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セブンエンド
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『ちょうどよかった!』
ほどなくして、誰か出たと思う間もなく電話を受け取った職員が叫んだ。
「え……」
ちなみに、後ろに居る菊さんの気配を感じて少し振り向くと、木を見上げたり、周りをうろついたりと落ち着かない感じでいた。
まぁ、この後は戻るだけだし。
電話の向こうの声がはしゃぐような感じで話を続けてくる。
『そっちでカクテルパーティがあるっていうじゃない?』
「そうなんですか」
そんなことは聞いていないけど、あるのだろうか。
「合成麻薬、セブン・エンド! たぶん料理か何かの方に回ってきていると思うんだけど……」
おっとりとした包むような声。久しぶりに聞いた。
でも、なんだカクテルパーティってそっちか。
でも、そんな大声でセブンエンド! とか言うと、こう、いろいろ聞かれそうなんだが。
『久しぶりー、色ちゃん!』
「花子さん……」
花子さんは新しい麻薬とかを捜している、くらいしかわからない先輩で、菊さん以上によくわからない性格をしていた。
なぜ事務所に来ているのか、って言うと、まぁ、そっち関係なのだけど。
「え、あ、えっと、俺の用事」
『そうだったね、ごめんごめんー。で?』
「呪いを、見つけました。式場の裏山で。あと、たぶん、山から死体のにおいがします」
『あー、ああいうとこ、出るからね。結構、わかったー、手配しとく』
「セブンエンドってどんなんですか」
『最近出回るようになったやつなんだけど、効果はスピードみたいなものだね。幻覚作用もあって、あと顔の筋肉のマヒ? で顔面が、般若みたいな恐い形に歪んだりするみたいよ』
「へぇ……」
カクテルパーティか。
「わかりました、捜してみます」
『よろしくねー』
通話が切れる。菊さんは「花子からか?」と少し嬉しそうだった。
花子さんは小さい頃からだが弱くて、近所に住んでいた馴染みの菊さんがお見舞いに来ていたらしい。だからか仲が良いのだ。
嫉妬をぶつけられたらどうしようと思ったが、幸い彼の関心はそこには無かった。
「えぇ」
戻りますか、と、俺は改めて確認する。
「死臭は確かにしている……」
菊さんは奥の方を見つめているが、暗くなってくると危ないので、とりあえず千里眼に頼ってみようと提案する。
菊さんはにやーっと笑いながら「とかいってー、界瀬に会えるのが嬉しいんだろー!」と、ばしばし、と背中を叩いてくる。
どうしてこう、かいせと違った意味でマイペースなのか。
「いたた……! 私情は挟んでいませんよ!」
誤解されがちだが、未来というのは自分の向いている方向が基準になる。今俺が考えていたのは死体の山のことだった。
カクテルパーティ。会場で、輪になったりしながらみんなで「ドリンク」を飲む会合だ。どこの誰が始めた風習なのかは知らないが、一見普通の飲み会に見えなくも無いから都合が良いのだろう。
ちなみにときおり乱痴気騒ぎに発展しては警察を呼ばれている。
ただの飲み会でも酔っ払いが面倒なのに、そんなものに遭遇すると面倒だと思った。
もし何か手がかりがあるのなら、どのみち会場に戻った方が見つけやすいだろう。
手にしている端末から着信が入る。
『色』
聞きなれた声だった。疲れているのか少し掠れている。
「あぁ、かいせ」
『そっちはどうだ?』
「木が、依り代にされてた。たぶん今すぐにははずせない」
『そうか、残念だ』
「あのさ、かいせ」
『なんだ?』
「昔、4、5、人が山に人を運びに行く夢とリンクしたことがあるって言ってなかったか」
『わかった』
彼の答えは、はいでもいいえでもなく、了承だった。
『そっちにある死た……』
続けて何か言おうとした彼は絶句するように言葉を途切れさせる。
「どうした?」
『いや、なんで、そんな……』
動揺を見せる彼に俺は言葉をかける。
慰めることが出来ない。突き放すか、突き刺す言葉しかかけられない。
これからも、そんな気がした。
「俺はあのときしばらくホールに居たが、会場にあった食器、ワイングラス、たぶん、そっち側の『輸入品』だ」
息をのむようなわずかな音が聞こえる。
「お前と同じく」
(202108041740)
・・・・・・・・・・・・・・・・
──それは、あまりにも似ていて、巧妙で、だから最初は見分けがつかなかった。
それくらい、あまりにもややこしくて、巧妙で、だから、わからなかった。いや、わかりたくもなかったから、長い間、勘違いしていたままにしていたのだ。
──むしろ、これが、その後の為の伏線であるかのようだと、いまは思っていたりする。
だから、外れているし、当たっているし、外れている。
他にどう言えばいいのか、俺にはわからない。つまり、外れているし、当たっているし、外れているのだ、と。
────────────
「──目が、覚めて 最初に見たのは、工場なんだ。車の、使われてない。灰色の」
歩道橋を、歩きながら俺は呟く。
その頃は、別に死のうと思ったわけじゃないけれど、生きようともしていなかった。ただ、少し、いろいろと起きただけ。生きていても迷惑にしかならないし、死んでも迷惑にしかならないし、ただ、生きたかったけれど、その為の世界が、あまりにも狭かった。
「──灰色の、って、コンクリートか?」
夕暮。
界瀬は、俺に劣らず、やや虚ろな──けれど俺よりは光のこもった目でこちらを見ながら付いて来て、聞き返した。行き先? 特にない。
「さあ……知らないけど、俺が、目覚めたとき、最初に見たのが、倉庫だった」
カンカンカンカン、と小馬鹿にしているみたいに降りる度に階段が鳴らされる。足音すらうるさい。
「車の、って、思ったのが、灯油とか石油とか、とにかく、油臭かったから。タイヤも、辺りに詰まれてた、たぶんそこで、誰かが、縛られてたんだろうな、よく、わからない」
「──それで、どうしたんだ?」
「わからない。目覚めたとき、コンクリートの壁に、何かわからない液体が撒かれてて、たぶん、渇いた血とか、誰かだと思ったけれど──少なくとも誰かのお宅ではないよ」
あのときは、ただひたすら寒くて、冷たくて、こんなコンクリートに寝ていたら、凍えてしまう、と、怖かった。
どこか知らない寒い場所で、日が暮れていくのが、怖かった。
界瀬が話せと言ったのに、彼は、静かだった。静かに、何か、考えているらしかった。
昨日も変に眠れなくて寝不足だ。早いとこ寝たい。
「だから、俺にはその灰色の、コンクリートの壁のイメージが、強すぎる」
道を歩く。歩きながら、考えていた。
考えて、考えても、わからない。
「近くに、車が、あったな。ワゴンかワンボックスか忘れたが、それの荷台に詰められたか何かだと思うよ」
こんな楽しくない話をしながら、ふらふらと、街中を歩いている。どんな愉快な思考をしていたら、こんな話をしながら、平然と歩いていけるのだろう。
「便宜上倉庫と言ったけど、案外工場跡なのかもしれない、そこで、たぶん、誰か、死んだ」
縛られて、磔にされて──
「結果的に、海に沈めるのだから、変わらないかもな」
な、と俺はふと振り向いた。
界瀬があまりにも無言で俯いていたからだ。
案外壁だけじゃなく沈めるのに使ってたかもしれないし、とか言おうと思ったけれど、言えば言うだけ、別の、何かを彷彿とさせそうで言葉に詰まる。なんとなく、だけど。
猟奇的な連続殺人が、同じ手口というのは多い。気がする、とか。
「どうか、したのか?」
「──いや、なんでも、ない」
明らかに顔色がよくなさそうだったけれど、俺は続けた。
「これでもだいぶん端折っている。話したら、話すと言ったじゃないか、やめておく?」
目の前の道路に車が、一台、二台、通り過ぎていく。三台、四代、通り過ぎていく。
「気にするな、倉庫って聞くと、俺も考えることがあるだけだ……」
この時期の、ちょっと前も、隣町の倉庫で事件があって、女性の遺体が海から引き上げられた。この頃はそういうことが、ときどき、起きて世間を脅かしていた。
──後に捕まった犯人グループのやつの動機も、不気味なくらい、わからなかった。
「そうか。それで──俺は、そのときに、見てきた『話を』ただ、しただけなんだ、それが最近の話」
「最近の、ねぇ」
彼が、俺の手を握る、握るというか、繋ぐというか、絡める、というか……
初対面なのに変な繋ぎかただった。
「──成る程な」
少しして、手を離した彼は勝手に納得していた。
「あぁ。コンクリート、と、女性、という単語だけで、当初、ちょうど賑わせていた別の事件を追う奴らに追われて──それからだった」
未来なんか見ても、過去なんか見ても、人間に出来るのは今目の前にあることだけだ。
それなのに、馬鹿な連中にはそれがわからない。
「でもなんで、そんなに追われるんだよ?」
彼は、改めて、そんなことを聞いた。
「勘違いとか、そういうの、わかりそうなものだろ?」
「別に。ただ、事件には、優先される事件があって、優先される人が居る。正義はおまけみたいなもんだった、だからだよ」
儲かる、名が上がる、外交上役に立つ、巻き込まれたくない。
「よく、わからないな」
「別の事件があっても優先される事件に負ければそれまでで、えっと、だから──
死体隠滅系の事件があの時期他にも起きてただろ。どうも、『優先される事件』と重なったのがよくなかったんだ。『聞きたくなかった』ってやつ」
「あぁ……袋を叩いてロバを打つやつか」
「案外罪も増えるかもしれないし、ややこしくなるより隠したかったんだろ。知らないけど」
手に入れられないものを征服しようとする。それすらも可能性に満ちた『現在』を壊しているに過ぎない愚かな行為なのに、その大切さに彼らは気付かない。
「まあ、俺が見ただけなんて証明手段が無いしな」
ひらひらと手を振りながら、苦笑する。
「容疑者とか言われて、能力者ってのは楽じゃない──で、お前のときは倉庫で、何が、あった?」
俺がそう聞き返したときの、彼の表情は忘れない。
目を見開き、意表をつかれたかのような、ちょっと間抜けな、けれど、滅多に見ない真面目な表情。路地裏に差し掛かり、短い階段を登った小道に上がり、少し、間を置いて、彼は答えた。
「あー、実は俺、輸入品なんだよ。倉庫に、他の荷物と一緒に、運び込まれた」
なるべく笑っていよう、という意思を感じる、笑顔だった。
「荷物と?」
「そ。貿易船でな。まあ体質が体質なもんだからさ。怪しい占い師やってる母さんとか居て、そういうのの関係で本家でゴタゴタがあって、あとを継ぐかとかなんとか……普通の、暮らしがしたかったから、しばらく『そこの』商社に居たわけだ。クビになったけど」
「ふうん、どうして?」
さすがにそれは知らない。俺に会うまで、彼が居たのは更に別の、会社だったのだから。
「あー。そのときも、輸入品にヤバいものがあって、思えばこんなんばっかだ……」
彼が頭を抱えたので、俺はそれを横目に、よっ、と近くの塀に上る。それから、慎重に目の前のちょっと低い建物の屋上に乗り移るとそこに腰かけた。
彼も、ぼやきながら同じようについてきた。
「俺は普通にしてんのに、ずっと、こうやって、何かしら回って来るんだよなぁぁ~もうほんと……」
なんだか、子どもの頃みたいだ。
こうやって、高いところを歩いたりしたっけ。
「残念だな、履歴書に記載しとけば良かったのに」
「それは笑う。厨二だろ」
海の向こうの夕焼けが、見える。少し肌寒い風が、髪を撫でていく。
「色は、どうしてずっと、その会社に居るんだ?」
彼は、怪訝そうにした。
「え。なんか、採用されたから」
「そうじゃない、そういうことじゃ」
保育園の頃、周りから俺が作ったもの全部、どうたらって、言われて──周りと自分は違うし心がなくなればいいのにと思っていた。
なにも、自分が自分であると示せるものがなかった。
「当時、テレビで超能力捜査官がやってたじゃん。あれなら努力次第で出来るかもって思ってさ」
俺はおどけたつもりだったのに、界瀬は、意外にも笑わなかった。努力でなんとかなるのかとか、厨二かよとかそういうのを、予想していたのに、ごく普通に、こちらを見ていただけだった。
「そっか」
「そしたら、俺も、なにか楽しいことがあるかなと思った。それだけ」
生きる意味、存在価値、そういうものがどこかにあるのなら、誰だってきっと手を伸ばすだろう。でも、今、こうやって、窶れた身体でふらふら歩いている。だからなのだろうか、彼が、笑わなかったのは。
「危険や追われることはあるけど、家に来た男に体質のことを家族に言いふらされた日に比べたら、ほとんどのことがマシ」
「そこまで──されたのか」
「性癖よりキツい、あれを、わざわざ、知らせるなんて、おかしいだろ、おかしいのは俺なのか?」
みんなの前とか、知り合いとかの前で、見せびらかして、例えばお化けが見えますーとかやるやつが居るだろうか。普通に変な目で見られて詰んでしまう。嫌われるかとかじゃない、ただでさえ、ややこしくなる。
なんだかむきになって、笑わないかと、期待して、付け加えるけれど余計に彼は笑わなかった。俺も余計に虚しくなる。
「心なら、在るだろ」
ぼんやり、海の方を見ながら、彼は呟いた。
「今、こうして、痛がってる」
俺はなにも、答えない。
あぁぁ……とよくわからない呻きが溢れて、顔を掌で覆った。どうして、いつも在るのは痛いとか、怖いとか、それだけなんだろう。
痛みを知る前の時間の価値を、もうずいぶんと思い出せていないと、そう、思ってしまうから、あまり首肯く気になれない。
家族にすら俺は売られた。
彼が輸入品なら、俺は輸出品なのだろう。
たった1つだった『それ』を。
それすらも、あの場所は認めてくれなかった。誰か、が、黙ってさえいてくれれば、その頭さえあれば壊されなくて良かったはずのアイデンティティーを、勝手に、メリットだと言い触れ回った。どうして、普通はあり得ないようなそんな非道な真似が出来たのかはわからないけれど、人間に見えていなかったんだと思う。
それで、そんな風に見られながら平然とあそこに居る方が無理ってものだ。
だからずっと──
「──輸入品」
界瀬の声が揺れる。『ワイングラスなんかが』あのメーカーだってことは、商社とやらとなにかしら繋がりがあるってことになる。
「俺が読んだ、なかに……」
2021/8/274:28/ 22:50
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