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第2章–11 最悪の気分
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「他の誰より、係長のことがお気に入りだ」
「そうなんですか?」
「あの人。おれたちのことなんか眼中にないからな」
谷口が説明する。
「そうそう。おれなんか、先日企画書を持って行ったら、『お前誰だ』だって。もう数年ここにいるのに」
ひどい話だ。
「あの人だけだよ。澤井さんが自分のテリトリーに入るのを許可するのは。係長は、嫌がっているみたいだけどね」
「そうなんですね」
何だろうか。
胸がチクッとするのは。
「男と女だったら、さしずめ職場内不倫なんだろうがな」
矢部の言葉に谷口が笑った。
「本気で矢部さんの妄想癖には開いた口が塞がらない」
「なんだよー!」
仕事が一段落したからなのだろうか。
なんだろう?
この脱力感。
力が抜けてふにゃふにゃだ。
「田口、帰ろう」
渡辺に声をかけられて顔を上げた。
「すみません。もう一つやり残したことを思い出しました。お先にどうぞ」
「そうか?じゃあ、また明日な。今日はお疲れ様」
「お疲れ様です」
頭を下げて三人を見送る。
胸がざわざわしていた。
気分が優れないと言う感じ。
大した用もないのに、メモをいくつか整理してから立ち上がる。
何人か残っている他の島の職員に挨拶をして、自分たちのところの消灯をした。
それから、階段を降りる。
この時間、正面玄関は施錠されてしまうので、裏玄関からの出入りだ。
どちらにしろ、I.D.をかざす機械もそちらだ。
のそのそと長い廊下を歩き、玄関に出ると鋭い重低音の声が耳について、弾かれるように顔を上げた。
「遅い!」
キョロキョロと視線を巡らせると、自分の少し前を歩いていた男が、めんどくさそうに頭を下げた。
「どうもすみませんね。観光課で打ち合わせがあって……」
「そんなものは断れ」
「そんな無茶な。仕事をしてきたんですよ」
「何度教えこんでも理解していないようだな。物事の優先順位を」
「そうでしたか?すぐ忘れちゃうんですよね〜」
背伸びをしてのらりくらりしているのは保住。
黒い国産の高級車の前にいるのは澤井。
「お前の冗談はつまらん。口を開くな」
「すみません」
お小言を言われても気にしていない保住は、澤井に促されるまま彼の助手席に姿を消す。
それを見送って田口は、大きくため息を吐いた。
散々。
今日一日を一言で言うならばそう。
本当だったら、企画書を見てもらって、少しは褒められるはずだったのに。
「褒められるだって?」
誰に?
「係長に?」
まさか!
仕事だぞ。
子どもじゃないんだ。
「何期待してんだよ……おれ」
最悪。
あれもこれも保住のせい。
そうに違いない。
あの人にかき乱されて最悪だ。
自分が自分じゃないみたい。
頭を横に振っても離れない。
さっきの光景が。
澤井は、笑っていた。
ご機嫌。
何でだろう。
保住をエスコートしている澤井が羨ましい。
そんな風に考えている意味が分からない。
「うう……」
最悪。
田口は、頭を抑えながら帰途についた。
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