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りつらしさ-1
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腕を伸ばしたり、屈伸したり、歩いたり、軽く走ったり。
真剣な表情で指示に従って忙しなく体を動かしているりつを、少しだけハラハラしながら見つめていた。
りつはゆうじに引き取られてから、定期的に専門的なスタッフによる身体機能のチェックを受けている。謂わば簡単なリハビリのようなものだ。成長期に人間らしい生活が送れなかったりつは、少し体の発育が送れていて体力も身体機能も同年代の男の子の半分以下。少し過保護かもしれないが、少しでもりつのためになればとカウンセリングも兼ねて面倒を見てもらっている。
初めはぎこちなかった体の動きは、日を追うごとに滑らかになって今では全速力で走ることだってできる。だけどやっぱり目が離せない。うっかり転んだりしたら、またあの柔い肌に傷が付いてしまう。そんなことを考えながら、ゆうじはいつでもりつに駆け寄れるようにとまるで睨み付けるように、頼りない背中を凝視していた。
「いいですね、りつくん。人間らしい顔になってきました。」
不意に、暖かみのある声が聞こえて視線を向ける。
すぐそばまでりつの主治医が来ていたことに全く気が付かなかった。綺麗な髪を一つに括っている聡明そうなその女性は、りつを見て切れ長の目を細めている。
「…人間らしい、ですか?」
医師の言葉に少し遅れて反応したゆうじは、首を傾げた。りつに視線を戻すと、相変わらずリハビリに集中していてこちらを見ることもない。その姿はどう見ても人間にしか見えないが、元々りつはゆうじにとってただの可愛い小さな男の子だった。人間らしい、という言葉の意味を理解しかねていると、アスカ先生が困ったように笑う。
「たくさんの傷を、貴方が一緒に背負ってくれているからでしょうね。出会った頃は、とにかく世界に怯えていました。一挙手一投足、何か少しでも間違えたら殴られるって、怯えて、動けなくなってた。人間らしい感情なんて、そういうマイナスの感情しかなくて。」
思い出すのは、思い出したくもないあの頃のりつ。
まるで顔の判別がつかないほどに腫れた顔と、泣き濡れて果てには涙まで枯れて真っ赤に染まった瞳。そのガラス玉は目一杯の恐怖と絶望を抱え込んでいた。
「でも、ほら。」
隣に立つ医師が示す先には、何やらスタッフと真面目な顔をして言葉を交わすりつがいる。頷いたり、時には困った顔で首を横に振ったり。そのうちにこちらの視線に気が付いたのか、ゆうじに嬉しそうに手を振ってくる。それにゆうじも手を振って応えてやれば、りつのリハビリが再開された。
「ね?まるで別人みたい。やっと安心できる場所を見つけられたのね。貴方に救われて、本当によかった。」
「…はい、」
「今はまだたくさんのことを吸収している途中だけど、すぐにりつくんの個性も見つけられるでしょう。好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、苦手なこと。楽しみですね。」
「はい。」
りつの個性、りつらしさ。
りつって一体どんな子なんだろう。
さみしがりで、泣き虫で、優しくて、一生懸命で。きっとまだ俺には見せてくれないところもたくさんあるんだろう。
俺はもっともっと君のことが知りたいよ、りつ。
それからアスカ先生はどこかに呼び出されたみたいで、慌ただしく部屋を出て行った。リハビリを続けるりつはやはり一生懸命で、その姿が眩しくて目を細めながら愛しい子をずっと眺めていた。
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