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Breakthrough
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今日はサリーに帰ると言う彼を送ってロビーまで降りた。
私はまだ、衝撃から抜け出せないままで呆然とした感覚で歩いていた。
できたらこのままロジャーをどこかの病院に連れて行って閉じ込めてしまいたい。
でも、ロジャーはやっとここまで回復したのだ。彼の自由をいきなり奪っては酷すぎるだろう。今日はとにかく別れよう。
部屋を出てエレベーターホールまで歩く間にロジャーの変化を見せ付けられた。
歩く速度が遅い。しかも、一歩一歩を踏みしめるように歩いている。
私は気づかれないように時計を直すふりをして立ち止まりロジャーが追いついてくるのを待った。そして横に並んだ彼の腰に手を回し、そっとフォローした。
ロジャーは私を見て微笑んだ。キスがしたかったがぐっとこらえる。
エレベーターに入ると、もうたまらずに抱き寄せてキスをした。
このあいだまで隣にいても平気だったのに、、!恋心を打ち明けられた今、何かが外れたように愛情が湧き上がって止まらない。もう離したくない。
「ブライアン、今日は帰る。」
「分かっている。」
帰したくないが、一旦冷静になる時間が必要だと自分に言い聞かせる。
ロビーに入ると見慣れた大男が手持ち無沙汰に待っているのが目に入った。
「パパ!」
ルーカスはロジャーを認めると一目散に駆け寄って来る。
”まるで大型犬だな。”
「ブライアン。お久しぶりです。」
ルーカスは、礼儀正しくまず私に挨拶した。
「パパ、大丈夫だった?」
この様子からロジャーが心配される状況だったと推し量る。
「大丈夫だ、ルーカス。いい加減年寄り扱いはやめろ。」
ロジャーは邪険に答えながら、ルーカスを小突こうするがあっさり手を止められていた。
「じゃあな、ブライアン。また、、、。」
「近いうちにサリーに行くよ。」
私はロジャーを抱いた。長い付き合いの友がするように。
ロジャーを乗せた車が走り去って行く間。自分がこれからすべき問題を考えていた。
ロジャーのカルテを開示させる。アッデンブルックに知人がいるかどうか?いなければ、インペリアル大学系列の病院関係者にアッデンブルックの医師とコネクションがあるものがいるかどうか?
今日は土曜日の午後だ。医局は外部には対応しない。知人の医師たちも休みに入っているだろう。最悪の時間帯。
ひとまずは私も自宅に帰り自室にこもる。
胸のもやもやをどこに打ちつけることもできずに誰に連絡していいか考えた。
ローリー・セイラー。ロジャーの長女だ。
ロンドンで小児科医をやっている。
土曜日のこの時間なら、彼女はプライベートのはずだ。
私は携帯に登録してある彼女の番号をチョイスして発信した。
「ハイ、パパブライアン。」
彼女は私から電話がかかるのを分かっていたように電話に出た。
「ローリー。久しぶりだ。元気だったか?」
「私も子供たちもみんな元気よ。パパブライアンも変わりなかった?」
「今日ロジャーに会うまでは、元気いっぱいだった。今はそうは言えない状態だ。」
「、、、ごめんなさい。」
ローリーは謝った。
おそらくロジャーから今日私と会うと知らされていたのだろう。
「パパから口止めされて、あなたは論文で大変だから心配かけてはいけない。だから決して知らせては駄目だ!ってきつく言われてて。」
ローリーの言葉に愕然とした。
論文!たしかに、論文にかかりきりだった。つい先週まで!
学会で発表する論文を教え子と共著で出し学会で発表する計画だった。しかし映画の製作が決まり、深く映画にかかわる羽目になってしまい。大幅に研究や執筆にかける時間が削られてしまった。
やっと映画が出来上がってもプレミアやプロモーションで世界各地を飛び回りとても論文なんて取り組む暇はなかった。映画賞の受賞が決まってやっと一通りのイベントが終わって、、、。
最後に会った時のロジャーはどんな様子だったか?体調が悪そうな気配はなかったか?
そうだ、あの時!彼は言った。
「レッドスペシャルによろしく。」と。。。
別れ際、映画賞授賞式のお祭り騒ぎの夜。
「やっと終わった。明日からは論文に没頭できるよ。」
晴れ晴れとして、明日からの新生活に思いを馳せた。
「なんだ映画が片付いてやれやれと思ったら、次は論文か。まったく君は常に何かに全力を注いでいないと気がすまないようだな。
ご苦労なことだ、俺はしばらくはのんびりさせてもらうよ。」
それじゃあ元気で、、軽くハグして別れようとした時にふいにロジャーが振向いて
「ああ、そうだ。
”レッドスペシャルによろしく。伝えてくれ”」
と言ったのだ。
私は一瞬何を言われたのか?わからなかった。
私の顔に盛大に表れた
”?”マークを見て取ったロジャーは何も言わずに笑って手を振った。
「あ!」
思い出したのだ。その瞬間私のハートは高鳴った!
「ロジャー!」
彼の車に向かって走った。
車に乗り込んだロジャーに窓を叩いて開けさせる。
「”ラディックにも伝えてくれ。”」
息を切らせながら告げる。
ロジャーはうれしそうに笑った。
「伝えるよ。」
ひげ面をゆがめてウィンクをしてよこすと窓を上げて走り去った。
忘れていたのだ、数十年前二人で作った合言葉、隠語だ。
おおっびらに”愛してる”と言えない私達は二人にだけ通じる言葉を作った。
ロジャーは私の愛器の通称”レッドスペシャル”にかけて
「レッドスペシャルによろしく」と言う言葉が「愛してる」の意味。
私はロジャーのドラムのメーカー名のラディックになぞらえて
「ラディックに伝えて」と言う。
それが二人の愛の言葉だった。
ロジャーはあの夜、数十年ぶりにその言葉を私に投げかけたのだ。
うれしかった。
でも、映画を見て昔を懐かしく思い出したのだろう。 すでに論文執筆の計画が私の頭を占領していて、せっかくの歩み寄りに気がつかなかった。
あれがサインだったのだ。ロジャーの。
なぜ私はもっと深く考えなかったのだ。
あの後、彼に連絡をして二人でゆっくり話をしていれば、あるいは打ち明けてくれたかも知れない。
彼の投げかけたサインにそれ以上反応しなかった私に、学会に向けた論文で頭がいっぱいなのを感じたのだろう。だから、何も言わなかったのだ。確かに、ロジャーの病気のことをあの時知らされていたら論文どころでは無かっただろう。
現に今は天文学のことも何も考えることができない。つくづく自分の一つのことに囚われると、そのこと以外に目がが行かなくなる性格が恨めしい。
この一年、ただ論文を完成させることしか考えられなかった。あまりにも論文に没頭して家族をも省みない私に子供たちはクレームを出した。
ついには自宅とは違う場所にオフィスとして部屋を借り、そこで泊り込みで論文を執筆したほどであった。息子のジミーなどは
「論文と家族とどっちが大切なのさ!」
と言い出す始末だった。+しかしロジャーは私のことを慮ってくれたのだろう。現に先週、学会が終わって早々に連絡をくれて今日、ちゃんと会って打ち明けてくれたではないか?なんと自分勝手な怒りを彼にぶつけてしまったんだろう。
「パパブライアン、大丈夫?」
ローリーが黙り込んだ私を心配して声をかけた。
「ああ、すまない。
いろいろ頭がいっぱいで、、。」
「そうでしょうね。ショックだった?」
「そりゃショックだったよ。
私も年をとって、友達もたくさん鬼籍に入った。いつ誰が亡くなった。って知らせを受けてもおかしくない。そう思っていたが、、、ロジャーが私より先に逝くことはないだろう。と根拠のない信念があったものだから、、、。」
「パパもあなたのことをいつも心配していたわ。
”ブライアンは今が大切な時期なんだ。俺のことで煩わせてはいけない。”って言って。
”もし俺が死んでもブライアンの学会での論文が発表されるまでは隠しておくんだ”とまで言ってたわ。」
私は言葉が出なかった。
私の論文、天文学の論文のいったい何がそれほど重要か?ノーベル賞を獲るほどの発見でもない。難病を克服する新薬を開発した分けでもない。いったいあの論文のどこが人類に貢献する要素があったであろうか?ただ天文学を学ぶ人間の知識を満たすだけの内容であっただけだ。
「私も、さすがに大げさだと思ったけど
パパは真剣にあなたを案じていたわ。自分の体よりも、、、。」
「すまない、、。今日、私はロジャーにきついことを言った。
君がロジャーに会ったら、私が反省していたと伝えてくれ。」
「ブライアン、私もたぶん同じことを言ったわ。」
「ローリー。」
「”ロジャー・セイラーともあろう男が病気に負けて逃げ出すの?”
って言ったわ。」
「、、、、、、、。」
「パパは”ブライアンもきっとそう言うだろうな。”って笑ってた。」
「ローリー、、、。その通りを言ってしまったよ。」
「気にしないで、パパは全部わかっていたと思うわ。あなたがなんて言うか。」
「ブライアン、私たちみんな聞いたの。」
聞いたって何を?
「パパがあなたを愛してるって。
だから”最期は彼に看取ってもらうつもりだ”って。」
「、、、、、、、、。」
「でも、言われなくても知ってたわ。
パパが誰よりもあなたを愛してるって。子供のころから、、。」
「気がつかなかった私は誰よりも間抜けだ。」
ローリーは切替えるように話題を変えた。
「パパの癌は第一期は右肺中葉に病巣がある
”小細胞癌”T2でぎりぎり手術ができた。
でも左肺への転移も疑われたから、すぐに抗癌剤治療に切り替えたの。パパは嫌がったわ。”もう治療したくない”って。でも私が頼んだの、、。
”もう一度ブライアンとステージに立ちたくないの?”って。
でも誰も予想しない状況になった。パパの抗がん剤への副反応は例を見ないほどひどかった。重篤な肺障害を起こし呼吸困難になって苦しさのあまり
”殺してくれ!”ってパパは叫んでいた。」
ローリーは泣いていた。自分が強く治療を薦めた結果、父親を死の危機にさらしたのだ 彼女の苦しみは察して余りある。
「パパは毎年春に検査をしていたの。
本人は嫌がってあれこれ逃げようとするから私たちは定期的にスケジュールを組んでいたけど、あの年は映画の製作で忙しくて検査がのびのびになって行って。とうとう年明けまで検査できなかった。1月にやっと検査したわ。パパは自覚症状があったみたい。
「なんてことだ、私は連日のようにロジャーと顔を会わせていたのに、、
何も気がつかなかった。」
打ちのめされた。映画の撮影期間は本当に大変だった。
毎日毎日が忙しくてあわただしくて、でもロジャーは生き生きと活躍していた。そんな彼の体の異常にまったく私は気がつかなかった。
「癌が発見された時パパは
”俺は人生をもう十分堪能した。
そろそろ終わっても構わない。”
って言って手術も治療も拒否していたの。
そのまま温存療法を取っていたら、あんなに苦しませることも体力を大幅に失わせることもなかったんじゃないだろうか?って今でも後悔してるわ。」
「ローリー、ロジャーの体質異常は誰も見抜けなかったんだ。
私だって治療を薦めるよ。 君が間違っていたわけじゃない。温存療法を取っていても一度は抗癌剤治療は必ずやったはずだ。君のせいでは決してない!」
「ありがとう。パパ・ブライアン。、、」
ローリーは気持ちを立て直す様に語り続けた。
「5月の再検査で再発が発見された時ももちろん再手術を薦めたけど
パパは今度こそ頑固に拒否して”絶対にいやだ!”ってまったく取り合ってくれなかった。
でも私が食い下がって無理やり放射線治療を受けさせたんだけど、、、まさかあんなことになるなんて!」
ローリーは当時を思い出したのか言葉が続かなかった。
彼女の苦悩はよくわかる。
「ローリー君の責任じゃない。自分を責めてはいけないよ。」
良かれと思って薦めた治療が思わぬ結果を招いてしまって誰よりも苦しんだだろう。かわいそうに。
「ロジャーは今はまったく治療はしていないのか?」
今は州立病院と契約して、自宅に看護医と看護士を派遣してもらってると言う。24時間ドクターに滞在してもらって看護をしてもらってる。
ロジャーの財力ならば自宅に個人病院を作ることも可能だろう。
それどころか望めば世界中の最高の医療機関で最先端の治療を受けることもできるはずだ。しかし、本人が根っからの病院嫌いで、しかも自分の体質異常で地獄の苦しみを味わったとなればもう二度と率先して治療を受けようとは思わないだろう。
私はもう一度ローリーを励まして電話を終えた。
もっと聴きたいことはあったが、結果的に彼女を追い詰めることになってしまいそうだったので。
気がつくとロジャーからラインのメッセージが入っていた。
”ダーリン、今日は楽しかったよ。アッデンブルックに君が問い合わせたら俺のカルテを開示するように指示しておいた”
とキスマークのスタンプと一緒に送られていた。
”ありがとう。私も楽しいとは言えないけど素晴らしい時間だった。”
私もハートマークのスタンプと一緒に返信した。
”体は大丈夫か”と重ねて送る。
”まあオリンピック選手ほどじゃないけど大丈夫さ”
ロジャーのやせた薄い肩を抱いた時の感覚を思い出した。
初めて会った若い頃のロジャーもやせっぽちで薄い肩をしていた。
”今日は疲れただろう。早く休む様にしたほうがいい”
”早速、おせっかいが始まったな”
今度はブーイングマークが送られてきた。
私は”!”マークを送る。そして”ハートマーク”も。
”I Love You”
ロジャーはスタンプではなくメッセージをよこした。
”今すぐサリーに飛んで行きたいよ。”
”そして君にキスしたい”
私は”Me Too”マークと一緒にメッセージを送った。
”論文はもういいのか?”
”論文なんてくそくらえだ”
”おやおや、君がそんな下品な言葉を使うなんて!”
”昨日までの天文学者だった私は今はもういない。
今はただ君に愛を請う哀れな老人だ”
ロジャーとのメッセージを終了させると今後の自分の予定を確認した。
来週からサマースクールの講義がみっちり入っている。自分で決めたこととは言えうんざりする。誰かに代わってもらえたり中止にできる講義は中止にしよう。
そして肺ガンの詳しい情報を得るためにグーグルで検索する。
インペリアル大学の医学コースには癌に特化したコースもあったはずだ。今から私が、そのコースに入学して勉強するよりすでに癌に精通したインペリアル大学系の医師を探すほうが早いだろう。
自分が医学コースに在籍した当時の知り合いの顔を思い浮かべた。専門は勿論、天体物理学だが、20年程前に義理の父親と実の母がそれぞれ別の難病を患った。介護の為に病気を詳しく調べ始めたら、興味が湧いてしまいそのままインペリアル大学の医学コースに入学してしまった。
臨床をする気はなくただ研究ができたらいい。と思ったが勢いで医師免許まで取得してしまった。当時私は50代だったが数人の医学生と友人になれた。その友人達の顔と経歴を思い浮かべる。と、頭の隅にひっかかるものがある。
ローリーの言っていた州立病院、何かなかったか?
比較的最近、その言葉を他で見たような気がする。腕組みして記憶をなぞる、思い出せ。と自分に圧力をかけて。
あっ!カードだ。誰だったかカードをもらった。そこに州立病院の文字があった。慌ててカードホルダーを探してみる。誰だったか?
数枚のカードをバラパラと調べるとD Campbellのサインが目に入った。
キャンベルだ!インペリアル大学医学生で数少ない友人だったキャンベル。
急いでカードを改める。そこには
「今、州立病院で外科部長をしています。」
とあった。近況を知らせるカードだが、当時私は州立病院には縁もなく、なぜキャンベルが近況を知らせてよこしたのか?謎だった。時期は6月で論文は大詰めを迎え、深く追及することもなくカードは片付けてしまった。
「これは、、、!」
キャンベルは私に知らせようとしてくれたのだ。無論、守秘義務がある。
だけど、私とロジャーの間柄(世間一般的に見ても)で病を隠しているのはさすがに異常だと思ったのだろう。キャンベルは私にサインをくれたのだ。
なのに、またしても見落としていた。すぐさまキャンベルに連絡を入れてみる。
出るかどうか?土曜日の午後ならプライベートのはずだがまじめな彼のことだ、まだ仕事をしているかもしれない。数回のコールの後に聞き覚えのある声がした。
「私だ、ブライアン・レイだ。」
「ブライ、、、Drレイ?」
電話に出てくれたことにほっとしていると
「ちょっと待っていただけますか?」
と言って、電話越しに誰かに指示を出している声が聞こえた、、それからしばし間があって
「お待たせしました。キャンベルです。」
「ダニエル、ブライアンと呼んでくれ。忙しい時にすまないな。」
「いいえ、忙しくはないんですが。ちょっと、、」
人には聞かれたくない話になるだろうと予測したのか?部屋を移動したようだ。
「カードをくれたのに、返事ができなくて、、すまなかった。」
「いいえ、大変な時期に送ってしまって、申し訳なかったと思っています。」
「君はいつ知ったんだ。」
「6月です。早々にセイラーファンデーションから連絡があって”個人看護のために医師と看護士を派遣してもらいたい。”と。詳しい内容を知って、まだアッデンブルックに入院されていたMrセイラーに面会しました。」
私は彼をさえぎることなく話を促した。
「Mrセイラーは”治療はもういい。と、言いました。現況を少しでも長く続けたい。そのサポートをしてくれるだけでいい。”と、、」
「治療はしていないのか?」
「全くしていない訳ではありませんが。
ただMrセイラーの生活のサポートが主流ですね。私達がまず取り組んだのはMrセイラーの体力の回復です。当時からするとあれでかなり回復されました。」
「なぜもっと他の薬も試さないんだ?新薬も開発されているだろう。
オプジーボは治験したのか、、、。」
「ブライアン、、今はイギリス中、いやヨーロッパ中の癌専門医でもMrセイラーの治療には消極的になります。」
「なぜなんだ!?彼は世界的にも著名人だぞ!彼を救えば医師としても名声を得られるだろう。」
私は電話越しに怒鳴った。医者が治療に消極的とはどう言う事だ。
「ですから、その可能性が限りなく少ないからです。」
キャンベルは冷静に続けた。
「Mrセイラーへの治療は大変慎重さが求められます。彼の体質は今まで例を見ない症例です。どの薬にどのような反応を見せられるのか?治験しようにも極微量の薬にも激しい反応を見せられるので、正直新しい薬を試そうにも試せないのです。」
「しかし、、、!。」
「あなたが言ったように世界的に著名なMrセイラーを治療しようとして投与した新薬がもし、逆効果でMrセイラーが死亡する様な事態が起きた場合は担当した医師も投与された新薬も評判が落ちるでしょう。」
「、、、、、。なんと言う事だ!」
「アメリカやジャパンならばまだ道があるかもしれません。」
「アメリカだな。ロジャーをアメリカに連れて行く!」
私は断固決めた。
自己保身のために医師の本分を捨てたイギリスの医療にはもう何も期待しない。アメリカとジャパンの優秀な医者を調べなければ。
「僕もアメリカに渡るのがベストだと思いますが、もう少し体力を回復させる必要があります。」
「体力?」
「そうです。今、長距離を移動するにはMrセイラーの体に負担が大きくかかるでしょう。先週のバースデーパーティーの後は二日程寝込んだそうです。パーティーではしゃいでの飲み過ぎた、と言っていたそうですが、普段は休んでください。と言っても聞かない人が二日間ベッドから起き上がれなかったと報告がありました。」
「今日もスコッチをがぶ飲みしていたぞ。」
電話の向こうでキャンベルが笑いを含ませた。
「アルコールは飲んでも飲んでも酔わない。と、言っているそうです。」
「呆れたやつだ。」
キャンベルも暇ではなさそうなので電話を切り上げた。また、機会があったら会おうと、言い合って。アメリカの癌専門医を検索してみる。しかしロジャーの特異体質とはどの程度のものか?カルテを見ないことには、どうにもならない。
もう一つ決めた事を実行に移す。妻のアリサに離婚を切り出した。
彼女は特に驚かなかった。
「ロジャーに何かあったのね。」
彼女は私の様子を冷静に分析していた様だ。
「今日帰って来たあなたの顔を見て感じたわ。」
私は相当わかり易い人間らしい。
「さっさと切り出してくれてよかったわ。
私もあれこれ考えなくてすんだし。」
本当によくできた妻だ。彼女に詫びと感謝を告げた。
「自宅も財産も君とジミーに譲るよ。私が家を出る。」
もう彼女の不実な夫でいたくない。
私はその日のうちに、少しばかりの荷物を持って家を出た。論文執筆のために借りたアパートメントに入る。部屋は片付いていた。
先週までは資料のコピーや書籍が山積みされ足の踏み場もなかったが、学会終了後にハウスキーパーにクリーニングに入ってもらったのだ。
古い壁、レンガ造りの暖炉の名残の棚。新しい建物ではなく、わざと100年以上たった物件を選んだ。こんな風な古くて時代がかった部屋にいると昔を思い出す。若くてお金も名声も力もなかったが情熱と果てしない夢があった。
そして夢を語り合う友とロジャーが、、!
ロジャーはまだ18歳だったが、すでに一流ドラマーの片鱗を見せていた。
少女のような愛らしい外見からは予想もできないほどパワフルなドラムスタイルで、しかも美しかった。容姿がではなくその醸し出すドラムがギターやベースと絡み合って生み出すサウンドが得も言われず美しく感じた。
私はロジャーのドラムに魅せられた。
ロジャーはドラムに対して真面目で真剣だった。今まで会った事のあるドラマーとはまったく違っていた。彼は常に正確なリズムとチューニングにこだわっていたし、決して目立つドラムではなく完璧なメロディに最適なリズムを打ち出すことを目指していた。力強く美しく、私のサウンドを支えてくれた。
そして彼のコーラスの声!
幼い頃から聖歌隊で歌っていたと言うロジャーは、普段の会話では少ししゃがれたハスキーな声だったのが、いざ歌いだすととんでもなく美しい歌声だった。
私は、すでにロジャーに恋をしていたがそれ以上に彼の音楽的素質に夢中になった。ある日練習で入ったスタジオでベースのティムはバイトで先に帰ってしまい。それで二人だけで練習していた時に。
「ロジャー!君は素晴らしいよ。」
素直に感想を述べる私に少し照れたように。
「ブライアン、君だってすごいよ。君みたいなギタリスト初めて見た!
ジミ・ヘンドリックスよりもジミー・ペイジよりもエリック・クラプトンよりもトリッキーでクレバーでエキセントリックで刺激的だ!」
ロジャーは最高級の言葉で私を褒めてくれたが、私もそれ以上の興奮で彼のドラムスを賞賛した。
「俺、君に会えてよかったよ。
すごくラッキーだったって思ってるよ。」
ロジャーの言葉に舞い上がった私。
「ロジャー僕こそラッキーだよ。君と出会えた事を神に感謝するよ。
いいや、僕たちきっと運命だったんだ。神様が決めた運命だったんだ。
だって君って君って、、すごくきらきら輝いている。君も君の音楽もとても美しいプリズムだよ。」
そうするとロジャーは少しためらいながら言った、
「ねえ、ブライアン。もしかして君。俺のこと、、、、好き?」
その瞬間、心臓が胸から飛び出して勝手に走り出して行ってしまうような感覚に陥った。
「間違ってたらごめん。」
「ロジャー、、!」
思わずロジャーの手を握った。
「ま、間違ってないよ。君のことが好きだ。初めて会ったときから。」
「参ったな、。実は俺も君の事が好きみたいだ。」
ロジャーが僕を好き!ロジャーが僕を、、、!
にわかには信じられない。
「本当?僕のこと気持ち悪くない?」
私は男子校の出身だった。
男子校では擬似恋愛で男子生徒同士で付き合っている友人もたくさんいたためか、男同士の恋愛に抵抗はなかったが私自身は男を好きになったっことは一度もなかった。
恋愛の対象はあくまでも女性で自分はノーマルな人間だと思っていたが、ロジャーに出会ってすべてが覆ってしまった。
「ブライアン、気持ち悪くはないよ。実は俺、男に好かれるのは慣れてるんだ。」
「えっ!?」
驚いたが、よく考えたら無理もない。ロジャーはとてもかわいくて魅力的だ。私が女の子だと思い込むぐらいだから他の男もロジャーを女の子だと間違って好きになる可能性は大きかっただろう。
「もしかして男と付き合ったりしてたの、、、?」
「いや、それはない。俺、今まで俺に告って来た男はみんなぶん殴って来たから。」
ロジャーは手を振って笑いながら言った。
「ぼ、僕のことも殴る?」
思わず顔を抑えながら聞いた。
「ブライアン、君のことは殴りたくない。
俺もこんなこと初めてでどうしていいか?分からないんだ。女の子が好きで、今まで男に惚れられても一度もそいつを好きになったことなんかなかったのに、、君だけは特別みたいだ。俺、どうしたらいいんだろう。。。?」
ロジャーがその大きな青い瞳で私を見上げながら言ってくれた。頭がクラクラしそうだけどまさに、私も同じ意見だった。
男を好きになるなんて初めてのことで、どうしたらいいのか分からない。
「本当に好きなのかどうか?試してみる?」
私にしては大胆なことを言ったと思う。
「どうするんだい?」
「キスしてみるとか、、、?」
ロジャーの目を見て言った。ぶん殴られたらそれで諦めがつくかもしれない。
「、、、、、そうだな。」
ロジャーの性格は私よりもかなり男らしかった。気が強くて信念を持っていて自分の主張を曲げなかった。決断力も早く行動力もあった。
突然、私の顔を両手で挟むと顔を近づけてきて唇を重ねた。
驚きのあまり、目を瞑ることも忘れてロジャーのキスを受けた私。ロジャーも目を開けたままだった。青い青い瞳がまさに目の前で瞬いた。
唇が触れたのは一瞬で、すぐにロジャーの顔は私から離れて行った。長いまつげが頬をなでる感覚がたまらなくて、震えそうだった。
「ど、どう?」
「悪くないかも?」
ロジャーは自分の唇を押さえながら言った。
「もう一回してみる?」
「自分より背の高い相手とキスするって不思議な感覚だな?」
笑いながら言った。
そうしてもう一度私に近づくと、今度はゆっくりと顔を近づけて来た。
今度は私がロジャーの顔に手を添えた。
「ロジャー、目を閉じて。」
「いやだ。
俺は自分に起きるすべてのことをしっかり見ておきたいんだ。俺がキスする相手が誰なのか?確認しておきたい。」
なんかすごくロジャーらしい。
「分かった。」
顔の角度を下げてロジャーの唇にキスをした。今度はもう少し長く、でも重ねるだけのキス。ロジャーの唇はタバコの味がした。
金色の髪からもタバコの匂いがする。彼の吸うマルボロの匂い。
そして長いまつげ、いったい何本マッチが乗るんだろう。と意味のないことを考える。
私の心臓はさっき飛び出したまま1m先でダンスをしている気分だった。
「どう?」
もう一度聞いてみた。
「う~~ん。よく分からないけど。」
ロジャーは私の手をとって彼の左胸に当てた。
「すごくドキドキしてるね。」
「そうなんだ。」
「僕もそうだよ。」
ロジャーは私の左胸に手を当てた。
「いやじゃなかったら、もう一回キスしてもいいかな?」
彼の背中に腕を回して抱き寄せながらキスをした。今度はもっと深く。長い時間。
唇の角度を変えて互いの唇を咬み合うように何度も重ねては吸い、そしてとうとう舌を入れて彼の口の中でロジャーの舌を絡めた。ロジャーは嫌がらなかった。私は夢中になって彼の舌を絡めて吸った。
抱擁を強くして彼の腰を抱いた。
背中をなでてロジャーのTシャツを捲くり上げその中に手を入れる。抵抗しないロジャーに、口づけをほどくと彼のまぶたや耳に唇を這わせた。
ため息ともつかない悩ましい息を吐くロジャーにさらに煽られて少しのけぞった彼の首筋に唇を押し当ててその白い素肌を味わう。
「ブライアン、、、、、。」
「ロジャー好きだ。」
もう夢中だった。頭の中が真っ白になってただロジャーを感じることしかできない。とうとう立っている事ができなくなってその場にしゃがみこんだロジャーと一緒に床に座り込む。
「ブライアン、、、だめだ、、、、。」
弱弱しく拒否の言葉を発したが、もう私は止まらなくなっていた。
「ロジャー愛している。本当なんだ。初めて会ったときから、、、。」
熱い吐息を吐きながらロジャーを床に押し倒した。
彼の首筋から鎖骨の辺りを嘗め回しもう一度顔をあげて唇に吸いついた。
ロジャーの頬に手をそえて彼の顔を固定すると
ピンク色に色づいた唇を噛み付くように口付ける。
彼のまぶたもピンク色に染まってたまらないほどの色気を発している。
「ダメだ。ブライアン、これ以上はダメだ。」
小さな声でまたもや拒否の言葉をもらしたが、抵抗は強くない。
「お願いだロジャー。」
「ダメだ、、、。」
全然、力のこもらない声で拒絶の言葉を告げるが私は返って煽られたように彼のTシャツを胸まで捲くってその胸に咲いた薄紅色の乳首にキスをした。
「、、、、、、、、、!」
やっとロジャーは私の肩に手を当てると突き放す様に押すそぶりを見せた。
「やめろ、やめろってば、、、。」
「ロジャーお願いだ。好きなんだ。」
私は止めようとしなかった。
その乳首を強く吸いあげると、その瞬間!
「やめてくれって言ってるだろう!」
「うっ!」
突然わき腹に衝撃を受けた。
ロジャーが膝で私の腹を蹴り上げたのだ。
ロジャーから体を離して腹を押さえ悶絶する。学校でも優等生で殴り合いの喧嘩などしたこともなく、サッカーボールが腹に当たったぐらいしか経験がない私は床に転がりながら苦悶の声を上げた。
肩で息をしながらロジャーは上半身を持ち上げて後ろ手に体を支えている。
「ひどいよ。ロジャー、、、。」
抗議の声をあげた。
「ごめん、、、でも、ダメだって言ってるのにやめないから、、、。」
しばらくしてやっと普通に息ができるようになって来た。
ロジャーは心配そうに覗き込んで来る。
彼の顔が近づくと思わず手を伸ばしてその頭をつかみ自分に引き寄せる。頭を上げながら、懲りずにもう一度キスをする。しかし、腹筋に力を入れた瞬間にさっきの膝蹴りを受けた部分の痛みが再び襲って来た。
「あいててて。」
もう一度腹を押さえて床に伸びた。
ロジャーももう一度私の隣に寝転んだ。
「君の事好きだけど、、、できるのはキスまでだ。」
「ロジャー、、、。」
「セックスは女とする。」
ロジャーはきっぱり言った。
「君もセックスしたかったら女の子としなよ。」
「でも僕が好きなのは君だよ。ロジャー。」
「それでいいだろ、好きなのは俺。セックスは女。」
それのどこが悪いの?と、言う表情でロジャーは言う。
「僕は好きな人とセックスしたい。」
「めんどくさい奴だな。」
二人で寝転んで顔をお互いの方に向けたまましゃべる。
「俺が好きなら、そう言うやり方を受け入れてもらわなけりゃ。さもなければ君は聖職者になるんだな。」
「なんで聖職者?僕は天文学者になりたい。」
「一生セックスしないで生きるのさ。
えっ!ブライアン、ロックスターになりたいんじゃないの?」
「そりゃ、なれるもんならなりたいさ。
でも、そう簡単になれるもんじゃないだろ。」
ロジャーは起き上がりながら言った。
「なれるさ!俺達ならなれる。
俺が君を世界最高のロックバンドのギタリストにしてみせるぜ。」
力強く言って立ち上がったロジャーは私に手を差し出した。
ロジャーの手を取った時、彼の言うように自分はロックスターになれる気がした。
「ロジャー。いつかロックスターになったら一度だけ君を抱かせてくれる?」
「そうだな。その時おれが思わず抱かれたいようなロックスターになってたら考えてやるよ。でも、俺もその時は腹の突き出たジョン・ボーナムみたいなヒゲオヤジになってるかも知れないぜ。」
私は笑った。
「君だったら腹の出たヒゲオヤジになっていても、きっとキュートで魅力的だよ。」
「ブライアン、君って本当にスーパーエキセントリックで最高にイカれた奴だ。」
ロジャーは私の首に手を回して私の頭を下げさせ、二人の間にある10cmの距離を埋めると顔を上げてキスをした。
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