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第5章ー2 先約
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文化課振興係に来て半年が経った。
10月。
暑い夏も乗り切って、やっと秋だ。
夏が暑かった分、今年の冬は早く訪れそうな気配だ。
例年よりも寒くなるのが早い。
異動になって初めて企画した事業が、日の目を見た。
前職でも企画系にいたので、イベントをやり切るという経験は何度もしてきた。
しかし、思い悩み、苦しんでここまできたのは初めて。
精一杯やり切った企画が成功したことは、この上ない喜び。
珍しく気持ちが浮ついていた。
荷物を抱えて帰ってくると、廊下で教育委員会事務局長の澤井に出くわした。
「お疲れ様です」
ダンボールを抱えたまま頭を下げるが、保住は知らんぷりだ。
しかし、そのことを咎められる訳でもなく、相手から声をかけてくる。
「なんだ、外勤か」
「星野一郎記念館のサロン後期1回目ですよ」
「ああ。あの企画な」
澤井はジロリと田口を見た。
「お前のか」と言う顔だ。
「滞りなく」
保住の報告に、澤井は鼻を鳴らす。
「問題ないなら、報告は報告書でいい。それより、今晩、時間を開けろ」
今晩?
ドッキリだ。
部下と上司の誘いだったら、優先は上司に決まっている。
せっかくの嬉しい気持ちが、一気に不安に変わる。
自分の約束はチャラか。
そう確信した。
だが、保住は、興味がなさそうに頭をかく。
「すみません、今晩は仕事です」
「明日でいいものは、明日にしろ」
「そうもいきません。仕事が詰まっていますから。では、失礼いたします」
彼は、丁寧に頭を下げると、さっさと事務所に入って行った。
上司の誘いを断るなんて、なかなかできないことだ。
慌てて頭を下げて、保住に続いて事務所に戻る。
断られた澤井はさぞ怒っていると思いきや、そうでもないようだ。
彼は怒るどころか、少し微笑んでいる気もする。
やっぱり。
澤井は、保住に甘い。
好き勝手させて、何も言わない。
ちょっかいを出しているように見えても、それはからかいというか、じゃれついているようにしか見えない。
胸がザワザワする。
澤井が保住にちょっかいを出す理由は、彼の亡くなった父親だと聞いているが、本当にそれだけなのか。
不安になるのは気のせいなのだろうか。
「いいのですか?係長」
ダンボールをテーブルに置いて、隣にいる保住を見下ろす。
「別に。お前が先約だろう。ただ、それだけの話だ」
「しかし」
保住は笑う。
「お前なあ、やっぱり堅い!クソ真面目野郎」
「な!?」
コソコソと話していたのに。
最後の言葉が他の職員にも聞こえたのだろう。
渡辺たちは吹き出した。
「係長!?」
「言い慣れないんだから。棒読みじゃないっすか」
谷口も突っ込む。
「そうかな?おれ的には結構、イケていると思うけど」
「いやいや。言い慣れていませんって」
矢部も大笑い。
ま、いっか。
余計なことを考えることはよくない。
なるようにしかならないだろう。
そう考えることにしよう。
そう思った。
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