぐ疑っちゃうのは否めないけど、でも有坂がそう言ってくれるなら、ちゃんと側にいてくれるなら、ちょっと怖いけど頑張って信用したい。
俺達は恋人だから、きっと信用の無い関係なんてダメに決まってる。
コクリと力強く頷くと、有坂が珍しくハッキリとした笑顔でふわりと笑った。
そんな表情を見たのはめちゃくちゃ激レアというかたぶん二回目くらいで、なんだか変にぎくしゃくしてしまった。
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