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今花
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「空が青いのって、なんでですかね」
ある曇天の下中学近くの高台で、ふとそんなことを思った。空が青いことの原理くらいはわかっているしそんなことを疑問には思わないけれど。
眼鏡の先輩もそれはわかりきっているようで、少し眉を寄せて、しかしいつものトーンで
「……、ワシ喧嘩売られとるん?」
「違いますよ、そんなんじゃないです」
「?頭の出来違いすぎてようわからんわ」
嘘つけ。わかんねえことなんてなんにもないみたいなツラしやがって。
ひゅ、と冷たい師走の風が鼻の先を冷やしてゆく。
くそさみぃ。
「花宮」
眼鏡が足を止める。俺もとめる。
「あんま難しいことばっか考えんやないで」
あんたほど考え事ばっかしてるわけじゃねーよ
「はっ、そうですね。肝に命じておきます」
鼻で笑う。冷たさで少しキンとした。
。。。。
空を見上げ、ウィンターカップ予選、誠凛に敗退したあの日も嫌な曇り空であったと思い出す。
と、同時に吐き気を覚えるような誠凛のやつらの顔、言葉、声動き姿が蘇る
むしゃくしゃとした気持ちを抱えて商店街を抜けていく。
夕方どき故に、夕飯の買い物だろうか親子連れや買い物袋を抱えた女性が花宮の横を通りすぎていった。
顔下半分を覆うマフラーに湿気が籠ってうっとおしい。ただ離れれば風が吹き込んで嫌に冷たく存在を主張した。
今吉さんは今頃大学受験の勉強でもしてるんだろうか。
結局あの人は高校で天下もとれず敗退、ただの受験生と成り下がったわけだが、
……、俺が言えたことじゃない
…………話を戻そう。
今吉さん……つまるところあの妖怪はどうせ受験勉強もそれなりにこなしそれなりに難なくレベルの高い大学に進学するのだろう。
そうしたらもう会うこともない。
大学が離れてしまえば高校で離れる以上の距離が生まれる。
つまりウィンターカップが最後の機会と言えないでもなかったが。
はあ、と息を吐く。
白く空気の間をぬって消えていく。
「なんや花宮、かわっええ顔しとるのお」
酷く鮮明にその声だけが鼓膜に響いた
「今吉、さん」
「ひさしゅう……ゆうてもウィンターカップ来とったみたいやし、面あわせんかっただけやけどな」
へらへらと笑うこの顔をみるのが久しぶりというわけでもないのに、何故か懐かしく思えてしまった
「……どうしたんですか、こんなところで
あなたの家はここら辺じゃなかったと記憶してるんですけど」
首を伸ばす。やっぱり、寒い。
「かわえーかわえーコーハイ君に会いに来たんよ」
と、と、とっ、とテンポを踏んだかと思えば目のすぐ前に今吉さんがいた。
そのまま腕を引かれて睫毛が、瞳が、鮮明、に、
「っっ冷った!」
反射で今吉さんの体を突き飛ばす
眉間に残る冷たさに思わず身体が震えた
「…………なんの、つもりですか」
「いてて……眼鏡外すん忘れとったわ、やー、すまんすまん」
「そういう、ことじゃ、…………。」
そういうことじゃ、ない。
「……、失礼します」
「花宮」
「……なんですか」
「花宮」
「…んだよ」
「花宮、こっちむき」
嫌だ。嫌いだ。この人が。
………またそうやってなんでもわかったような顔しやがって。
「ん、ええこ。 じゃ、いこか」
「いこか………、ってあんたどこ、に、?!」
がしりと腕をつかまれてそのまま商店街を走って抜けていく
そこまで早く走っているわけでもないのにうるさく響く鼓動に嫌気がさした
自分の少し前を走る背中は昔より少し大きくて、少し暖かそうに思える
「花宮!!!」
は、と顔をあげると中学の帰り道でこの人と何度が登った覚えのある高台の下だった。
深く映える緑が目を染める
空からの光が降らない木はこんなに静かで大きくあったか。
ふる、と小さく身震いした
「花宮、青いやろ」
「……は?」
「……ま、のんびりいこうや」
黙って登り始める今吉さんの背中を見つめる。
とどまっていてもどうしようもないのだから付いて登ってみるものの、コイツが何を考えてるのか検討もつかない。
突然現れて、こんなところへ連れてきて。
付いてく俺も俺で嫌になる。
「なあー花宮」
頂上がみえてきた。
「ワシ、とまってもうたんやて」
高校生の、今吉さんが。
「えらい鮮明な記憶やった気がしてたんやけど」
高校生、バスケットボールプレイヤー。
「もうあんま思い出せん。」
桐皇学園三年、バスケ部主将。
登りきったところに、小さな草むらがある。
今吉さんはおもむろにそこをかきわけ、随分と汚れたバスケットボールを取り出した。
「汚くなってもうたなあ」
「元々、綺麗とは言えないようなものでしたけど」
中学のひとつ上の卒業の日、今吉さんがこの場所に、学校からひとつくすねたボールを隠したのだった。
ボールがなくなったと当時部員で探すはめになったが、在処を知っているのは俺一人で、進言してやる気もなく、いつの間にかあやふやに消えた。
なんでボールなんか。
そう訪ねたとき、
わしのせいしゅん。
なんて言ってこの人はへらへら笑っていた。
俺が中学で授かったのは無冠、ここに隠す青春は見つからずに卒業を迎えた。
今吉さんは手に取ったボールを地面に打ち付けたが、空気の抜けたボールはちいさく跳ねて、そのまま動かなかった。
「花宮」
「なんですか」
「ワシ、青かったやろか」
なんだこの人、年相応な顔もできるじゃないか。
なんだかおかしくなって、つい口元が緩む。
「青い犬飼い慣らす程度には、青かったんじゃないですか」
ぽかんとして、
ふへ、と気持ちの悪い笑いを溢した。
「なんやそれ、素直に青かったてゆえばええのに」
空が傾く。暗い夜が始まるようで足の指先がなんだか落ち着かない。
「はー……。ありがとうな、花宮」
指先を握られて、なんだか小学生みたいだ、なんて思ってしまった。
こんなに寒いのに、この人は相変わらず指先だけは暖かく、なんだか心地よくて離し難い。
「花宮お前、もうすぐ誕生日やんな」
「……はあ、まあそうですね」
「じゃあ一足先のプレゼント、っちゅーことで」
「…………?」
「晴天や」
そう言って今吉さんは笑った
綺麗なバスケットボールをひとつ、鞄から取り出して俺の前に掲げる。
「わしの、青春。お前にやったるわ」
丘の上にたったひとつ、申し訳程度に立っている外灯に光が点った。
いらねえよ、そんなもん
そう言えたなら、このまま夜に溶けていけたのに
「やめたらあかんで」
なにを勝手なことを。
「なんで空が青いのか、わかるまでやめんといて」
なんであんたが苦しそうに、そんな昔の話をするんだ。
「花宮」
「……はい」
「お前のこと、愛してんで」
「……知ってる」
…………空が青い。
都会の星は弱くちいさく脆いのだけど、なによりそこで輝ける白が、なんだか憎いような気がしていた。
今日の空は晴天らしい。
真っ青な空を見上げた。
俺のバスケはまだやめられないらしい。
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