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第3章–7 母、現る
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処置室に入って一時間。
澤井は、じっと待合室で座って待つ。
そう混んでいる病院ではない。
近所の年寄りたちが顔を出しては、「急患対応中だから夕方来てね」と受付嬢に言われて帰っていく。
「あの、保住です」
そこに、慌ただしく女性が駆け込んで来た。
「澤井くん、ありがとうございます」
彼女は、澤井を見るや否や頭を下げる。
「いや、加奈子さん、申し訳ありません。おれが着いていながら。また今年も……しかも、昨年より悪い」
長い髪を後ろで一つにまとめた加奈子は、息を整えるように、何度も深呼吸をしてから澤井を見る。
「いいえ。澤井くんのせいではないわ。あの子が自分できちんとできないのが悪いんだから。大の大人が毎年毎年、熱中症やら凍傷になるだなんて、恥ずかしい話です」
保住の母親は、真っ直ぐに視線を上げる。
凛とした彼女の態度。
息子が体調を崩していると聞いて、慌てて、なりふり構わず駆けつけたのに。
自分の前では弱いところは見せないのだな。
澤井は、そう思う。
「もう少しで一時間になる」
彼がそう言った時、診察室の扉が開いて医師が顔を出した。
「先生、またお世話になりました」
「お母さん」
「どうです?先生」
澤井も緊張する。
いつものふらふら程度の熱中症ではないことは、澤井でも分かった。
「重症です。点滴して、はいおしまいって訳にはいかないね」
医者はそう言うが、表情は柔らかい。
深刻な状態ではないと、澤井は受け取った。
「ただ、意識が朦朧としていたし、酸素のレベルが落っこちていたので、しばらく入院して経過を見たほうがいいでしょう。熱も下がったとは言え39.0台なので。まだまだ予断は許さないね」
「本当にありがとうございます」
加奈子は、深々と頭を下げる。
「お母さん、澤井さん、面会どうぞ。寝ていますけどね」
加奈子はペコリと軽く会釈をして、診察室に入っていく。
澤井は、ふと足を止めて医師に頭を下げた。
「本当に先生、いつもありがとうございます」
「私はなにも。いつも澤井さんが一早く連れてくるからね。それが、功を奏するね」
再び頭を下げてから、中に入る。
点滴や数本の管に繋がれた保住は、酸素マスクを当てられて寝ていた。
そこに、加奈子は大きな声でああだこうだと言っている。
「もう!いい加減にしなさいよ!どれだけみんなに迷惑かけていると思っているの?!」
「加奈子さん……」
澤井は、苦笑いだ。
役所内では鬼と呼ばれている彼でも、太刀打ち出来ない女性かもしれない。
「でも……」
「大丈夫です。本当に。それより、早く復帰してもらわないと、空いた穴は大きい」
「分かりました」
微かにまつ毛が震えて、彼の右手が動く。
聞こえているのだろうが、まだ思うように体を動かすことができないようだ。
澤井は、そっと保住の手を握る。
「待っているぞ、早く戻ってこい」
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