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間違い 19
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さっきまでのことがなかったみたいにミケは笑って言った。
「帰ろ、ニシナさん」
予感があった。
この表情を見るのは初めてじゃない気がした。
でもどこで、いつ……
ミケは背を向けて歩き出した。
、
家に帰ってきても俺はどこか胸騒ぎがして
落ち着くことが出来ない
ミケはいつも通り鼻歌を歌いながら雑誌を捲っている。
本当にさっきのことなんてなかったみたいな振る舞い
酷いことをした、という自覚があるだけ罪悪感のようなものが消費できることも無く積もっていく
「ニシナさん」
ミケが俺を呼ぶ。
トントンと自分の隣、ではなく後ろのソファーを叩く
俺は大人しく言うことを聞いていつもの様に座った。
「…。」
「…。」
お互いに無言
何を話す訳でもなくて不自然な空気が漂うだけ
「…」
「ニシナさん」
ミケは振り向かずに続ける。
「ここ2、3ヶ月でいろんなとこ行ったね〜」
「ああ。」
「いっぱい思い出作れたね」
「……そうだな」
思い出すように、懐かしそうに紡がれる言葉
まるでお別れだと言われてる気分だ。
「ミケ、まだ…」
「ニシナさん」
ミケが振り返る。
笑顔で、とても綺麗な笑顔で
翠は見えなくて、その真意はわからない
「俺なんか早く忘れて。お願い。」
「なんで、そんなこと言うんだ。」
ミケは笑うだけでそれ以上言葉を紡がない
それに引っ込んでいた黒い何かが湧き上がる。
「俺は、ミケとずっと…!」
「無理だよ」
「っ、」
俺だけが必死だ。
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ
なんなんだよ、これ
「ニシナさんは俺を忘れるよ」
「そんなこと!」
笑っているミケに違和感を感じる。
ああ、無理してるなって
そして、次の言葉に俺は息を飲んだ。
「今までだってそうだもん」
ミケは笑った。
いや、泣いているのか…
わからない
ミケがわからない
「え、」
「はじめましてじゃなかった」
初めましてじゃなかった?
あの日、俺とミケは初めて会った。
それに間違いはないはず、いや、わからない
それよりも前にどこかで会っていたのか?
「俺は前からニシナさん…ううん、カズキさんのこと知ってるよ。ずっと前から…4年前から知ってるよ」
「っ!」
「ねえ、初めてじゃないんだよ。カズキさんは覚えてないかもしれないけど」
「…」
「キスも、セックスも、俺たち初めてじゃないんだよ。……初めてじゃ、ないんだよっ」
ボロボロと、ミケは笑いながら泣いた。
痛い、何かが欠けてしまっていた心が
違和感はいつもそこにあった。
ミケは"恋人"と別れて直ぐに好きになった人だった。
初めてシた時に感じた、初めてじゃない感覚
ミケの誕生日の日、寝ぼけて呼んだ「かつき」の名前が本当はカズキだったとしたら
年齢を聞いた時、ミケは「毎回そういうよね」と言ったこと
その時は何かの間違いだと思って気にしなかったけどそれは…
俺だけだと言ったミケの言葉
俺の部屋にあったあの紫の熊の箱
たくさん、たくさん間違いは落っこちていた。
「なんで、忘れちゃうのかな」
、
隣に座り直したミケは膝を抱えていつも通りの調子で話す。
「ニシナさんは奇病っていうのがあるのは知ってる?」
「…まあ、知識だけ」
「単刀直入に言うと俺もそれなんだ」
「ミケが?」
「そうそう。」
笑ってる。
なんで笑っていられるのだろうか
「難病とかとは違うのか?」
「当たらずとも遠からずって感じかな」
目を伏せたミケはここじゃない遠いところを見ているみたいだ。
「俺の病気はね」
伏せた目から見える翠
その瞬間ですら綺麗だ。
儚く、消えてしまいそうな危うさを抱えた美しさ
「俺に関する記憶が忘̀れ̀ら̀れ̀る̀病気なんだ」
この時、ミケはどういう気持ちで言っていたのだろうか
その表情はとても穏やかで幸そうだ、と錯覚するほど完璧な笑顔なのに
俺には泣き叫んでるように見えた。
「忘れ、られる?」
「うん、そう。ほら、記憶喪失ってあるでしょ?あれは自分が自分のことや周りのことを忘れるけど俺のはその逆。俺に関わった人が俺のこと忘れる病気」
「、」
ミケは笑う。
どうして、笑えるのだろうか
「もっと詳しく言うと、誰かと友人関係にあったとか恋人だったって記憶はあるんだけどその誰かっていうのが俺だったって思い出せなくなるだけ。期限は一年間。一年間は記憶を保持できるけどその一年後には忘れられちゃうんだ。」
ミケと出会った日に言われた言葉
ミケと俺の期限
『一年間。おにいさんと恋人でいるのも一緒にいるのも一年間だけ』
それは、一年の期限だ。
ミケはどんな気持ちでこんなこと言っていたのだろう
どれだけのものを抱えればそうやって笑えって言えるのだろうか
ミケは続ける。
けれど俺はその先を本能的に聞いてはいけないと思った。
だって、それは、ミケに口にさせてはいけないことだ。
「ねえ、カズキさん」
昔も、そう呼ばれていたことがある。
知っている、俺をそうやって呼ぶ子がいた。
四年前の春、
出会った男の子を好きになった。
笑顔が可愛くて必死だった。
結局、友人にしかなれずにどこかに行ってしまった猫みたいな子
三年前の春、
男の子と初めて付き合った。
よく笑ってよく食べて朝が弱くて誘い上手で直ぐに虜になった。
けれど気づいたらあの子はいなくなっていた。
別れも告げられずに俺の前から消えてしまった。
二年前の春、
空いてしまった心を埋めてくれた子はやっぱり可愛いくて好きになるまでの時間なんてかからなかった。
けれどその子に突然別れを告げられてまた、俺は一人になった。
そして、ミケと出会った去年の春
笑っているけれど、俺は本当は知っているんだ。
それはこの子が耐えられるようなものじゃない
記憶はなくても、覚えてる。
そういう子だって
「カズキさんは昔付き合ってた恋人の名前、思い出せる?」
ミケは笑った。
捨てたられた、人形みたいに痛々しく泣き叫んでいる。
間違いはいつだったのだろう
違和感は、初めからあったというのに
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