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You and I
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キャンベルがアッデンブルックの検査結果を持ってやって来たのは火曜日の午後。メディカルルームにロジャーとルーカス、私。
病院側はキャンベルと日勤のシュミット、夜勤を終えて帰ったはずのハリソンもいた。 部屋の隅には日勤の看護士の初老の婦人もいる。キャンベルは検査結果をMRIの画像などを見せながら
「残った左肺の気管支周囲かつ肺門、肺内リンパ節への転移、原発腫瘍の直接浸潤があります。今回はまだ遠隔転移は見られません。しかしリンパ節への転移があれば他臓器への転移も時間の問題、、、。」
”直接浸潤”と言うことは原発の癌が広がって行っている事か。
「治療方法は無いのか?新薬は?」
ジャパンの大学の発表した治療法や新薬など効果はないのか?キャンベルに詰め寄るが、彼の歯切れは悪くイライラする。
「もういいって。
治療はしないと言っているだろう。」
ロジャーは退屈しのぎにハリソンの聴診器をとりあげてルーカスの胸に押し当てて遊んでいたがそれも飽きたらしく立ち上がった。
「あの、、それで、、、」
初めてルーカスが口を開いた。
「パパの余命は、、?」
その場の空気が凍りついた。しかしまったく空気を読まないおぼっちゃまは
「パパは後どのくらい生きられるの?」
無邪気に聞いた。
「、、あの、、。」
キャンベルは咽に大木が引っかかっている様な声を出した。
「言ってやれキャンベル。」
他人事の様にのんびりとロジャーが促す。キャンベルは下手な俳優が台本を棒読みするように、、言った。
「その、、、癌の左肺に及ぼす影響と進行具合を考えますと、、。
このまま大きな変化がなければ、、およそ5~6ヶ月ぐらいではないか?と」
5~6ヶ月、、、半年。。。重たい沈黙がその場を覆う、言葉が出ない。8月に会った時は、5月の時点で余命1年と言っていた。
今は9月だから来年の3月まで。 具体的な数字が出てくると急にカウントダウンの時が刻まれ始めた様に感じて追い詰められた気持ちになる。
「あくまでも現状でです。
これからの進行状態によってまた若干の変化はあると思います。」
キャンベルは重ねて言った。
「あと半年の命、って言われてそれから5年生きた人もいるよね?」
ルーカス、フォローのつもりか?
「半年あれば十分だ。」
大きく伸びをしながらロジャーはなんの感慨もなく他人事の様に言う。
「ロジャー、ジャパンに行こう。新薬を試すんだ。君の好きなワサビもある。納豆も豆腐も食べ放題だ。」
「ジャパンは好きだが遠すぎる。」
ロジャーは聴診器を投げ捨てるとそのまま部屋を出て行った。後を追いたいがキャンベルに聞きたいことがあった。
「ルーカス後を追え!」
ルーカスは慌てて立ち上がった。
「ロジャーを一人にするな!」
落着いていたが、何かしでかしそうな気もする。しかしキャンベルに聞いておかなければならない。
「ロジャーの副作用だがどんな症状で現れた?」
「副作用ですか?ロンドンからの報告では白血球の激減と免疫力の低下、肺障害、放射線では心筋性ショックを起こしたとあります。
後は骨髄抑制や。嘔吐や下痢の他に皮膚にも炎症が現れ脱毛もありました。」
治療を受ける患者は病気との闘いの他に癌を治療するためとは言え、新たな苦痛を強いられることを嫌う患者も多いと言う。薬による副作用の苦しさに負けて、がん治療自体をあきらめてしまうケースも多いと話した。ロジャーでなくとも、聞いていて憂鬱になる。
「たとえば、治療方針をロジャーに明かさずに投薬することはできないのか?」
キャンベル達は、ぎょっとした表情で私を見た。基本的にインフォームドコンセントを行い、患者の理解を得てから薬物の投与など治療を始める。決まりきった事を述べてくる。
「そんなことは言われなくてもわかっている!」
そのやり方ではロジャーは救えない。
「彼は自分がいやだと思ったことは、絶対に拒否するのだ!」
話題が確信に触れようとした時、、、、。
「ブライアン!大変だ。パパを止めて、、!」
ルーカスが叫んで走りこんできた。やっぱり何かやったか?予感はあった。だけど、、。エントランスに向かい外に出る前から激しいエキゾーストノートが聞こえる。
キュルキュルとタイヤの空回りする音。
エンジンを空ぶかしするような騒音。
表に出ると赤いアルファロメオがなんと芝生の庭を走り回っている。
いくら広い庭と言っても、、、いやよく見ると走り回っているのではない一本の樹木を中心に車はドリフトしながらスピンしているのだ。どう言う風に運転したら車がこんな動きができるのか?しかしタイヤは芝生を削り土を堀上げ周囲の庭木を折りながらすさまじいエンジン音とタイヤのきしむ音を響かせて回転している。
「ロジャー!やめるんだ!」
隣で庭師が諦めの表情で主人の暴挙を見ていた。危なすぎる、回転の中心が徐々にずれてきている。
「止まれ!車を止めるんだ!」
叫んでも無理なのはわかっているが黙って見ていられない。可能な限り車に近づいてせめてロジャーの視界に自分が入るようにした。
「Drレイ、危険です。」
返ってジェイムズに心配される。
おそらくクラッチの開け閉めとハンドル捌きで微妙なコントロールを取っているのだろうが少しずつ中心点がずれて一点が真ん中の樹木に近づいてきている。
「あぶない!」
樹木の周りには柵が設けられて今は小さな蔓バラが咲いていたが接触したタイヤに吹き飛ばされ無残に飛び散りレンガも砕かれる。柵に接触したせいかコントロールを失ったアルファロメオはそのまま樹木に衝突した。
「ロジャー!」
まだタイヤは空回りをしてエンジンの空ぶかしする音がしている。車に近づくとドアを叩いた。さすがにすんでの所でハンドルを切ったらしいがそれでも立木は無残に傷つき、守り取り巻くように作られていた柵は跡形もない。車はフロント部分が大きく歪んでいる。
「ロジャー、ドアを開けろ!」
車の中を見るとロジャーは平然としてエンジンを掛け直しギアをバックに入れたのか、車を立木から後退させた。
衝撃は無かったのか?やがてエンジンを切ってドアを開け出て来る。
「腕が落ちましたね。だんな。」
庭師が無愛想に主人に話しかけた。
私もルーカスもジェイムズも呆然として言葉も出なかった。
「やあトム、すまんなぶつけちまった。」
貫禄ではロジャーに負けない庭師は主人の蛮行には慣れている様だ。
「まあ、だんなが噴水の石像をバイクで飛び越えようとして石像ぶっ壊して噴水にバイクごと突っ込んだ時に比べりゃましな方だよな。」
「あ~あの時は失敗したよな。足も骨折したし。」
二人は笑っている。
「昔はきれいに回ってたのに旦那も年、ってやつですか?」
「まあな。」
ロジャーは自分が傷つけた木の肌を撫でた。
「こいつも年だ。」
トムと呼ばれた庭師も木に近づいて行く。
「これは俺がこの家を買った時に植えた木だよな。」
「その時で樹齢20年くらい経ってたからな。
SOMEIYOSINOは60年ぐらいが寿命だから、ぼちぼち切り頃かと思ってたよ。」
庭師は傷ついた立木をいとおしそうになでた。
「ロジャー、大丈夫か?どこも怪我はないか?メディカルルームに行こう。
キャンベルに診てもらうんだ」
やっと我に返って声をかけた私をうるさそうに手を振り払うとまたどこへとともなく歩きはじめる。
「車は廃車にしろ。」
長年の愛車を見返ることも無く言って捨てた。SOMEIYOSINOと言われて私も思い出した。ロジャーのうちの庭に桜の樹があった。たしかフレディがロジャーの家を買った記念に贈ったはずだった。毎年見事な花を咲かせていた。その木を、、、。
「SAKURAは俺が死んでから切ってくれ。」
ジェイムズは車をガレージに戻すために使用人を采配している。庭師は荒らされた芝生を踏みしめて修復を試みている。歩き出したロジャーを追ってその肩に手をかけた。しかし
「Drレイ!」
不意に背後からキャンベルの呼び声が聞こえた。振り返るとキャンベルはこちらに歩み寄ってくる。すっかりほったらかしにしていた。しかし、彼の表情は険しい。
「すみません。病院の近くの工場で火災が発生して、、、。」
多数の患者が送り込まれて来ているとのことでキャンベルもシュミットも緊急呼び出しがかかったらしい。
「すぐに向かってくれ。」
このタイミングでそんな事故が起きたとは!!正直私の頭はパンク状態だ。
「Mrセイラーは大丈夫ですか?」
キャンベルは一応ロジャーを案じた。
「事態が落ち着いたら夜にでもまた伺います。」
「いいや、こちらのことは気にしなくていい。ロジャーは私が看る。」
「最低でもハリソンを寄越します。」
ハリソンは今日は非番のはずだ、キャンベルは労働基準法を無視した発言をした。とにかく病院へ急げと、キャンベル達一行を見送って私はロジャーが入って行ったスタジオに向かった。
スタジオは中から鍵がかからないようにしている。ロジャーが何度も倒れたから。中に入ると大音響でギターの音が聞こえた。ロジャーがブラックサンバーストのレスポールを弾いていた。スローバラードの様だ。
聞き覚えはあるがタイトルがすぐに出てこない。ロジャーはどう言うつもりだろう。余命半年と言われても驚いた様子も無かった。すでに聞いていたのかも知れない。では先ほどの行動はなんなのだ自暴自棄になってのことではないのか?無茶をやって私の関心を引きたいのか?
しかし彼は突然演奏を放棄するとスタジオの奥に向かった。
「酒か?まだ飲んではいけない。」
私の声などどこ吹く風だ。
スコッチを瓶からラッパ飲みしながらまたギターを再開する。腕は二本しかないから当然酒瓶は床に置かれた。それを奪おうと近づいた私にいきなり片腕を首に回してくる。そして目の前で拾い上げたスコッチをこれ見よがしに飲んでみせる。
「私に叱ってほしいのか?」
彼の手から酒瓶を取り上げる。
「無茶をして私を心配させて私の注意を引きたいのか?私が君を追わずにキャンベルと部屋に残ったのが気に入らなかったのか?」
「思い上がるな。」
腕を解くと体を離した。
「俺は刺激がほしいんだ。新しい曲を作るための刺激が。」
ふらふらと体を揺らして酒瓶を取り戻すとスコッチを重ねて飲み続けまたギターを弾く。 仕方なく私もギターを取り上げて一緒に演奏を始めた。フレーズを打ち合わせたわけでもないのに交互に弾きあって、一体感を共有するとロジャーの孤独が私の心に染込んで来た。こんなに寄り添ってもロジャーは孤独なのか?まだ一人ぼっちで私を受け入れないのか?ロジャーが適当に置いたスコッチを取り上げると私も残りを一気に飲み干す。
「おい!勝手に全部飲むなよ。」
文句を言いながら近づいて来た彼を抱き寄せると口づける。ギターをはずしてスタンドに置くと、ロジャーのレスポールも彼の体から取り去った。
「今から君を抱く。」
アンプのスイッチを切って電源も切る。
「何を勝手やっているんだ。」
抗議の声を上げるが取り合わない。
「おい、俺はまだやめないぞ。このヒヒ爺。一人で盛ってろよ。」
私の胸倉を掴んで文句を言うが逆に捕まえて身動きできないように抱きしめる。
「本気だ。今日こそ抱いてやる。」
もう一度深く口づけると以前の様に腰をつかんで肩の上に担ぎ上げた。
「こいつ!とうとうイカれたな!ボケジジイ。おろせ!俺は荷物じゃないってば。」
ロジャーを担いでスタジオを出ると中庭を大股で突っ切る。正面の庭の方ではまだ使用人達が庭の応急修理をしていた。
「降ろせよ!そんなに揺らしたら背中にゲロ吐くぞ!」
ロジャーの部屋の窓は、彼がメディカルルームから飛び出したまま開け放しだ。その窓を閉めて鍵をかける。そうしてベッドまで運んでやっと降ろした。すぐに立ち上がって私に殴りかかってきたが、動きがまだまだスローだ。楽によけられる。両方の肩を押さえつけてベッドに押し倒した。全身で彼の体を覆って動きを封じる。
「拒まないと言ったな。」
定番の口づけから耳たぶ、うなじへの愛撫と移動しながら。
「離せ、今はそんな気分じゃない。おい!俺は病人だぞ。」
都合の良い時だけ病人としての立場を主張する。
「やさしくする。」
私は彼のライトデスクの小さな引き出しからロジャーが使っている保湿クリームを取り出した。
「これをどう使うか知っているな。」
彼の目の前に持っていってこれみよがしに見せ付ける。
「イカれたヒヒ爺が一人で盛り上がってんじゃねえよ。」
私につばを吐きつけそうな勢いだが完全に怯んでいる表情がかわいくてたまらない。だけど、今日は容赦しないと覚悟を決めた。
「ロジャー、なぜまだ孤独なんだ?なぜ私の愛を信じられない?」
彼は黙り込むとそっぽを向いた。
「今の私は君しかない。君のためになら命も捧げる。私の心を私のすべてを受け取ってくれ。」
「、、、、、、。」
「なぜ何も言わない。私が物足りないのか?」
「、、、君は、、俺を見ていない。」
何を言い出だすのだ。こんなに君の事で頭が一杯なのに。
「君は学者肌だ、ひとつのことにぶち当たると解決するか解明するか?とにかくやりとげないと満足しない。」
「今は君に夢中だ。君だけにロジャー。」
「ちがう、今の君は俺の癌を克服することに夢中だ。俺を見ずに俺の体の中にいる癌ばかりを見ている。まるで癌に恋しているみたいに。」
何と言う事だろう。
私が注意を向ける物はたとえ自分の体に巣食う病魔でさえも嫉妬するのか?
もう一度彼の顔をこちらに向かせて深く口づける。
彼の舌を絡めとって吸い上げて蹂躙する。
「絶対に君を死なせない!君の命を救う方法を探しているのだ。わかってくれ。」
「キャンベルと話すな。他の医者達とも関わりを持つな!俺が、、俺がいる時に、、。」
ああ、昔と同じだ。よく喧嘩をした。
”俺以外のやつとしゃべるな!”
ロジャーは私に向かっていつも叫んだ。
”俺だけを見ろ!俺だけだ。他のやつらを見るな!”
私は彼が起こした問題を収めるために四方八方に調整を入れて事態を収拾しようと苦労しているのにそんな苦労はお構いなしに駄々をこねた。今から見るとひたすらかわいいのだが、若かった私にはそんな余裕は無くて結局は喧嘩になった。
「愛している!ロジャー。君だけだ。私の目には君しか映っていない。」
口づけてまぶたに唇を落とし頬をたどって耳たぶをかじる。ロジャーの体が波打って両腕が私の背中に回って来た。
「俺は、、、俺は、、。」
「言って、ロジャー。その先の言葉を言ってくれ。」
彼の頬に唇を滑らせながら愛の言葉をねだる。
「俺も、、、、愛している。」
背中に回った彼の腕が強く私を抱きしめた。
「、、、ブライアン、、
俺に孤独を教えたのは、、君だ、、。」
堅くまぶたを閉じて、唇をわななかせながらささやく。
「それまでは寂しさなんて感じたことはなかった。なのに、、君がやって来て、、、俺を抱きしめて、、愛していると言って、そしてロンドンに帰って行く、、、。」
「ロジャー、、、。」
「君がいない部屋が、、むやみにだだっ広くて、、、抱きしめてくれる腕が、、君の声がほしくて、、たまらなく寂しかった。」
彼の頭を抱いてその髪をなでる。
耳に唇を押し当てて耳の後ろを舌でなぞる。
「すまなかった。。一人にして、、もうそばを離れない。君に寂しさなんて感じさせない、嫌だと言ってもそばにいるよ。」
肩と腰に腕を回して再び力強く抱きしめる。
私の昂ぶりをロジャーの腰に押し当てて欲望の強さを教えた。すすり上げる様にため息を吐く。震える呼吸。胸の下に彼の肋骨を感じる。
体重をかけない様に注意して愛撫を与える。
禁断の扉の様に閉じられた彼のシャツの第一ボタンを外すと酸素吸入器のチューブを通した傷跡が現れた。その傷跡に唇を落とすとその次、その次のボタンに手をかける。
「、、だめだ、、。」
今度もロジャーの指が私の指を止た。
「許してくれ、、それ以上は、、見せたくない。」
無理は言わないでおこう。ボタンを二つまで開けた、今日はそれが成果だ。
そして本当の目的はこれからだ。
「君のすべてを愛してる。ロジャー君のすべてがほしいんだ。」
「こんな痩せさらばえたみすぼらしい体に欲情なんてできるのか?
まるで地獄の亡者の様な醜い体だぞ。」
「震えなくていい。
君の目や周囲の人間にはどう映ろうと私には君の真実の姿しか見えない。
アドニスの様だった少年の時も、アポロンの時代もバッカスの様だった時も私にはいつも輝いている君しか目に映らなかったよ。」
だけど見せたくないというものを無理に見ようとしなくていいだろう。
「服を脱がなくても行為はできる。」
「、、さすがマッドサイエンティストだな、、。」
「ロジャー私はサイエンティストじゃない。
アストロノーマーだ。」
「マッド・アストロノーマー、、?」
そこで私は体の上下を反転した。つまり私が下になってロジャーを私の体の上に来させた。ロジャーは私の体に馬乗りの状態になる。
「ほらこうすれば怖くないだろう。」
私の上でひとつ大きな息をしたロジャー。
「怖い?」
もう態度が一変した。
「誰が誰を怖いって?」
ここまで豹変するというのも面白い。
恐れ怯んでいるロジャーもかわいかったが、
傲慢不遜な彼こそが最高に魅力的だ。
「その意気だ。やっぱり君は輝いているよ。」
下から彼の太ももをなでる。
「しかし、俺は君に突っ込めないぜ。」
少し照れた様に言う。
「もちろん、君は何もしなくていい。
全部私がする。」
タンゴと同じ発想の転換だ。
彼がリーダーで私がフォロワー。
今までのロジャーの拒否はおそらく過去の無理に乱暴されようとした経験のトラウマだろう。上から襲われる。
その状態を取り除いてやれば、、。
「なんか新鮮だなあ。この景色。
上から君を見下ろすなんて。」
余裕さえ感じさせて楽しそうだ。
男とは相手を征服したがる生き物だ。
この私でさえ、ロジャーを抱こうと思う時は
優位に立つことが当然だと思っていた。
「ふーん。」
私のシャツに手をかけるとボタンをはずし始めた。頭を持ち上げてキスをねだる。
私が半身を起こしてもまだロジャーは私よりも頭ひとつ高い位置にいる。
上になった彼から口付けを受ける。
急に大胆になったロジャーは自分の足を私の両足の間に入れると太ももで私の高ぶりを刺激し始めた。
「ふふふ、、、大きくなった。
なかなかやるなダーリン。」
「ああ、ロジャー愛してるよ。」
今度は彼が私の肩を押してベッドに押し倒す。下から見上げるロジャーは壮絶な色気を発しながら舌なめずりをした。
「なんだ肌着を着ているのか?
ダーリン。色気がないなあ。」
私のシャツの前を開いて肌着を引きずりあげると頭を下げて私の胸をなめる。追い詰められているのは私だ。彼の舌の感触を胸の上に感じながらロジャーの腰を撫で回した。
「欲しい、、、君が欲しい。」
乱れた髪の隙間から青い瞳が私を見る。
もう一度上体を起こして右手で彼を抱いて口付け、左手は彼の背中から指をトラウザーの中に進入させた。
ロジャーの呼吸が早くなる。
「大丈夫、落ち着いて。
さあ大きく息を吸って、、。」
左手は相変わらず彼のトラウザーの中でその尻をなでていた。
すっかり肉が削げ落ちた体。
私に見られることをとことん嫌がった。
では見ないようにしなければ。私の頭を抱いて大きくのけぞり深い息を吐く。
「ああロジャー。」
何度も名前を呼ぶ。私の指がとうとう彼のそのすぼまりに触れようとした、、、。
突然、私の尻のポケットに入れていた携帯電話が鳴り始めた。
しかも”ツァラトストラはかく語りき”だ。
ノーマンから緊急事態を告げる呼出音。
なぜ電源を切っておかなかったのか?
何でまたよりによってこの時に、、、!
一瞬、無視しようとした。
かまわずに先を続けようとしたが、、
すでに二人とも集中力を失っていた。
「くそ!!こんなタイミングで!」
「ダーリン電話に出たら、、。」
ロジャーは私の上から足をどけた。
大きなため息をついた。
「すまない。電源を切るのを忘れていた。」
「いいから、大切な電話なんだろ。」
ベッドから起き上がると電話に出た。
「私だ。どうしたノーマン。」
思いっきり不機嫌な声が出た。
「あっ、先生お取り込み中だったのでは、、すみません。」
取り込み中といえばこれ以上ないほど取り込み中だったのだが、
「どうした?何があった?、、、、、
父上が、、、そうか、、、
それは大変だったな。」
ノーマンの父親が亡くなった。高齢で入院しており以前から危ないと言われていた。
彼はめでたく10月からインペリアル大学の教授に昇格が決まり父親も喜んでいたらしい。
「おかげで最後の親孝行ができました。」
しかし私が投げ出したサマースクールの講義を明日だけ受け持ってくれないか?との依頼だった。今日の講義は急だったので中止したらしいが、2日続けて中止したくないと言う。
仕方ない、もともと私が担当するはずだった講義だ。資料をメールに添付して送ってくれるように頼むと葬儀の日時と場所を聞いて通信を切った。
「ノーマンの親父さんが亡くなったのか?」
「89歳だと言っていた、、。こんな時に彼も大変だな。」
「季節の変わり目は人が死に安い。」
ロジャーの言葉に心臓が騒ぐ、、。
しかも、ついさっき”もう一人にしない”と誓ったばかりなのに、、、。
「明日の講義を受け持つのか?しまったな。
俺も受講を申請しておくんだった。」
ロジャーは彼独特のジョークで私への負担を自ら払拭してくれる。だけど、こんな時ほど”行くな”と我侭を言ってほしい。
「明日は何を着て行く?
やはりノーマンのことを考えると下手にしゃれずにダークグレーにホワイトシャツで抑えて行くか。」
さっそく明日の私の装いを考え始めた。
そう言えば葬儀用のブラックスーツをまだロンドンの自宅に置いたままだ、
後でアリサに連絡して取りに行かなければ。
「ネクタイはしない方がいいな。
ロンドンはまだ暑さが厳しいらしい。
今夜のうちにロンドンに発つか?」
「いいや講義は10時半からだ朝早くに発てば十分間に合う。」
シャツをあてがう彼の手を取って口づける。
「すまない。一人にしない。と誓ったばかりなのに。」
「気にするな。それより葬儀の日までロンドンにいるのか?」
「まさか明日。午後の講義が終わったらすぐに戻ってくるよ。」
しかし、翌日の午前、午後の講義を終えてキングストン近くにあるノーマンの実家に弔問に訪れ、ブラックスーツを取りに元の自宅に戻ったりしていて、サリーのロジャーの屋敷に帰ったのは夜の10時近かった。
「お帰りなさいませ。」
ジェイムズはもう”いらっしゃいませ”とは言わない。
「ああ、ご苦労だねジェイムズ、
ロジャーに変わりはないかな?」
ジェイムズは渋い顔をした。
「、、、、、、、。」
「何があった?何故今まで連絡をしなかった?」
「いえ、少し熱を出されていまして、、。」
「熱。」
例によってラインでは何も変化の様子を見せていなかったが。
彼の部屋に急ぐ。
「やあ、お帰りダーリン。」
ベッドに横たわったまま力弱く笑う。
寝室の落とした照明の中でもうっすらと熱で
頬がピンク色に染まっているのが見て取れる。
「熱だって?大丈夫か?」
いつもならば少しぐらいの熱が出ても強がって酒を飲もうとするくせに、
今夜は横になっているとはそんなに高い熱が出ているのか?
「心配するな、ちょっと太陽に当たりすぎた程度だ。」
彼の頬に触れる、確かに高熱と言うほどではない様だ。
「ウィルス性か?」
風邪ならば大変だ。
私も変な流行病など持ち込まないようにしなければ。
「感染症ではないようです。」
後ろからハリソンが声をかけてきた。
「やあ、また君が夜勤か。ご苦労だな。」
州立病院は今、人手不足らしく
いつもは週末に夜勤を担当するハリソンは
先週の金曜から連続で夜勤を受け持っている。
若いとは言え体は大丈夫なのだろうか?
「なぜ熱が出ているんだ。」
ハリソンが横から私に話しかけてもロジャーは文句を言うこともない。
いつもならば”余計なことは言うな。引っ込んでいろ”とか何とか言うはずなのに。
「白血球が減少しています。」
彼の手にはアイスバックがあった。
私に手渡してくる。
それをタオルで巻いてロジャーの頭の下に敷いてやる。
「講義はうまく行ったか?」
いたずらっぽい目で聞いてくる。
「午前の講義にルーカスが潜り込んでいたな。付け髭をつけて変装していたがわかったぞ。」
本当にどうやって申請したのか?
だがルーカスは講義が終わるとさっさと出て行ってしまい問い詰めることはできなかった。
「気がついたか、あいつの変装もまだまだ未熟だな。」
「Drレイ、申し訳ありませんが。Mrセイラーに接近される場合は入念に手洗いうがいとアルコール消毒をお願いします。」
「判っている。入り口でジェイムズにも言われた。」
そう答えるとハリソンは、もう何も言わずに帰って行った。
「キスしてもいいのかな?」
「俺はシーバスのボトルとキスがしたいんだが。」
「それは今売り切れているから、私で我慢してもらおう。」
だるそうなロジャーの様子が気になる。
「大丈夫だ、、、ハリソンに薬を盛られた、、、。」
苦笑いをしながら
「君の入知恵のおかげだ。」
そうだ、病院との契約をロジャーとではなく
フェリックスとルーカスにさせた。
これで緊急の治療が必要な時はどちらかの承認が得られればロジャーが反対しても治療投薬ができる。
「あいつ、、俺に内緒で鎮静剤を入れやがった。」
それでおとなしく横になっているのか。
しかし、あまり多用はしない方がいい。
ロジャーが医師たちに不信感を持ってはいけない。
「それでいい。今夜はおとなしく寝ているんだ。また絵本を読もうか?」
別に昨日の続きがしたかった訳ではないが、
ロンドンから帰って来ても抱きしめられないのが少しさびしい。
ノーマンの父親の葬儀が済むと数日後、
熱の下がったロジャーと釣りに出かけた。
つば広の帽子を被らせ、イエローのウインドブレーカーを着せてマスクにサングラスと完全防備だ。
「マスクをすると息苦しいんだ。」
嫌がるロジャーの為にジェイムズがブラックの洒落たマスクを調達して来た。
釣り場の池は森の中程にあるのでカートに乗って出発した。ロジャーの屋敷の裏に広がる森は20年ほど前に買い足した場所だ。まだフレディが生きていた時にロジャーの屋敷の噴水に鯉を放そうと持ってきたのを、何を思ったかこの森の池に放してしまった。
「逃げたのよ。」
彼は言ったが、1km以上もある距離をどうやって鯉が逃げるのか?
フレディは逃げた鯉を釣り上げる!と3日3晩キャンプを張って釣りをしたが
結局逃げた鯉は釣り上げられなかった。
その日私達は午前中から釣りを始めたが、釣れるのは小魚ばかり。
「伝説の鯉は釣れないな。」
「エサが悪いんじゃないか?納豆でもエサにしたらどうだ。」
今日のエサはミミズではなくドッグフードだ。
「だいいち鯉を放したのは30年以上も前だ、
そんなに長く生きてないだろう。」
ほかの魚と番って繁殖するなんてありえないだろう。だけど、池では時々水面に赤い魚のシルエットが浮かんだり。ジャンプする金色の魚が目撃されたりして”伝説の鯉”として評判になっているらしい。
だからもし、まだ鯉がいるとすればロジャーがこの池を森ぐるみで買った時に新たに放流したのかもしれない。
のどかな日差しにあくびを漏らすロジャーは、釣果のない私をほったらかして昼寝を決め込む。水面に浮かぶフロートを見ながら静かな時間を楽しみながらも
”こんなことをしていてもいいのか?”
と焦りも浮かんでくる。しかし、今はロジャーに生きる楽しみを体験させる時間だ。
昼になるとジェイムズがランチを運んできた。サンドウィッチにサラダ、豆腐のスープ。 スコーンにフルーツ。ポットにコーヒーとロジャーにはシャンパンのロゼ。
「ジェイムズ、君も食えよ。」
相変わらず食が進まないロジャーは自分の皿をジェイムズに押し付けようとする。
「滅相もございません。」
ジェイムズは奥の手とばかりにアイスボックスから取り出した納豆を目の前でたれや辛子と混ぜると、小さな白いカナッペに盛り付け始めた。
「だんな様、せめてこちらだけでもお召し上がりください。」
数枚のカナッペを皿に乗せて差し出す。
ロジャーはあきれた顔で一枚手に取るとそれを私の口元に突き出した。
もう何も抵抗せずに素直に口に入れる。
「うまいよ。君も食べたまえ。」
今度は私がロジャーの口にカナッペを突っ込んだ。
「案外、バゲットにサンドしてもいけるかも?」
「ワサビも付けてくれるか?」
「ガーリックトーストとか
合うかもしれません。」
新しいメニュー談義に花が咲いた。
午後からはすっかり釣りは放棄して
ロジャーは持参したウクレレを爪弾き、私はそんなロジャーの片足に頭を乗せて昼寝だ。
大きな楡の木の根元にもたれかかって爪弾く曲は、、聞き覚えがあるがタイトルがすぐに出てこない。小さな声でロジャーが歌いだした。
「Don't you hear my call though you're many years away」
「なんだ、私の曲か?」
「ああ、そうだったかな?
俺もフレーズが浮かんで来たけど、、
何の曲だったか思い出せなくて、、。
でも歌詩が勝手に口に出ちゃったぜ。」
なつかしい、、。途中美しいロジャーのコーラスが入る曲だった。
腕を伸ばして彼の頭を下げさせる。
唇を合わせる為に。
そのまま体を倒して私の体と平行になると上になって重なって来た。最近はすっかり私の上に乗るのがお気に入りだ。
「この間の続きをするか?」
ロジャーから言い出した。
「望むところだよハニー。」
私はポケットから携帯電話を取り出すと電源を切ってほおり投げた。ロジャーが持っているのはジェイムズとだけ通じる電話だ。それも入っているウインドブレーカーを楡の木の根元に投げ出す。
「実は告白することがある」
ロジャーが勿体つけて言う。
「俺、外でヤるのは初めてなんだ。」
「奇遇だな、、、実は私もだ。」
笑いながらキスを交わす。
「ここは誰もいない、、、。」
風が楡の葉を揺らすだけ。
私はジェイムズが持ってきたブランケットをロジャーの肩にかけた。
口づけを交わしながらもう一度横たわる。
互いの口の中に舌を差し入れて貪り合う。
草の葉先が頬をくすぐる。柔らかな感触が体の下にあった。
「体が痛くないか?ダーリン。」
私のシャツのボタンを外しながら聞いてくる。
「大丈夫だよ。ハニー、君こそ寒くないか?」
「欲望の炎で燃え上がっているさ。」
例によってしっかり着込んでいた私の肌着をつかむとビリビリと裂いた。
裂け目から覗く胸に舌を這わせて気持ちをあおる。今日はジーンズを履いている腰に手を当ててゆっくりと撫で回し、背中に腕を回して彼の上体を下げさせた。目を合わせてしばし、、邪魔が入らないか?と伺い見る。
ニヤリとして青い瞳が誘う様に流し目を送って来る。たまらずに頭を捕まえて激しく口付ける、
体を転がしてロジャーの上になったが
すぐにロジャーが再び私を回転させて馬乗りになる。笑いが込み上げて来てさらに口付けを深くする。彼の髪をかき乱して私の体に彼を強く押し付ける様に抱きしめた。
そしてジーンズの腰から指を侵入させようとした、、。
小さくロジャーが咳をした。思わず動作が止まる。
一瞬のことかと思ったがしかし、小さいが一度では収まらず数回続く。
「大丈夫か?」
身体を起こして彼の背中をさする。
「、、、気にするな。
草の匂いにむせただけだ。」
そう言うが細かな咳は止まらない。
「薬を飲むか?」
荷物からエビアンを取り出して咳込むロジャーの身体を背中から抱える様に抱いて、気管支拡張剤とペットボトルを差し出した。
やっと収まって来た様子にホッとするが油断してはいけなかった。大量の血を吐いて瀕死になったのはつい先週のことだった。
「もう大丈夫だぜ、ちょっとむせただけだ。」
何でもなさそうに言うが私の気持ちはすっかり病人の看護人だ。私の首に腕を回してキスをしようとする、しかし私の薄い反応を見て、、、
「何だよ。萎えちゃったのかよ。
ダーリン。」
「すまない、、、。」
我ながら情けないが、先週の血を吐きながら私に縋り付いて来た彼の表情が目に浮かんで、、、それどころではなくなってしまった、、。
「あ~あ、、。つまんない。」
ロジャーは私の首から解いた腕を自分の頭の後ろに組んで仰向けに倒れた。
「大丈夫か?胸苦しくないか?」
覗き込む私の頭をつかんで噛み付くようにキスをした。 しかし、私の欲望はどこかへ出かけてしまった。
「こないだの君は素敵だった。
”抱いてやる!”と言って俺を担ぎ上げた時は痺れたぜ。」
「ビビってたくせに。」
「俺がビビるくらいカッコよかったって言ってるんだぜ。」
「光栄だが、何よりも君の体が大切だ。」
「ブライアン、、。」
ロジャーが私の名前を呼ぶ時は本気だ。
「言っておくが時間は限られている。」
それは痛いぐらいに感じている。
「俺とセックスしたいなら多少のことは気にするな。」
「ロジャー、、、。」
彼に残された時間を考える。
「俺は平気だ、、、
できたら息を引き取る瞬間も君に抱かれていたい。」
なんてことを言うんだ。
”息を引きとる”だなんて、、、、。
「そんな顔するなよ。」
どんな顔をしているんだろう。私は、、、。寝転んだロジャーにもう一度ブランケットを掛け直した。太陽は傾いて、木々の間に隠れようとしている。
風もない静かな水面になぜか水紋が広がる。
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