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九話
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「俺は・・・九条か嫌いだ」
笑い声や和やかな雰囲気には似つかわしくない、冷たい無機質な声だと思った。いや、無機質に聞こえるだけで本人はどう思っているかはわからないけれど。・・・なんとなく嘘を吐いているような、そんな気がした。
「本当に?綾ちゃんのこと嫌い?」
葉桜の納得のいかない視線があいつに向く。この空気感でよく言葉を発することができたなぁという顔で斎藤が葉桜を見守る。賑やかな雰囲気のファミレスでこのテーブルだけが、妙な雰囲気に包まれていた。俺はそれを他人事のように感じていた。嫌いだ、と言われたのに。ピリピリとした空気の中、俺だけがぼんやりと、この目の前に座る碧眼の奥を見ていた。綺麗な飴玉のような瞳は酷く濁って見えた。最初に出逢った、あの日の瞳だ。なにも映さない濁った瞳だった。
これ以上聞くのは、酷だと思った。本人もわかっていたんだろう。空気が張り詰める、感情を殺さなければ言えない発言だとも、わかっていたんだろう。でもそれを俺は強いてしまった。泣きそうな顔の理由もまだわからないけれど、無理矢理聞きたくは、なかった。
「葉桜、もういいよ」
「だって綾ちゃん!」
「まあまあ、落ち着いて、ごめんね、亜澄ちゃん。嫌だったよね。こんなこと聞かれるの」
斎藤が居てくれてよかった。確かに葉桜の思う通り、あいつの言葉は嘘だと思う。でもここで無理矢理聞くのは違うと、そう思った。葉桜は納得いかない様子だけれど。
「ごめん、俺、帰るよ。お代、ここに置いとくから」
あいつが向かいの席から立ち去ろうとした。確かに無理矢理聞くのは違う。でも、俺は、
「諦めねぇから!」
「・・・?」
「お前が本当のこと言えない理由も、その瞳の理由もわかんねぇけど、諦めたりしねぇからな!」
諦めない、だって気になるから。だから、諦めない。
そう伝えるとあいつは先程よりかは幾分かましな顔で、
「・・・馬鹿じゃないの、勝手にすれば」
そう言って笑って席を立ち去った。
「・・・・・・あんなの!絶対!!うそだよ!!」
あいつが去っていた。そのあの刹那の沈黙のあとファミレスで響くくらいに葉桜が叫ぶ。「まあまあ、落ち着いて」と斎藤が葉桜を制止した。
「だって嘘じゃん!絶対嫌いじゃないよね?!なんで嘘つくの!!私わかんないよ!!!!!」
「まあ、それに関しては俺もわかんねぇ」
俺だって嘘つかれた意味を知りたい。
そう思っていると斎藤が「まあ、」と俺たちの不満の声を遮った。
「いろいろあるんじゃないかな。あの子にも」
・・・まるで知ったような口ぶりに俺は顔を顰めた。
なんだその、俺よりこの状況を把握しましたみたいな、言葉。
「なんだよ、なんか知ってんのか」
「いやいや、噂だし、あんまり、本人の了解もなしに言うのも気が引け・・・」
斎藤の煮え切らない返事に俺と葉桜は余計に機嫌が悪くなる。俺たちに睨まれて斎藤は、まるで観念したようなポーズで手を挙げて、「わかったよ」とため息をついた。
「あくまでも噂として聞いてね。あの子・・・龍城亜澄が中学の時にすっごく荒れてたのは知ってるよね」
「ああ、知ってる」
「その荒れてた理由が、沢山、噂って形で広まってる。現在進行形でね」
「現在進行形・・・?」
「そう、誰がそんな噂流したかはわからない、でも火のない所に煙が立たないっていうじゃん」
「どんな噂なの?」
葉桜がそう尋ねると、斎藤が珍しく真剣な顔で顔を歪ませた。
「龍城亜澄は、「はい、お前たちそこまでにしようか」
それは知っている声だった。ごく最近知り合った、いつも、不敵な笑みを浮かべる、あの、
「か、すが?なんで・・・」
そこにはあいつの幼なじみの春日結心がいたのだ。
いつもとは違う、怒りを滲ませた顔をして。
「・・・本当に黙っててきいてりゃ、平気で亜澄の考えたくないこと、知られたくないこと勝手に言おうとしやがって」
明らかに怒っていたのだ。でも、そんな俺をあいつと引き合わせたのは、紛れもなく春日だ。
「俺がこういうやつだって、春日は知らなかったのか」
「わかってたけど、亜澄の了解も得ずに噂で知ろうとするのは関心しないね。まあ・・・」
「?」
「その、お前達が知りたがってる噂ってのはオレが流したんだけど」
その言葉に目を見開いた。こいつ今なんて・・・
「まあ、九条が食いつくかなぁって思って流したけど、本当にそうなるとは」
「・・・春日、お前は、あいつの友達なんじゃないのか」
さすがに斎藤の反応を見てわかるが良くない噂だってわかった。
なのにそんな躊躇う様な噂を友達が流すんだ、と信じられなかった。
「友達なんかじゃないよ。オレは。だって亜澄のことを守れなかった、救ってやれなかった。そんなオレが友達なんかじゃないさ」
「そんなの認められない」と春日は呟いた。
すると、斎藤が唸った。
「うーん、じゃあ、あの噂は本当なの?」
するとその問いに春日は自嘲気味に笑ってこう答えた。
「半分嘘で半分本当だよ。まあ、亜澄自身は全部本当だと思ってるし、あれがあったのも亜澄のことも事実には変わりない」
「そっか」と、斎藤は瞳を濁した。っていうか、
「俺たちはさっぱりわかんねぇんだけど」
「そうだよ!いきなり出てきてなにがいいたいの?!」
すると春日は、こう問うた。、
「知りたければ、本人に聞きなよ。俺を通してとか、噂とか、そんなもので判断するやつなの?九条は?」
試されている。そう、思った。なにもわからないでもわかったことがあった。
「何考えてんのか、わかんねぇよ。でもな、」
俺は春日の瞳をみた。春日の瞳は諦めを宿していた。何もかも諦めた諦観している瞳だった。
「あいつの友達なんかじゃないって言ってたけど、認められないって言ってたけど、お前は亜澄のために動いてるんだろ?それが間違いでも、あいつの嫌がることでもなんでもするんだろ?でも、俺に託してばかりじゃねぇか」
「・・・だからなに?」
「お前はあいつと本当に向き合ってないんじゃないのか?」
春日は、そう言うと瞳を揺らがせた。
お前は、なんで、
「俺はあいつと向き合うよ。お前とは違う、諦めたりしない。誰かに託したりなんかするもんか・・・!」
「・・・帰るぞ、二人とも」そう言って俺はファミレスの会計に向かった。諦めたりしない。・・・お前とは違う。
「・・・痛いとこ、つくなぁ」
そう呟いた春日の声はファミレスのざわつきに消えた。
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