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はじまり
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「──っ、!」
目を覚ませば、真っ白な天井が目に入ってきた。肩で息をし、カタカタと震える体を汗ばんだ手でぎゅっと抑え込む。暫くそうして、落ち着いてくると1度目をきつく瞑り、大きく息を吐く。幼い頃からずっと繰り返してきたこの行為だ。気持ちを落ち着かせることなど、もうずっと容易い。
幾分か落ち着いたところで、ゆっくりと目を開ける。辺りはまだ薄暗く、ベッドの中でもぞもぞと上へ上へと這い上がって携帯に手を伸ばす。顔だけを布団から出し、液晶の向こう側から差し込んでくる光の眩しさに目を細めながら時間を確かめると、まだ朝の4時半だった。
そりゃ薄暗いわけだわ、朝の4時半て…。
夢見が悪くて夜中に目が覚めることにも慣れたが、それでも睡眠時間が圧倒的に足りないせいで苛立ちが芽生える。携帯をスリープ状態に戻し、頭まで布団をかぶって2度寝をしようと努めるが、体はそれを認めてくれないらしい。布団の中で何度か寝返りを打ってはみるが、結局俺の努力は何の意味もなし得なかった。少しの苛立ちを抱えたまま、仕方なく体を起こす。座ったまま目を瞑って寝れないかと試みるが、どこまでも不発に終わる。
こうなってしまっては仕方がない、どうせ寝れないなら早く支度を済ませてしまった方が、まだマシだ。1度だけ大きく伸びをし、体をほぐし終わってから洗面台へと向かう。できるだけ鏡を見ないようにしながら歯を磨いて、顔を洗う。清潔な白いタオルで顔の水分を拭いて、前に買っておいた"誰でも綺麗な黒い瞳になれる"というカラコンを装着する。一瞬だけ鏡を見て寝癖のチェックなどをしてから、キッチンに足を運ぶ。
朝食を食べるべく6枚切りのパン1つを袋から取り出して、オーブントースターの中に放り込む。適当な時間にダイアルを回し、パンを焼いている間に、元々着ていた寝巻きを脱ぎ捨て、今日から通うことになった高校の制服に袖を通す。ワイシャツ、ズボン、カーディガンまで着たところで、チン、とパンの焼き終わりを知らせる音が響く。ブレザーはベッドに掛けて、再びキッチンに向かう。焼きあがったばかりのパンを適当な皿に上げ、部屋に設置された小さな冷蔵庫からマーガリンを取り出し、付属のヘラに適量をすくいあげ、熱々のパンにヘラを滑らす。カリカリだったパンが少しだけしなやかになり、満足げな笑顔を零しながら、マーガリンを再び冷蔵庫に戻す。と同時に以前に買っておいた牛乳を1パック取り出し、食洗機に干されたままだったコップに、とくとく、と牛乳を注いで、それも冷蔵庫に戻した。これでやっと朝食が食べられる。
部屋の中央に設けられたテーブルの上に、パンの乗った皿と牛乳が入れられたコップを置き、椅子に座って手を合わせる。熱さに短い息を吐きながら食い進め、先程時間を知らせてくれた携帯をタップし、今度は何か面白いニュースなんかは無いかと、世界の人々が好き勝手に書き込む掲示板に目を通す。特段面白い話もなかったので、すぐに見るのをやめた。暇つぶしに始めたゲームを開けるが、朝早いからか、まったくやる気が起きずに、こちらもすぐに閉じる。何もすることが無くなってしまって、黙々とパンを食い進めた。
5分ほどで食べ終わってしまい、部屋にかけられた時計を見ると、時刻はまだ5時過ぎ。学校までは10分ほどで行けるから、この時間に出てしまうのはどう考えても早すぎる。
どうしたものか……。とりあえず皿を洗おう。
皿を洗い終わり、何もやる気が起きないまま、時間だけが過ぎた。結局何もやることがないので、伸びきった髪の毛をどうにかしようとすることで時間を潰す。携帯を見ながらやったことも無い髪型に挑戦しようかと思ったが、不器用が器用の真似事など出来るわけもなかったので、肩の下あたりまで伸びきった白い髪を1つに結ぶだけにしておいた。
気持ち程度前髪を整えながら時計を見ると、時計の針は6時半を指していた。不器用が奮闘するだけで、これだけの時間を稼げるらしい、覚えておこう。
それでも部屋を出るにはまだ早い時間だが、流石に手持ち無沙汰だ。これ以上の時間稼ぎは自分には無理だと考え、ブレザーを羽織り、ベッドの脇に放り投げられた特に何も入っていない鞄を拾い上げ、電気を消して、部屋を出る。
鍵をかけて、何度かガチャガチャとドアノブを鳴らして戸締りをしっかりと確認し、階段を降りていく。まだ他の部屋の人たちは寝ているだろうから、できるだけ小さな音で歩く。
ロビーまで降りて、管理人室をノックする。が、しばらくしても中からはなんの応答もない。でも鍵を預けなければ外に出られないしな…。そう思っていると、静かに扉が開いた。綺麗に伸ばされた黒髪に、前髪から見え隠れする左目の下には涙ぼくろ、そして上下グレーのスウェットを着た男が出てくる。管理人である釘宮白、通称シロさん。
「おはようございますー」
朝に弱いこの人のことを考えて、小さな声で挨拶をする。シロさんは、はい、おはようございます、と欠伸を零しながら答えてくれた。
「鍵か?」
「はい、お願いします」
「はいよ。……あぁ、そういえば今日か、入学式。おめでとさん、小鳥遊」
「ありがとうございます、行ってきます」
「いってらっしゃい」
その言葉に笑顔で応え、寮のドアを開けて、外に一歩踏み出す。外は珍しく晴れていた。
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