アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
Save Me
-
気がつくと人の話し声が聞こえる、女性の声だ、、しかも複数の。
ロジャー?ロジャーは?
頭痛を感じて反射的に頭に手を持っていこうとしたが動かない?
「待ってください、腕は固定しています。」
ハリソンの声がした。聞きなれた声に安心する。
目を開けると、すでに無精ひげの範囲を超えて完全に髭面になった大男が見えた。
「ひどい顔だ、、、。」
「、、、あなたも相当です。」
見ると私はソファに移動されて点滴をされていた。
「貧血と低血糖です。
食事と睡眠が必要です。」
何もしゃべる気持ちになれない。
「後10分ほどです。」
ハリソンは点滴の残りの時間を告げるとその場から去って行った。
かわりに彼の背後に一人の女性が立っていた。白髪混じりだが黒髪の巻き毛、、、ロジャーの最初の妻のドミニクだ。老いてなお美しかった。
「久しぶりね、具合はどう?」
彼女は私の正面のソファに腰掛けた。
「今は何時だ?」
「午前2時を過ぎた頃かしら、雪で道路が通れなくて、、間に合わなかったの。
でも、彼、、、
とっても幸せそうね。よかったわ。」
彼女はため息をついた、
今は三度目の結婚をして幸せな生活をしてるはずだ。
この屋敷には今も部屋があっていつでも自由に出入りしてる。子供や孫にも自分の好きな時に会っていると聞いた。彼女だけでなく、ロジャーは別れた妻たちに寛大だった。
「明日も雪が消えないだろうから、
葬儀は明後日にするってフェリックスが言ってたわ。」
葬儀、、、誰の?
雪が消えない。永遠に、、。
「あなたも相当参ってるわね。」
いつの間にかドミニクの隣に金髪の女性が座った、二人目の妻のレビーの様だ。
彼女はこれ見よがしに足を組んだ。
若作りしても我々よりいくらか若いだけだ。
「ロジャーはいい気な物ね、散々人を振り回して自分は幸せたっぷりで天国行きだなんて。」
彼女のシニカルな言い方が気になるが、
もう口を差し挟む気にもなれない。
「あなたは何を振り回されたの?」
ドミニクが彼女をけん制する様に呟いた。
また雪が降り出したようだ、
「これじゃ葬儀屋も来られないわね。」
言いながら彼女達は部屋から出て行った。
ハリソンが髭面のまま私の点滴の針を抜くとジェイムズが私にブラックコーヒーとミルクの入ったマグの2つの飲み物を持って来た。
彼も相当疲れた顔をしているが、ロジャーの臨終を聞いて集まって来た家族への対応をしているのだろう。
「Drレイ、少しお休みになられた方がよろしいです。」
「君もだな。ジェイムズ、、、
まあ、ここへ座れ。」
遠慮する彼に
「いいだろう?連中の相手は、
勝手にさせておけ。」
「はい、フェリックス様とルーカス様はお部屋にお戻りになりました。奥様方も今夜はもうお休みになるそうです。」
私はコーヒーカップを手に取った。
ジャパンで私の好きなBlackRakuに似せた焼き方をする作家の作品で、ロジャーが私のためにオーダーして作ってくれた物だ。
ジェイムズは遠慮がちにソファの端に腰を下ろした。
「申し訳ありませんでした、、、。」
ジェイムズはたまりかねた様に嗚咽し始めた。
「何がだ、、、、?」
「私が、、だんな様から目を離したばかりに、、、。あの時、レオお坊ちゃまを追って行ったばかりに!」
ジェイムズの後悔は誰よりも分かる、、
私とてロンドンに出かけなければ、、、。
「ジェイムズ、、
それはロジャーが命じたのだろう?」
雪の降る中、森に向かって走る5歳児を一人にしてはおけない。正しい判断だ。
「はい、雪が降っているから危険だ。とおっしゃって、、ご自分はすぐに部屋に帰るから。とおっしゃいました。ですが、、
私が森からレオお坊ちゃまを連れ帰ると、、だんな様はベンチで倒れていて、、、。」
ジェイムズはその瞬間を思い出して肩を震わせていた。
「あの時、、私がおそばを離れなければ、、、!」
確かに彼かそれとも誰かを責めたい。
しかし誰よりも自分が不甲斐ない。
なぜこの時期に彼の元を離れたのだ?と、、、しかし、何もかももう遅い。
ジェイムズを責める言葉も、
慰める言葉も出ない。
コーヒーの香りがやっと感じられるようになって来た。
すると徐々に五感が戻って来たと言うべきか?部屋の中に漂う匂いが気になって来た。ドミニク達が部屋で「血の匂いがする。」と言っていた。
消毒薬と薬の匂い、病室特有の匂いに加えロジャーの吐いた血の匂いが混じっている。
「ジェイムズ、、、疲れているだろうがもう少し私を手伝ってほしい。」
私はヨロヨロと立ち上がった。
ベッドに近づいて改めてロジャーを見る。
本当は見るのが怖かった。もう一度彼を見てしまうと、紛れもない事実がそこに横たわっているからだ。
突如逃げ出したくなった、ロンドンかモントルーまで行って、、そこで、ロジャーはまだサリーの屋敷で生きているのだ。と、自分を騙していたかった。
しかし、ベッドには誰がしたのか白い布が掛けてあった。
「lame!」
ロジャーならきっとそう言う。強い不快を感じてその布を荒々しく剥ぎ取ると、、、!変わらずに微笑をたたえた彼がいた。
虚を突かれて見入る、、、、。
「、、、ロジャー、、、、。」
生きている時とまったく変わらない、、、それどころか常に悩まされていた息苦しさからも開放されて、今は静かで安らかな休息に身を任せている様に見えた。改めて新しい悲しみが湧き上がってくる。
先ほどまでの混乱と怒りと後悔に包まれた狂気の時間とは違って、今はどうしようもない現実と向き合わなければならない。
「ロジャー、、、、満足か、、、?
あれほど望んでいた、、君が、、、。
笑っているのか?私が泣いているのがそれほどおかしいか、、?」
彼の上に覆いかぶさって抱きしめながら泣いた。
その冷たい体に打ちのめされながら。
しかし何とか体を離し、立ち上がって頭を振るとジェイムズを振り返った。
「ジェイムズ、すまないが風呂に湯を張ってくれ。」
「はい、、、バスですか?」
ジェイムズはゆっくり彼の悲しみに浸っている時間もない。
彼のためにはその方がいいだろう。
「そうだ、部屋に鍵を掛けて、、、ロジャーを綺麗にする。
それからベッドのシーツを全部変えてくれ、血で汚れた物をすべて取り去って新しい枕とシーツをすべて白で揃えてくれないか?もちろん夜着も白にしてくれ。」
彼は弾かれた様に動き始めた。
ロジャーは以前は白いシーツを好んでいた。
だけど病気でしきりと吐血する様になってから身の回りを黒っぽい色で統一する様になってしまった。
看護士がアルコールで拭き取ったらしいが、まだ吐いた血が耳の後ろや髪の毛にこびり付いていた。
入浴用のバスローブを上から着せ掛けて汚れた夜着を脱がせ、体を見ないようにした。最近は特にやせ細った体を見られることを何より嫌がっていた。
まるで小枝のように軽くなってしまった彼を抱きかかえてバスに入った。
彼は風呂を喜んでいた。
私が風呂に入れてやることを何よりも楽しみにしていた。
もろともにバスタブに浸かって丁寧に彼の体を洗う。首筋や耳の後ろ、体の隅々をきれいにしてやった。
あれは一昨日だったのか?
ロンドンに行く前日も彼を風呂に入れた。かなり消耗していたがねだられて断れなかった。
「今の俺には極上の時間だぜ。」
ロジャーはそう言っていた。すでに入浴自体、彼の体には負担になる事が分かっていたが拒否できなかった。
うれしそうに半開きになった彼の唇に何度もキスをする。
「ロジャー、、、。」
自分のやっていることがどう言う事なのか?もうまともな思考は停止している。
彼の体をきれいにするとジェイムスが用意した真っ白なシーツに包まれたベッドに運び、同じく用意されてた白のガウンを纏わせる。
その下には彼が死装束の下に着せるようにと言い置いた私の古ぼけたセーターを着せた。
「だんな様はこのセーターが大層お気に入りで、、一度、レビー奥様が古いからと捨てようとなさった時、それそれはお怒りになりまして、、、
結局はそれが原因でお別れになって、、。」
大切にしてくれていた。私自身とっくに忘れていた古いセーター。
最後まで着て逝きたいと願ってくれたほどに、、。
真っ白なシーツに横たわったロジャーに、あれほどほしがっていたレッドスペシャルを抱かせる。もう60年以上も経つオンボロな私と父の手作りのギター。
ギターの上で両手を組ませようとして、
「待てよ、両手は組まないと言っていたな?」
ジェイムズを見るとうなずいていた。
そこで左手をギターを抱く様にようにボディにかけて右手をネックに添えた。すると、ロジャーの顔がどうしても左を向いて傾く。
何度まっすぐに直しても左に小首をかしげるように傾いて、、、まるで、レッドスペシャルにほお擦りしている様に見える、、。
「そのままで、、、」
ジェイムスが私に言った。
「だんな様、、、とてもうれしそうです。」
部屋に飾ってあった赤いバラを手に取って、、、花だけを切り取る。
それをロジャーの顔の周りに飾った。
「きれいだよ、、ロジャー、、、。」
ここまでやって、どっと疲労感が押し寄せて来た。
「Drレイ、ありがとうございます。どうぞ、、、少しお休みください。」
「そうだなジェイムズ、、君も休んだほうがいい。」
そろそろ夜も明けて来たようだ。
とは言え、深い雪に閉ざされて光さえささない。
ジェイムズはロジャーに薄い紗の様な布を掛けた。
薄く透き通ったベールの様な紗はまるでロジャーを花嫁のように見せている。
愛しそうにレッドスペシャルに掛けた左手のサファイアの指輪に口づける。
頭がぼんやりして来た所に何故か”Ave Maria”のメロディが聞こえてきた。ついに幻聴が聞こえるようになったか?しかし、、、、
下手だ!絶望的に下手だ!
あまりにも下手なその歌声に眠気も失せた。
振り返るとジェイムズが窓の外を見ていた。
「何だ?」
「使用人たちが、、、。」
窓に歩み寄ると歌声がいっそうはっきりと聞こえるようになった。
窓を開けた、、、そこには、、、。
数人の使用人が、、まだ夜明け前なのに集まって、雪の中で歌を歌っていた。
それはマリアと言う厨房係のバースデーに私が教えて歌わせた”Ave Maria”のメンバーの数人だった。マリアもいた。
寒さに震えながら、彼らは主人のために雪の朝”Ave Maria”を歌っていたのだ。
「Drレイ!だんな様は!?」
言葉は出なかった、、、涙が溢れる。
「、、、みんな、寒いだろう、、、中へ入りたまえ、、、。」
雪で部屋が汚れるのもかまわずに彼らを部屋に入れる。
彼らは、レッドスペシャルを抱いてバラの花に飾られて眠るロジャーを見て言葉を失った。泣き崩れる者もあった。
「ここで歌ってやってくれ、、、きっと、、、ロジャーにも聞こえるだろう。」
すすり上げる彼らを促して、私はピアノに座って伴奏を始めた。
途切れ途切れに”Ave Maria”を歌う、、、。
声もそろわずに音程も狂っているが、それでもロジャーのために雪の早朝に集まってくれた。彼らは心からロジャーの死を悼んでくれていた。
歌が終わると一人一人、ロジャーに別れを告げる。
庭師の粗野な男は温室から切ってきたばかりの赤いバラをロジャーの枕辺に飾った。この無骨な男もロジャーに恋をしていた。
秘めた思いは彼の育てたバラの花の美しさに現れている。
声も無く泣いた彼はジェイムズを労って部屋を出て行った。
その他の使用人もそれぞれにジェイムズや私に声をかけて部屋を退出して行った。
最後に残ったジェイムズの助手とも言えるベテランメイドに
「ジェイムズはしばらく休息が必要だ。代わりに君がこの家を取り仕切ってくれたまえ。」
彼女は張り詰めた顔で頷いた。
「Drレイ、、、私は大丈夫です。」
ジェイムズは自覚していないのだろう。
目の下には大きなクマができて髪は乱れ無精ひげが甚だしい。
おそらく私も似たようなものか?
「ジェイムズ、今の内に休め。雪が止んだら忙しくなるだろう。
今は家のことは彼女に任せるんだ。」
体力の限界だったのだろう。ジェイムズは大人しく下がって行った。
小窓を開けて部屋の換気をする、
突き刺すような冷気が部屋に入って来るが今の私にはその冷気さえ心地よい。
コートを着込んでロジャーの横たわるベッドに体を伸ばした。
「やあ、やっと二人きりだ。」
愛しげにレッドスペシャルに頬擦りする様なロジャーの肩に上掛けを持ち上げて掛ける。
「もう君は寒くないか。」
涙がこみ上げてくる、、、もっと何かできなかったか?彼のために、、。
こんなに幸せそうな顔をしてくれるならもっと早く死なせてやればよかったのか?
”今、最高に気分がいい。だから、今、死なせてくれ!”そう言った時になぜ死なせてやらなかった。あんなに苦しんで、、、、かわいそうに。
私が優柔不断だったばかりに、、彼に余計な苦しみを与えてしまった。
私が、、、一分でも長く生きて欲しいと願ったために、、、!苦しませてしまった、、、!なぜ、その時に一緒に死んでやれなかったのだ?
「すまなかった、、、愛してるよ、、。一人では逝かせないから。」
ロジャーの顔を見つめる、、、痩せて少年の様だ。
あの日インペリアル大学で私を恋に落とした、、青い瞳、、、!
あの日から私の心臓はロジャーを見るとときめいて走り出して止まらない。
「大丈夫だ、、ロジャー、、、。君をあんな冷たい墓に一人で入れさせはしない。」
とても眠れる気がしなかったが、知らないうちにうとうとしていたのか?
話し声で気がついた。
「。。。ダメだよ、、ブライアンは疲れてるんだ、、、。
え、パパ、、、すごくきれいだ。
シーツも真っ白になってる、、、!レッドスペシャルを抱いてるよ。
え?見せるの?もう、、、!早くこっちへおいでよ。」
ルーカスの声だ。
今は何時だ?私は眠っていたのか?ロジャーは?まだ埋葬されてないだろうな!
「ブライアン、ごめん、起こしちゃった。
パパすごくきれいにしてくれてありがとう。
部屋も、、、寒いけど、、匂いがなくなったね。
ああ、ジョンが、、、あなたに掛けたけど全然出ないからって僕に、、、。」
そう言って彼の携帯電話を私に差し出して来た。
無意識に電話を耳に当てる。
「ブライアン、ロジャーは死んだのか?」
私は携帯電話を床に叩き付けるように投げ捨てた。
あわててルーカスが拾い上げる。
「ブライアン、これ僕のだから、、!ジョンだめだよ。ブライアン今は大変なんだ。え?マイクにするの?知らないよ?僕は。」
ルーカスの携帯からジョンの声が響く。
「ブライアン!水臭いな、なんですぐに知らせないんだ。」
「うるさい!」
私は頭を抱えた!今、この男の声を聞きたくない。
人の心に土足で入って来るような男の!
「貴様のことなど頭に浮かびもしなかったさ。」
本当だ、今の今までジョンのことなど忘れていた。
「ブライアン、PCを立ち上げてみろ。
僕もすぐにそっちに行くよ。雪で道路が封鎖されていなければ、、、
たぶんフェリックスが除雪車を出すだろうけど。」
ルーカスは私たちの会話などそっちのけでロジャーを食い入るように見つめていた。あげくにもうひとつの携帯電話で写真を撮影しているようだ。
自分の父親の遺体を、、、。
うなり声を上げる私に気がついてルーカスはあわてて撮影をやめたが、、、。
再び頭を抱える、、私とロジャーを二人きりにしてほしいのに、、、
なんと外野の多いことか?
「ブライアン、、、大丈夫、、、?
キャンベルが話したいって、、、言ってるけど。」
キャンベル、、?いまさら何を話すと言うのだ。
「用があるのならさっさと済ませてくれ、、。」
正直今は、誰とも会いたくないし話などしたくもない。
ロジャーのそばから離れたくない。
「リビングへ行く?それともここで?」
ルーカスは厚着とは言えない服装だった、いかにも寒そうに自分で体を抱いていた。
「ここへ来いと言え、動きたくない。」
「暖房は、、、付けない方がいいのかな?」
しばらくすると控えめにノックが聞こえて数人の足音が聞こえた。
キャンベルとハリソン、コナーが部屋に入って来た。
ルーカスの助言があったのかコートを着ている。
私はしぶしぶ、ベッドから起き上がりソファに座った。
メイドが彼らにお茶を、私には濃い目のグリーンティーを淹れて来た。
「今回は、、臨終に間に合わなくて申し訳ありませんでした。」
一旦、病院に向かったキャンベルは雪で道路が通行不能になりここへ戻って来られなかった。
「いいさ、、、。」
私は投げやりに言った。
「君が居ても事態は変わらなかっただろう、、、。ハリソンはよくやってくれた。」
キャンベルに対しての冷たい反応とハリソンへの労いは私の不信感を表しただろうか?
「、、、力不足で、、、申し訳ありませんでした、、。」
「君たちに責任はない。」
メイドはかなりいい腕前だが、やはりジェイムズが煎れたグリーンティーには及ばなかった。私は両手で顔を覆った。
本当は机を叩いて”なぜこんなに早く死んだんだ!?”と叫びたい。
理不尽な怒りでも何でもいいから誰かにこのやるせない気持ちをぶつけたい。そうでなければ、一人でほって置いてほしい。
「この度の顛末で、、、あなたが、、お悩みだろうとハリソンが言いまして、、。
それで本当の事をお話した方がいいだろうと判断して、、、。」
”本当の事”?今、そう言ったのか?
「本当のこととは何だ!何が言いたい!」
「Mrセイラーは大変、健闘されました。実際、ここまで持つとは考えられませんでした。すべては、Drレイ、いえブライアン!あなたのおかげです。」
「、、、、私、、、私が何をした、、、
中途半端で優柔不断な、、、ロジャーを苦しめただけだった。」
今更に自分の不甲斐なさが沸きあがってくる、、、
私が何をした?ジャパンまで行ってお金をばら撒いて、、、
結局、ロジャーを救うことはできなかった。すべては徒労だったのだ。
「いいえ、ブライアン、、あなたのやったことは無駄ではありません。
あなたがいなければ、Mrセイラーは9月には亡くなっていたでしょう。」
9月!あの長い一日の記憶、、!
「経緯など、、、もうどうでもいい、、、。ロジャーは死んだ。
私は、、何もできなかった。私は、私は何をしたんだ!」
拳を握り締めて震えた、、、
ただバタバタと足掻き回って時間を無駄にしただけだった。こんなことだったら、片時もロジャーのそばから離れずにひたすら寄り添っていてやればよかった。
「ジャパンまで出かけて、、挙句に自分が死に掛けて、、、
ロジャーにまで負担をかけて、、。」
本当に今思い返すと笑い話だ、
怪我の功名でロジャーの腫瘍は除去できたが、目的の治療法はロジャーには効果が出なかった。
「そのジャパンが奇跡でした。
私はMrセイラーがあなたを心配してジャパンにいくと聞いた時、Mrセイラーが生きて帰って来る可能性は低いと思いました。おそらくMrセイラーもその覚悟だったと思います。
しかし、あなた賭けてみようとも考えました。」
そんな状態のロジャーをジャパンに送り出したのか?と、呆れる。
「君は何を考えていたんだ?」
「乱暴ですが、もうあれしか手段がありませんでした。あのままイギリスに居たらMrセイラーには生き延びる道がありませんでしたから。」
「そこまで悪化していたのに私にジャパン行きを勧めたのか?」
「あなたが心筋梗塞を起して、Mrセイラーがジャパンに行くと言い出した時、ハリソンはあなたが文字通り体をはってMrセイラーを助けようとしているのではないか。とまで言っていました。」
「下手をしたらお二人とも亡くなってしまうと、恐ろしかったのですがやはりあなたはすごい人でした。ジャパンの名医を駆り出してMrセイラーを救ったのです。」
「あれはK大学病院があの医師を説得して呼び寄せてくれたからだ。
きっと君のことだ、病院側にロジャーの病状を説明していたのだろう。
対応が異常に素早かった。」
キャンベルは決まり悪そうな顔をした。
つまりは彼とK大病院の功労だ。私はただ死にかけただけだ。
「ですが、あなたの行われた治験で何人かの癌患者に治療の効果が現れています。」
他人にどんな結果が出ようと、、ロジャーに効果が出なくては、、
私には何の意味も無い!
「それよりも、本当のこととは何だ!?私に何を隠していた。」
キャンベルとハリソンは顔を見合わせた、二人とも主題を忘れていたのか?
「九月のアッデンブルックでの検査結果で、、余命を5~6ヶ月とお伝えしましたが、、。」
もう口を挟む気力もない、さっさと話してくれ。
「私が、6月に入院中のMrセイラーと面会した時、この人はあと2~3ヶ月の余命だと診断しました。」
私は黙って彼の話を聞いた。私の沈黙を促しと理解してキャンベルは続けた。
「Mrセイラーはご自分のお体をよく分かって居られました。
”自分はあと数ヶ月の命だ。ただ、別れを告げたい相手がいる。
その相手の前では元気でいたい。」
別れ、、、それは私のことか?
キャンベルは私の気持ちを読んだように頷いた。
「贅沢を言えば、曲の1曲か2曲かでもできれば最高なんだが、、。
とおっしゃってました。」
「君がロジャーと会った6月から2~3ヶ月と言えば、、、。」
「そうですね、8月から9月は越せないだろう。と思っていました。
Mrセイラーはバースデーパーティーが開けて、あなたとも再会できて、、、
それでもう思い残すことはない。とおっしゃっていたそうです。
あなたが、あの8月の夜にここにいらっしゃるまでは、、、。」
8月か9月までの命だった、、、!そんなこと少しも、、、確かにあまりにも危なげだった。あんな体で、春まで生きられるのか?と不安になるほどに!
「あなたの出現はMrセイラーには意外な展開だったようで、、本当にあなたに圧倒されていましたよ。」
キャンベルは少しうれしそうに語っていた。
本当は余命は無いに等しかった。それでも懸命に生きてくれていたのか?
ああ、そう言えば、、最初にここへ訪れた夜に
”もう死んでもいいか?”と言っていた。そう言うことだったのか。
改めて彼の苦悩に気がつけなかった自分が腹立たしい。本当に!
大学の講義など振り捨ててずっとロジャーのそばに居れば良かった。
額に手をあてて仰向けに振り仰ぐ、強い眩暈を感じた。
「先日のお嬢様の結婚式も、、Mrセイラーがあなたの奥様と連絡を取り合って急遽決めたようです。ご自分が生きている間に、あなたが結婚式に立ち会えるように早めてやってくれ。と。」
私は立ち上がった、私は騙されていた?いや、、、そうではない。
ロジャーは私を絶望させない様に必死で生きてくれていたのだ。
「ハリソン、、、君達は知っていたのか?ロジャーの余命を、、、。」
それまで沈黙を保っていたハリソンが初めて口を開いた。
「、、、看護医の担当になった時に聞いていましたが、、、
Drレイが現れて、、、あの喀血を乗り切って、、
ジャパンで腫瘍を切除した時に、、、考えが変わりました。
あなたなら、、DrレイならMrセイラーを助けられるかも知れない。
あなたなら本当にMrセイラーをモントルーへ連れて行くかも知れない。と。」
壁に頭をあててもたれかかる、じっとして聞いていられない。
「Mrセイラーは、、、12月に入って、
”自分はたぶんもう1~2週間くらいしか持たないだろう。
なんとかクリスマスまで生きていてやりたいが、、、無理だろう。”
とおっしゃっていました。」
そこまで分かっていながら、、なぜ私を出かけさせたのだロジャー!
「もう分かった、、、よくやってくれた。
頼むから私をロジャーと二人きりにさせてくれ。」
彼らが黙って立ち上がって去って行く気配が伝わって来る。
しかし、一人の足音が止まった。
「Drレイ、、、Mrセイラーは最後まであなたを気遣っていました。
あなたがご自分を責めないように、
ご自分はあなたと一緒に過ごせて幸せだったと伝えてくれと。
最後まで、、、、。」
あれほど寡黙で無愛想だったハリソンが私を気遣っている。
無意識にハリソンに歩み寄ってむさくるしい大男を抱きしめた。
ジャパンにまで着いて来て寄り添ってくれた無骨な男。
一緒にスイスに行くために
自分の将来を投げ出そうとしてくれた無精髭の男。
「ありがとう、、、。元気でやりたまえ。」
そう言って彼を放すともう振り返らずにロジャーの枕元に戻った。
彼は彫刻の様に変化も無く、そのままバラの花に囲まれて静かに眠っていた。
やっと雪が止んだ。除雪車を出して屋敷への道が通行可能になるとキャンベルやハリソン達は帰って行った。本来は非番だった土日を昼夜問わずに詰めてくれた屈強の老婦人の元看護士長”キャシイ”も挨拶をしに来た。
「やあ、、、お疲れ様だね、、。
最後まで居てくれてありがとう。」
彼女をめぐってロジャーと口げんかをした。
「Mrセイラーの看護をできた事は私の看護士としての誇りになりました。
とても、、思いやりのある立派な方でした、、、。」
「ロジャーは君に、ケツを蹴られそうになったと言っていたが、、。」
少し笑えた、、。
「嫌ですわ。Mrセイラーはジョークがお好きで、、、。」
彼女はたまりかねた様に言葉を詰まらせた。
「君は”ザ・フー”の”キース・ムーン”のファンだったそうだね。
ロジャーと”サマータイムブルース”は歌ったのかい?」
聞きたかったな。と言うと彼女はとうとう泣き出してしまった。
「すまない、本当にありがとう。」
彼らを送り出してやっと落ち着くかと思ったら、ロンドンから別の子供たちが到着して屋敷は騒然となった。ロジャーは実子の他に養子も多かった。
私は、ロジャーのそばに付き添うことを諦めて与えられた部屋に戻った。
ベッドに座り込んでため息をつく。改めてキャンベルの言っていた事を思い出した。
あれはどう言う意味だったのか?ああつまり、、ロジャーが余命よりもあまりにも早く死んでしまったことに私が責任を感じているだろうと彼らは思ったのだ。それで、私の負担を軽くしようと、、、
ロジャーの余命は、、、9月までだったと、、、、9月!!?
私とロジャーが再会したのは8月の最初の土曜日だった。
ではもう、限界寸前だったではないか?
しかし、今はそれが何だと言うのだ、、。ロジャーは生きた。
つい、昨日まで、、、!
ふとデスクの上のPCが目に入った。
「PC、、、そう言えばロジャーもPCのことを言っていたな、、
ジョンも、、。」
思い立ってノートを開いて起動してみた。
私のPCの起動時とは違う画面が開いた。どうやらムービーらしい。
「ブライアン、、。」
ロジャーの姿が映った、。
見るとUSBがジャックに差し込まれていてそれを読み取ったらしい。
「今は君はロンドンに居るだろう。
君を、、君を笑って、、お帰りと言えない、、。
、、ブライアン、、、俺はたぶんもう駄目だ、すまない。
俺が君に告白したばかりに、、
君に余計な苦しみを与えてしまった。
でも、、でも、俺は幸せだった。
君がすべてを投げ打って俺のために奔走してくれるのがうれしくて、、、。
君を拒絶できなくて、、、すまない、、、。
俺は、もうじき死ぬ、、、すまない、、、愛している。
本当は、、俺は、君に会った時点で、もう1~2ヶ月しか生きられなかった。あまり悲壮感を与えたくなくて、、余命を長めに言ったんだ。
すまない、、本当にすまない。
君は俺のために必死になって、、俺を助けようとしてくれた。
俺は、、うれしくて、、君に愛されるのがうれしくて、、君といるのが幸せで、、、それで、死ぬことが怖くなってしまう自分を恐れていた。
だから何度も死にたい。殺してくれ。と言って、君を苦しめてしまった。
許してくれ。だけど、、俺は幸せだった。
だから君も、、生きてほしい。
生き続けてほしい。人生は素晴らしいよ、、君も、、君にも、、。
作りかけの曲がたくさんある、、。
それを完成させてくれ。
それが俺たちの子供だ。俺たちの名前で発表してくれ。
ブライアン、、、愛してる。俺の伴侶。
最高の俺の半身、、、感謝を贈るよ、、愛してるぜ。
最後の、、瞬間まで、、、
俺の心臓は君を愛してると言い続ける。」
ロジャーの最後の、、切れ切れの言葉、、。
私は絶句して拳をデスクに打ち付けんばかりに振り下ろした。
なぜ、、、!なぜ、、?
最期が近いと分かっていながら私をロンドンに送り出したのか?
怖気づいたのか?ロジャー、、、。
今更、私を突き放そうとしたのか、、、!?
なぜ?判っている、、!私を気遣ったのだ。
そんな気遣いは無用なのに、、!!!
やがてPCからは音楽が、流れて来た。
多分、、、初めて聞く曲だろう。
ロジャーがピアノを弾いている画像が映っている。
”これはLove it Amor”って名前を付けたんだ、、。
画面はジョンがやって来て三人が入れ替わりタンゴを踊っている画像が流れた。レコーディング中の何気ないひと時や口争いをしている場面。
ハンググライダーで飛んでいるロジャー、空から見た私達の姿、ヨークシャーの空。あの森の秋の色、居眠りする私、、、チェロを弾くロジャー、、、。
「ロジャー、、、、。なぜ私に生きろと言う、、。」
今はただロジャーの死に衝撃を受けている、、
だけど、、、ここから脱却したらやるべきことは決まっている。
そうだ、決まっている。だけど今は、今は、、、何も考えられない。
ロジャー、、、ロジャーがほしい、、この手にロジャーを抱きたい。
「やあ、なかなかいい曲じゃないか?」
突然、声がして人の手のぬくもりが私の肩に置かれた。
「ジョン、、、、。今、一番君の声が聞きたくない、、。」
「ご挨拶だな。」
相変わらず呑気そうな声だ。
「君のその穏やかそうな振りをして、
突き刺す様なシニカルなセリフを言う声が、世界で一番聞きたくない。」
今、下手な事を言われたら真剣に殺してしまうかもしれない。
「ロジャーとデレデレでラブラブな君にならひどい嫌味の一つも良いたくなるけど、そんなに弱ってるのにキツイセリフなんか言わないさ。」
本気にはできない。そう言う奴だ。
「ロジャーに会ってもいいかな?」
「止めはしないさ。」
「じゃあ、一緒に来てくれ。まだ、家族がいるみたいなんだ。」
気は進まなかったが私もロジャーに会いたかった。
ドアを開けると顔見知りの家族達が一斉に振り向く。ジョンとも懐かしがって抱擁を交わしながらロジャーを悼む会話をしていた。
私は彼らの相手をジョンにまかせてベッドのそばに立った。
ロジャーは変わらずにそこに居たが、バラの数が増えていた。
皆が気を遣って出て行った後、ジョンは静かにロジャーのそばに来る。
「やあ、ロジャー。」
しばらく言葉が続かない。
「きれいだよ。さすがだなブライアン、美しい花嫁だ。」
私はジョンを睨まなかった、声が震えていたからだ。
ジョンは腰を落としてロジャーを覗き込んだ。
「やっと望みが叶ってうれしそうだね。
そんなに幸せそうに笑っていると、うらやましくなるよ。」
そっと手を差し伸べてギターのボディを抱いている左手に自分の手を重ねた。私は思わず彼の肩を抱いてしまった。
ジョンの涙が頬のシワを乗り越えて流れている。
「ロジャー、、、!」
ジョンをいつの間にか抱きしめていた。
抱擁を解くと、二人でロジャーに向き合った。
「目を閉じてやらないといけないんだろうな。」
「、、、もう少しいいんじゃないか?僕たちが見たいだろう。」
ロジャーが私達を見ている、、、?
「いいだろう、、、。」
ジョンは立ち上がってソファに向かった。
「飲みたいな、付き合えよ。」
この部屋は暖房を入れていない上に小窓を開けている、極寒の気温だ。
ジョンはソファに座ったが吐く息は白かった。
「まだ昼だ。」しかし、私もしらふではいたくない気分だった。
インターフォンで酒を持って来てくれる様に言った。
ジェイムズがいたならば、
きっとお茶を持って来てお酒をお持ちしましょうか?と気を回しただろう。
そう考えていたら、ドアをノックする音がしてジェイムズが入って来た。
「お待たせして申し訳ございません。
まずはお茶を持ってまいりました。」
恭しくお辞儀をする。すっかり髭も剃って髪も整えている、しかし疲労した顔はそのままだ。
「ジェイムズ、まだ半日と経っていないだろう。もう少し休まなければいけない。」
「My masutrer。」
聞き間違えだろうか?
「大丈夫です。休憩をしっかりいただきました。今は、何かしている方が気持ちが紛れますので、、。」
彼の気持ちは死ぬほど分かる。
ロジャーは実子も養子も多い、成人して結婚している者達もいるからその家族もやって来ればかなりの人数がここに訪れているのだろう。
さすがにジェイムズがいなければ屋敷が回らない。
「ジェイムズ、君も大変だっただろう。疲れた顔をしているよ。」
ジョンがジェイムズを労っている。
「お見苦しくて申し訳ございません。
ディーソン様はバーボンになさいますか?」
「そうしてくれ、この部屋は寒い!ホットにしてもらおうか?」
誰かがロジャーに会いに来ても寒さのあまりすぐに出て行く。
私もジョンもコートを着たままロジャーの部屋のソファに座った。
「マスター(だんな様)は何を召し上がられますか?
ホットならばKUBOTAなどもよろしいかと?」
「待てジェイムズ、なぜ私を”マスター”と呼ぶ。君の主人はロジャーだろう。」
聞き捨てならない。
ジェイムズは一瞬、言葉を捜したようだが、、、
「はい、だんな様よりご自身がお亡くなりになった後は、Drレイをご主人様とお仕えするように仰せつかっております。」
「何だって!」
私はここでは客だ。いや居候と言ってもいいだろう。
「Drレイはだんな様のご伴侶となられました。
その上にこの東翼を相続なさる
ライオネルお坊ちゃまのお父上におなりです。
ライオネルお坊ちゃまが成人なさるまでは、
後見人としてこの東翼の主人におなりくださいませ。」
確かにあの子を養子にはしたがあくまでも名前を継いでもらうためで、私が彼の養育をするわけではない。
「結婚した上にもう子供まで作ったか、手が早いな。」
ジョンの皮肉はもう癖なのだろう。私に睨まれて肩を竦めて見せる。
「ジェイムズ私は確かにロジャーと伴侶にはなったが、法的には何の権利もない。彼の資産や屋敷を受け継ぐ資格も謂れもない。私を主人とよばなくてもいい。」
「ルーカス様もフェリックス様もご納得です。屋敷の使用人一同もだんな様亡き後は、Drレイを新しいご主人様としてお仕えする所存でございます。」
ジェイムズのきっぱりとした宣言に反論する言葉を捜していると、
「まあ、良いじゃないか。
彼らもロジャーを亡くしたばかりで拠り所がないんだ。しばらくは気の済む様にさせてやれ。」
なぜお前がここで口を出す。
「しかし、私をだんな様(MyMaster)と呼ぶのは、、、抵抗があるだろう。」
「ではマスターレイと呼べばいいさ。区別が付けやすいだろう。」
なぜ、ここでジョンの意見が通るのか?しかし一旦はそこで落ち着いた。
とにかく一杯飲みたい!と、ジョンが急かしたからだ。
ジェイムズは使用人に命じて足元用の小型ストーブを持ち込んで来た。
部屋全体は極寒でも足元が暖かいとずいぶん違う。
そこへ持って来てジョンはジャックダニエルをホットで割って、私はジェイムズが燗をしてくれたKUBOTAを飲むとずいぶん体が温まって来た。
酒のつまみにしてはボリュームのある料理を並べた。
ため息をつきつつ酒を飲む。ジョンは他愛もない昔話を次々と話している。
私は「ああ。」とか「そうだったな。」とか適当に相槌を打っているだけだった。
「もっと飲めよ。そうしけた面をするな、君はよくやった。」
「君が何を知っていると言うんだ。」
しけた面で悪かったな。
と思うが、もう言葉を発することさえうっとおしい。
さっさと飲み潰れてしまえ!とジョンのグラスにバーボンをぶちまけているとルーカスが来た。彼はベンチコートを着込んでいる。
「ブライアン、電話だよ。あなたが全然でないから、、みんな僕にかけて来るんだ。」
私に携帯電話を押し付けると
「え、これKUBOTAのホット?ジェイムズ、僕も一杯くれない?」
しかたなく電話を耳に当てると「私だ」と告げた。
「ブライアン!」
ザック!ザックに、、、、ロジャーの死は伝わっているのか、、?
「ブライアン、うそだと言ってください。」
ああ、、もうルーカスが告げてくれたのか?
「ザック、、、、すまない、、、今は言葉がない、、。」
「ロジャーは、、、、苦しんだのですか?」
「、、、、まあ、楽ではなかった、、、かな。」
「おお、、、。」
「でも、最後は安らかだった、、、、。
そう見えた、本人はどうだったか?わからないが、、、。」
「、、、、、、ロジャー、、、、、愛してる、、。」
「ザック、、、君は私達の息子だ、、、。」
「むすこは、、、いやです、、、。
でもそうなってロジャーが帰ってくるなら、、。」
彼はさきほどまでコンサートだったらしい。
昨日からロジャーも私も連絡が取れないのでいやな予感がしていた。
残りのコンサートをキャンセルしてこちらに向かうと言う言葉を、ただ受け入れて聞くことしかできなかった。
「アリサからも連絡があったよ。
あなたに全然連絡がつかないから、、予想はしていたらしい。
葬儀に来ても良いかって?」
もう私にまともな思考はない。
ただアルコールの力に頼って自分を酩酊させるだけだ。
ロジャー、、、満足か?やはり君は私に復讐したかったのだな。
30年前、君たちと一緒に死ななかった私に。
君とあっさり別れて、、君の気持ちに気がつかずにいたことに。
だとしたら君の勝ちだ。私は打ちのめされて立ち上がることはもうできない。
ジョンとルーカスは他愛もない話で笑いあっている、時々誰かしら訪れて何杯か杯を重ねてそして去っていく。フェリックスは葬儀は明後日にする、死去の発表はクリスマスに行うと言た。すべてが終わってから。世間にロジャーの死を公表する。そう、すべてを終わらせてくれ。早く。
早い日の入りであたりは瞬く間に夜の帳に閉ざされて行く。
やがてルーカスも自分の西翼に帰り、ジョンもいびきをかいて眠り込んだ。
ジェイムズと二人がかりでジョンを私の部屋のベッドに寝かしつけた。
私は、、酔いたいのに飲めば飲むほど意識が覚醒して行く。
外は少しは雪が解けたようだが、まだまだ白銀の世界だ。
そしてジェイムズは、、、
「だんな様のお召し換えをしてよろしいでしょうか?」
棺に入る際の衣装に着替えさせると言う。
納棺の時の衣装は黒のタキシードだと言っていたが。
「こちらのご衣装にする様にと、、。」
それは私と結婚の誓いの言葉を交わした時に、私が贈ったシルバーグレーのロングタキシードだった。
「これを、、、。」
選んでくれたのか?私が贈ったタキシードを。
「良く似合うよ。」
気がつけば誰がしたのかロジャーはうっすらと化粧をされていた。
目の下の青黒いクマを隠されて薄く頬紅をつけられ、おそらくピンクの口紅も注されたのか本当に生きている様に見えた。
微笑んでうれしそうにレッドスペシャルを抱いたロジャー。
アルコールの回った頭には絵のように美しく見える。
ジェイムズによって見事に着付けされて再びギターを抱いてベールを掛けられた。もう墓などに入れずに永遠にここで飾っていたい。
しかし、、自然の摂理に彼を帰してやらなければいけないのか?
昨日の今頃はまだ息をしていた、などと埒もないことを考えながら夜が更けるのを待った。
ジョンは良く眠っている、騒がしかった屋敷も徐々に静けさを取り戻して行く。クローゼットからロジャーに贈られたラベンダーグレーのタキシードを取り出すと なんとか自分で着替えた。部屋には私が週末に注文した”グランド・ガラ”の花束が届いていた。
もうそろそろいいだろう。屋敷は完全に寝静まっている。
旅行かばんに潜めていた薬の瓶を取り出す。モントルーで湖に沈む前に飲むつもりで用意していた。
「一度にたくさん飲んではいけない。吐いてしまう。」
ロジャーが教えてくれた。昔彼が自分で試した時の事をなぞらえて。
まず2~3錠を飲み込む。残りをポケットにしまうとインパネスのコートを取り出してベッドで横たわるロジャーの体を起こすと着せ掛けた。
「寒くないかい?」
さあ、行こう。彼を抱きかかえると窓から部屋を出た。
レッドスペシャルはベッドに置いたままだ。
ロジャーは小枝の様に軽い。吹きすさぶ風の冷たさも感じない。庭にはクリスマスを迎える用意にイルミネーションが施されてきらびやかに輝いていた。 その間を闇に紛れて彼の墓に向かった。墓には何度も二人で通った。
墓に細かな修正を加えるため、何より私の墓石も増設した。 場所は真っ暗でも間違えようがない。時折ロジャーに語りかける。
「私が生きる縁を残そうとしてくれたんだな。でも、私にはそんな物必要ないんだよ。」
ロジャーは苦笑いをしているだろう。
「仕方のない頑固ジジイだぜ。」
そう言っている様だ。
切れ切れに流れる雲の間から三日月が顔を覗かせる。
嵐の夜にロジャーを探して森を走った。フレディの放した金色の鯉を池の女神と言ったロジャー。
さすがに息が上がってきた頃にやっと目的の場所に着いた。
「さあ、着いたぞ。」
クッションも持ってきた。墓石の前の墓碑銘を刻んだ石の上にインパネスを広げる。その上にロジャーをそっと寝かせた。
髪を撫で付けて、そしてやっとうっすら開いていた彼のまぶたを指で押さえて閉じさせた。
「お休みロジャー。どこまでも一緒だ。」
ポケットから取り出した小瓶の中の錠剤を半分ほどを手に取ると一気に喉に流し込む。 部屋を出る前に飲んだ最初の薬がそろそろ効き始めて、疲れと酔いもあり強烈に眠気が襲ってきた。
「さあ、やっと眠れるな。愛してるよ、もう永遠に君と離れない。」
彼の体の上に重なるように横たわって、口づけをする。
彼はにっこりと微笑んで私を見つめた。
「どうしても行くのか?」
「当たり前だ、何度も言っただろう。」
「じゃあ、強く抱いてくれ。」
しっかりとロジャーを抱きしめて、、、
今度こそ二度と目覚めない眠りの中に落ちて行った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
19 / 20