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第1章–5 閻魔大王現る
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配属になって一か月が経った。
部署の業務内容も一通り把握できた。
この部署では、市が主催したり、共催したりする文化系イベントに関わる。
文化系イベント、特に音楽から美術。
かなり偏った、難易度の高い部署だ。
正直、文化系の何かを嗜んだことのない田口は、意味が分からないことばかりだ。
その企画をしなければならないのは、難易度が高い。
焦る気持ちを持ちながら、雑用のような仕事をこなす。
「田口、外勤」
保住の声に顔を上げる。
「はい」
大した仕事もない。
一か月は、雑用みたいな仕事ばかりだから。
声をかけられて、直ぐに席を立てるくらいだ。
「いってらっしゃい」
事務所にいた谷口に見送られて、田口は、保住の後ろをついて行った。
廊下に出ると事務局長の澤井と鉢合わせになった。
彼は、大柄ながっちりした男だ。
堂々たる体つきに似合う厳つい顔。
深いシワが刻み込まれ、いつも眉間には皺がある。
口を開けば嫌味。
性格の悪さがにじみ出ている容貌だ。
「保住」
重低音の少し嗄れた声が保住を呼ぶ。
彼は知らんぷりを決め込むつもりだったようだが、軽く溜息を吐いてから視線を澤井へと向けた。
「なんでしょう?」
「外勤か」
「ええ。何か問題でも?」
長身なため、間合いを詰めてくるのが早い。
ぐんっと目の前に立たれると、大きな壁みたいで威圧感を覚える。
同じくらいの身長の田口ですら、そう感じるのに。
保住は、臆することなく、面倒だと言わんばかりに視線を逸らした。
「例の企画。全く音沙汰がないのだが」
「校正中です」
「そんなことは、おれがやるから。早く出せ」
「ご冗談を。本当にお持ちしたらゴミ箱行きでしょう」
「拗ねるな。ちゃんと見てやる」
ちらっと澤井を見た保住は、また溜息。
そして肩を竦めた。
「承知いたしました。明日、お持ちいたします」
「今日だ」
「帰りは5時過ぎますよ」
「何時でも構わないぞ」
澤井は、そう言うと踵を返して自室に消えた。
「ち、面倒だ」
心底、嫌そうな顔を見せる保住。
いつもは飄々としていることが多いのに。
さすがに事務局長の澤井の相手は面倒らしい。
「課長飛ばしでいいのですか?」
田口がふと呟く。
保住は、歩き出しながら答えた。
「いつものことだ」
「そうなんですね」
「あの人のやり方は好きじゃない」
あの人。
なんだか棘のある言い方。
田口が不可解な表情をしていると、言いたいことが分かったのか。
保住は、答える。
「あの人の部下になるのは、二度目だ。全く好かん!」
「二度目、ですか」
「そうだ。入庁して初めての部署で一緒だった。澤井は、課長だったが」
田口は、首を傾げる。
「課長と新人では、あまり接点がなさそうですが……」
よほど嫌われるようなことがあったのだろうか?
「おれは、見ての通りの人間だからな。澤井に対して根に持たれるような事をしたのかどうかは分からないが、それでもあまりにしつこい嫌がらせばかりだ。悪いな。おれの部下になったばかりに、澤井には、何かと嫌なことをされるだろう」
保住は、申し訳なさそうに顔をしかめる。
田口は、首を横に振った。
「上司の嫌がらせなんて日常茶飯事ではないですか。別に直属の上司を恨んだりしませんよ」
「そうか?今まで随分な部署にいたようだな」
「おれも悪いのだと思います。火のないところには煙は立ちません」
公用車に乗り込んで、保住は笑う。
「田口が火の元になるようなキャラには見えないが」
「いえ。こんな無愛想な男、扱いにくいと思われる人が多いでしょう」
「無愛想かな……」
エンジンの音がして、車が走り出す。
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