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「ダン…お前、何言って…」
「俺…もうちょっとでリオを殺しちゃうところだったんだ…嫌だ…殺したくない…好きなんだ…リオが好きなんだ…!」
「ダン!」
ロイドはダンを起こし、そのこめかみを平手で打った。
その途端、氷水をかけられたように、ダンの熱にうかされた視界が鮮明になる。
薄明かりに浮かぶ兄の顔は、普段の温厚な表情とは真逆の、どこか怒りを帯びた表情だった。
「え…兄ちゃ…?」
「ダン、お前、今自分が何を言ったか覚えているか?リオちゃんを殺しそうになったって、お前そう言ったんだぞ」
「あ…俺…多分夢見て…なんか森の中をすごく早く走ってて…嫌なにおいがして…それで追いかけてったら、リオがいて…」
その途端、兄の表情がさらに強張った。
掴まれていた襟を離され、ダンは壁に頭を打つ。
ロイドが深くため息をつくと、普段通りの表情に戻った。
それでも、その表情には無理やり冷静さを保っているような、違和感が残っている。
「ダン…正直に言ってくれ。お前…狼に襲われなかったか?」
突然の問いに、ダンはうっと口を噤んだ。
リオのことを考えていて、ぼーっとしていて狼に噛まれたなんて、恥ずかしい話だ。
たぶん、この熱もその傷からだと思うが、よりによって兄の前でそれを認めるというのがより恥ずかしい。
そう思い、ふと、ダンはわき腹に触れた。
しかし、そこに傷口はない。
「あ…れ…?」
ダンは立ち上がり、扉から入る明かりで傷の場所を確かめようとした。
しかしいくら探ろうとその場所は何ごともなかったかのようになめらかで、瘡蓋ひとつない。
ロイドは振り向き、ダンの指すわき腹を調べ始めた。
「ここに…ここにあったんだ、傷跡…うん…噛まれたんだ。こないだ、森で…」
「その後、熱が出て、うなされるようになったんだな?」
「うん。だけどさ、血はすぐ止まったし、夜になると楽になったりしたから、そのうち治るだろうって…でも、こんなに早く治るわけ…」
「…ダン。お前に、話したいことがある。こっちへ」
ロイドはそう言って体を起こすと、ぽんぽんとダンの頭を撫でて先に部屋を出ていった。
何だか懐かしい感覚だった。昔はこうやって、よく兄ちゃんに褒めてもらったっけ。
うちは、父さんがずっと家に居なかったから…。
ロイドは仕事部屋に入ると、しばらくして数冊の本を持って出てきた。
ダンはすすめられるまま、スツールに腰を下ろす。
ロイドも向かい合うように席につき、机から一冊の本を取り上げた。
それは、革ひもで結わいた、日記のようなものだった。
「これは、俺達の父さんのものだ」
何で急に、父さんの日記なんか見せるのだろう?
「だから?」
「ここに、お前の今後について、重要なことが書かれている」
そう言うなり、ロイドは丁寧に革ひもをとき、膝の上で月日の経った紙をそっと捲り始めた。
あ、父さんの字だ。覗き込むなり、すぐにわかった。父さんがこの小屋に住んでいた時、あまり顔を合わせることは出来なかったが、誕生日や記念日には必ず手紙が枕元にあった。
それは本当に父さんの日記だった。調べたこと、やったこと、天気や何気ない気付き。そんなものが短い言葉で何行にも渡って書き連ねてある。
ページを捲る手は、あるページで止まった。それは今までのページとは違い、たった二行の言葉が書いてあるだけだった。
『“彼ら”を完全に殺す術を、見つけたかもしれない。』
『だが、その方法はあまりに危険すぎる。』
その文と共に、一枚の紙切れが挟んであった。
ロイドに促され、ダンはそっと持ち上げる。
それは、本の挿絵の一ページを切り取ったものだった。
そこに描かれた絵は、全身を毛に覆われ、長く伸びた口と耳を持ち、鋭い目でこちらを見つめる、人型の何かだった。
“ウェアウルフ”──下に書かれた文字を見て、ダンが顔を顰める。
「…え?」
ロイドは日記を閉じ、もう一冊の本を手に取った。
慣れた手つきであちこちにメモのささった本を探り、目的のページに辿り着く。
そして、ページが一枚破かれた個所に行きついた。
それを無言でダンに差し出し、説明文を読み上げる。
「“ウェアウルフ──二足歩行の狼の姿をした魔物。プルーティノ神話では人狼族の血を引く狼と血液を混ぜると同族と化すことが書かれており…”」
「ちょっと待って、何が言いたいの!?」
ぞっとして、ダンは本を突き飛ばした。
ロイドはダンを咎めず、叩き出された本は足元に落ちる。
ロイドは組んだ足を両手で支えながら、真っ直ぐにダンを見据えた。
「…父さんは、死んでいないと俺は思っている。父さんはおそらく“それ”になったんだ」
「兄ちゃん、頭おかしくなっちゃったの?」
苦笑を浮かべるダンに、ロイドは静かに首を振った。
冗談なんかじゃない。いつもの笑みの消えたロイドの冷たい表情が、否応にもそれをダンに知らしめる。
「父さんの日記は、次のページで終わっている。“もし自分が戻らないようなら、この方法は決して繰り返してはならない”とね──だが、血は争えないのかな。…ダン、恐らくお前は」
「嘘だ!!」
その時、とっさに叫んだ言葉は、人の言葉ではなかった。
まるで獣ようなしわがれた声が飛び出て、ダンははっと口を押さえる。
まさか、そんな。
俺は、狼人間になったっていうのか…──?
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