アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第2章–21 トンネルを抜けて
-
澤井は、じっとしている。
ダメだったのだろうか。
固唾をのんで黙り込む。
と、澤井は、田口ではなく保住を見た。
「少々乱暴だ」
「そうでしょうか。斬新でいいと思いますが」
保住は、そのままの姿勢で微笑を浮かべる。
それから、澤井は田口を見た。
「リスクの計算が甘い。もう少し詰めろ」
「はい」
「そして、出演者の選定も曖昧だ。もっと具体策を持ってこい」
「はい」
そう言うと澤井は、企画書を乱暴につかみ上げると、田口に差し出した。
「話は終わりだ」
「え?」
どういうこと?
思わず、突き返された企画書を受け取ってから目を瞬かせて「理解できない」と保住を見る。
そんな田口の戸惑いなんか、まるっきり無視なのか。
軽く笑い、そのまま身体を起こす。
そして、踵を返した。
「失礼します」
「えっと、あの。係長?えっと。失礼します」
さっさと澤井の部屋を出て行く保住を追いつつ、澤井にぺこりを頭を下げて、田口は廊下に転がり出た。
そして、扉を閉めてから、保住の腕を捕まえる。
「待ってください!係長」
思わず捕まえたその腕は細くて、一瞬戸惑う。
「なんだ」
「あの。意味が分かりません」
「意味って?」
「おれのプレゼンはどうだったんでしょうか?良かったのか、悪かったのか……」
田口に腕をつかまれたまま、保住はくるりと振り返る。
一気に間合いが詰まって、保住が近く感じられた。
「合格ってことだ」
「でも」
ダメ出しばっかりじゃ。
「話にならなければ、あの人はプレゼンを最後まで聞かない。お前は、まずやり切ることができた。それが第一段階クリア」
「はあ……」
「そして、次。改善点を数か所指摘されただけ。ということはコンセプト自体はOK。そのまま進めろということだ」
「えっと……」
つまりは。
この企画、進めていいってことって……。
そこで初めてじわじわと嬉しさがこみあげてくる。
初めてだ。
まともに仕事ができた気持ちになるのは。
田口は、もう片方の保住の腕を捕まえると、両手でブンブンと上下に握手をして喜びを表す。
「やった!やりました!!係長!!」
「お、おい……」
田口の声は妙に響く。
廊下中に反響して、谷口たちまで顔を出す。
「な、なんだ?」
「田口、うるさいぞ」
「終わったのか」
「お前ら、静かに……」
注意をしに出てきた佐久間ですら、大喜びで大騒ぎになっている田口を見て、苦笑する。
二人の様子を見て、事のしだいを理解したのだろう。
「そうか。良かったな」
「嬉しいです!!」
田口の素直な喜びは周囲を幸せな気持ちにさせる。
そこにいるみんなが、なんだか胸がほっこりとあったかくなるのを覚えている。
特に保住はそう思った。
素直で真っ直ぐ。
叩いても叩いても折れない田口の気質。
育てがいがある。
部下として。
いや、人間的に「いい奴」だ。
こんな人間、出会ったことがない。
今まで、覚えたことがないような気持ちに戸惑いながらも、握られた手のぬくもりを味わっていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
31 / 344