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添い寝
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俺たちは人数自体が少ないから、そうでない他人との必要以上の関わりは避けなければならないとは言わなくとも、あまり関わると後悔するときがある。
――そんなやつがいるなんて思わないから、しょうがないじゃない、と抉るような、強い言葉を向ける人はもう数えるのも飽きるほどに居る。言い訳にしても圧倒的なそれに少数派が太刀打ちするのは、難しい。
不可能に近いともいえた。
だから、争わないためにも自分を出すのは最低限でなくてはならないのだが、それはそれで面倒なことも起きてしまうのだった。
――どうせ事実を知れば後悔するくせに。
根掘り葉掘り聞いてくるやつも居て、結果的に後味を悪くするのに苛々するし……第一そういうのを、ずかずかと聞くのは失礼なことなのだという認識は、残念ながら現代にも未だ、根付かないのだから。
こんなときに藍鶴色ならこんなふうに言うだろう。
「そーいうのを人に聞くときはさ。自分からって言葉が、あると思うけど」
話すに見合うだけの、重く悲惨な話を持って来い、ただしお前自身のだ。
無いなら受け止める程の許容量は無いだろうからやめておくよ。
笑顔でそう言うだろう。
重いというのはつまり、受け止めるだけの余裕が無い、そんな人間に話してもなんの役にも立ちはしないと思う。それが、彼の『甘えている』であり『頼っている』だということは、俺くらいにしかわからないだろうけれど。
俺はいわゆるサイコメトラーに近いものがあるのだが、それを秘密にして会社に勤めていた。だが、ある日、それが原因の疑いをかけられてしまった。
生きているだけなのに、理不尽なものだ。
書類の山を片付けながら、俺は唇を尖らせる。今の会社は、不満だらけだがひとつだけいいことがある。
この忌々しい知覚を、隠さなくていいということ。
「――しっかし契約書関係の書類、厚すぎ!」
ぱらぱらとページをめくり、間違いなどを照らし合わせながら唸った。
事務作業の手伝い。
夕方、柳時さんが、ショートケーキとともに訪ねてきて、これを任されたのだった。
調査に出掛けるらしい。
「ねー、色ぉ」
だるすぎて、癒しを求めてみるが、相手は冷ややかだった。
「やかましい、働け」
「つーめーたーいー」
「ケーキ分の労働をしなければ」
「うー、優しくしてよー」
だらだらと唸っていたら、藍鶴が近づいてきた。そして、額にちゅっと口付けてから、さっさとしろ、と言った。
「はい……」
可愛い、と言うと殺されるので言わないが。
(優しさが染みるっ)
どうしよう、幸せ。
事務作業を終えてから、少しだらだらした。
「ねー、色ぉ……」
「死ね」
「俺何もしてないよ!?」
資料をまとめて机に置き回転椅子に腰かけていると、その横にいるそいつは、背もたれにもたれてくる。
「……なあ」
ふと、藍鶴はいう。
「俺らは人間なのかな」
「当たり前だ」
「そうだよ、ね……」
何か見たり聞いたのだろうか。あまり自信のない声だ。
「人間だよね。こんな体でも、人間、だよね」
プライドとかそんなんじゃなくて純粋に疑問なのだ。疑問で、それだけだった。
「俺らくらいしか、いないの、かな」
「どこかには、居るさ。きっとな――どうかしたのか?」
そいつは首を横に振った。話したくないならいい、と、そっと手を掴む。
断片的な感情がごちゃごちゃしている。
彼の寂しそうな目が見開かれる。腕が離れる。
「あ、ごめん――記憶、勝手に読んでしまって」
ばさ、と舞った資料に書かれているのは、未解決事件たち、
それから俺らのような人たちの研究書類。
合ってるんだか違うのだかわからないような文献。
「望む言葉なんて、どこにも、無い。あんな研究から平和なんか生まれない、希望も」
じわ、とそいつの目から涙が滲んでくる。
「どこにも無くても、俺らが生きていれば誰かの希望になるかもしれない」
抱きついてきたそいつを抱き締める。あたたかい。
「俺……」
「わかってる」
「人間だよ。血が通ってて、どこにでも、居る」
けれど圧倒的に少ない。間の当たりにすると、やはり、衝撃は大きいだろう。まるで、異常者の証みたいで。
「こんなの、読みたくないな、なんで見なきゃならないんだ」
拾い直しながらそいつは言う。
「研究者は、関係ない。ただ、俺が」
そう言って、しゃがみこんでしまう。わかっている。余計に寂しさが増すということなのだろう。
見たくないと言うほど、俺らが生きるほど、増えていく。
どうしていいか、わからない。
「ああ、うんざりする。
こんな葛藤さえ興味の対象か?そんなに、面白いのかよ!」
「色……」
額をさわる。熱い。
「少し休め」
昔から、熱があると怒りっぽくなる。けれど別に本心じゃないだろう。
「かいせまで、俺を見捨てたぁ……」
泣けないから、中途半端な顔で、笑い出すそいつを、また抱き締める。
「よしよし、少し寝ような?」
「やだあ……」
「添い寝する?」
そいつは数秒考えてから、抱きついてくる。
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