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出会い
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ちょうど1年前、世間から中学生と呼ばれる年齢で、学校に通わず、家に引きこもっていた俺を、どうやってか見つけ出した男がいた。その男は、とある学校の理事長をしていると自分を紹介したあと、どういう訳か、その学校を俺に紹介してきた。男は乗り気でなかった俺の父を説得し、俺を自分の学校に、と迎え入れたのである。家の居心地が悪かったこともあり、俺は数年ぶりに外に出る決意をした。せめて入学してからしばらくは困らないようにと男から勉強を教わり、晴れて今日入学式を迎える。
家が学校から近い生徒を除き、基本的には生徒は学生寮から学校に通う。入学前から寮に住み着いている生徒や、入学式当日に入寮する生徒がいるが、俺は早く家を出たかったので前者のパターンだ。だが、既に入寮済みの新入生に知り合いもいないし、こんなに朝早くに登校していることも相あまって、一人寂しく見慣れない道を歩く。周りの木々は桜色に彩られ、早朝とはいえ気温も程々に暖かい。4月の頭というのは、こんなに気持ちのいいものだったか。
何度か欠伸を零しながら10分とちょっと歩き、真っ白な校門をくぐる。まるでその外見は女子高のようだ。と言っても、女子校なんてものも見たことがないので、まったく知らないのだが。それにしても、この学校どこを見ても、白、白、白。更には、そこら中に花が植えられ、校門には様々な花のアーチが飾られている。ここを通るのが女であれば絵になるのだろうけど……。
そういえばクラスってどこで分かんだろ。
キョロキョロと辺りを見渡しながら、校門をくぐって適当に歩く。が、結局どこにもクラスがわかるものは無く、自分の下駄箱がどこになるのかも分からない。やっぱり朝が早すぎたか…、そりゃそうだよなぁ。どうしようか、下駄箱が分からなきゃどうしようも…。
「おや、その後ろ姿は…、飛鳥くん?」
「…あっ、桜田さんじゃないですかぁ!おはようございますー」
ふいに後ろから声をかけられ、少しびっくりして振り向くと、見知った顔がそこにあった。人の良さそうな笑顔で手を振る30代そこそこの男。髪をぴちっと七三に分け、皺ひとつ無いスーツを見事に着こなしている。
「あはは、朝から元気だねぇ。でもせめて学校の中では理事長って呼んでほしいかな」
「えぇ、そんな硬っ苦しく呼ばれたいんですかぁ?ひっどーい、俺は距離を縮ませようと……」
「まぁ僕一応ここのお偉いさんだからねぇ」
あはは、と笑って俺の話を遮るこの人こそ、俺をあの家から連れ出したこの学校の理事長、桜田さんである。下の名前は知らない。
「ところで、なんでこんなに朝早くに?そんなに入学式待ちきれなかったの?」
「あっはは!冗談やめてくださいよ!はやくに目覚めちゃって、することも無かったんで出てきただけですよー」
「うーん?それを楽しみにしてるって言うんじゃないのかな?」
「あっはっはっは!いや、そんなんじゃないんで!ほんとに!一切!捏造はやめてください〜!」
「…なんか異様にテンション高くない?」
笑顔を貼り付けてはいるけど、桜田さんが引いているのは分かる。俺も自分で自分のテンションに引いてる。引いてるけど、高くしないとやってられないわ。桜田さんが的はずれなことばっかり言ってくるせいで、朝から変なテンションになってしまった。
「……あ、そういえば。クラスがどことかって、どこ行けば分かるんですかー?」
「あぁ、ここに紙が貼り出されるんだけど……」
校舎に入ってすぐの掲示板を指さす。それにつられて、そちらを見る。が、やはりそこにはまだ何も無い。
「まぁこの時間だし、まだ担当の先生が来てないみたいだね」
「えぇ。じゃあ俺はその担当の先生が来るまで何して時間潰しとけばいいんですかぁ」
「さぁ…、僕の部屋に簡単に入れるわけにもいかないしねぇ」
「暇なんですよぉ。暇だし眠いし、すること無さすぎて死んじゃう〜」
「媚びない、媚びない。」
駄々をこねてみるが、桜田さんは笑顔を崩さないまま何もしない。何もしないまま、そのうち先生たちも来るだろうからと、さっさと校舎の中に入っていった。なんと薄情な……。
とりあえず、グラウンドにあるベンチに腰掛ける。周りのどこを見ても花に囲まれている。なんだここ…お花大好きか…?頭の中お花畑の奴らしかいない学校なのか?やだ俺なんで招待されたの…、頭お花畑だと思われてんの?……あ、でも、この花綺麗。こっちのも見たことある…、うわ、すごい、花ってだけでこんなに種類あるんだな…初めて見る花もいっぱいある……。
何だか見ているうちに楽しくなり、ひとりでパタパタと色んな花壇を見て回った。小さくて可愛らしいもの、大きくて綺麗なもの、色んな花を、ふんふんと鼻を鳴らしながら見て歩く。ふと、人影が目に映った。大きく肩を揺らして咄嗟にそちらを見る。日の眩しさに目を細めながら、見上げる。が、残念ながらその人の顔は逆光になって見れなかった。
「……新入生?」
代わりに音が鳴った。低い、大人の、男の声だ。お花畑になりかけてた頭を覚ますには充分すぎる音だった。
「……、」
咄嗟に言葉が出ずに、喉につっかえた息だけが出てしまった。なぜか。……何故だ?言葉が出ない、そもそも声が出ないのは、何故だ?至極簡単な話だ。相手が大人の男だから。それを理解した途端、心臓が冷たくなった気がした。苦しくなって下を向く。
「おい、」
また大きく肩を揺らす。ごくりと唾を飲み込む。男の顔が近づいてくるを感じる。ゆっくりと、ゆっくりと。手で顔を包み込まれ、無理やり顔を上げさせられた。おかげで今度は姿がよく見えた。
オールバックにされた真っ黒な髪に、まつ毛が長い、真っ黒な瞳の目。顔を包んだ手は大きく、暖かい。白いシャツに緑のネクタイ、黒いジャケットを着こなした男だった。
ヒュッと息を飲む。なんだ、これ。今までこんな人間は見たことがない。だって、なんだ、あまりにも、
「……きれい…」
「……あ?」
「…あっ」
しまった。間違えた。違う。違う違う違う。変なことを口走ってしまった。大体、男の大人相手にそんなこと思うはずがない。
何か言い訳を、と思い口を開くが、音のない息を吐くだけで、また声が出ない。それでもなお、じっとこちらを見つめてくる瞳から、俺もまた目が離せないでいた。
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