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第8章ー2 保住家の人間
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『尚くん?お久しぶりだね。元気?』
久しぶりに聞く叔父、保住征貴(まさたか)の声に、保住は顔色を悪くした。
「どうも。ご無沙汰しております」
『そんなかしこまらないでよ。兄さんの葬式以来だね』
「そうですね」
『市役所の係長になったって聞いてはいたけど、凄いね。頑張っているじゃない』
人好きのする、愛嬌のある男。
父親の弟だ。
「いえ。やれることをやっているだけです」
『またまた。兄さんみたいなこと言っちゃって。尚くんは、本当に兄さんに似てきたね』
一番、言われたくない言葉だと、思いつつ保住は黙る。
『ごめん、ごめん。仕事中に。プライベートな連絡先を知らないものだから。おじいさんの件は聞いているでしょう?』
「勿論です。ですが、おれがどうこうする問題ではありませんよね?」
『そんな冷たいこと言わないで。確かに、兄さんのことは勘当していたからね。葬式にも来なかったけど。それはそれで、あの人の意地だったんだよ。兄さんを亡くした後は、覇気がなくなったしね』
正直、そんなことは関係ない。
我が子が好きな道を歩む事を反対する親など、身勝手。
そう思ってしまうからだ。
『おじいさん、君に会いたがってるんだよね。どうだろうか。兄さんは、近すぎて無理だったけど、君はどうだろうか』
会いたがる?
自分に?
黙り込む。
『急に言われても困るね。一応、おじいさんの入院先を教えるので、考えてくれないかな?悪いね。あんな父親でも僕にとったら父親でね。兄さんにとってもそうだったし。君にとったら祖父だ。よろしくお願いします』
叔父はそう言うと、保住に病院の名前を告げて電話を切った。
『今度、家にも遊びに来て欲しいな』
そう言って。
彼は確か。
梅沢銀行のどこかの支店長だ。
父親の意思を受け継いで歩んできた男。
保住の父とは真逆なタイプだ。
人当たりがよく、温和。
立ち回りも上手くて、不快な気分にさせずに人を動かすことに長けている。
祖母似なのかもしれないと、母親が言っていた事を思い出す。
体型も真逆。
恰幅の良いぽっちゃりタイプだったような記憶がある。
受話器を置いてから、そのまま腕組みをする。
まただ。
ドロんとした黒い何かが、心に入り込んでくる。
飲み込まれそう。
そんな錯覚に陥った時。
「係長」
随分と大きく聞こえた、自分を呼ぶ声に顔を上げる。
田口が、自分の肩を掴んでこちらを見ていた。
「田口」
「書類の確認をしていただきたいのですが」
「あ、ああ」
目を瞬かせてから、書類を受け取る。
さっき添削したものから、大した代わり映えのしない書類だ。
「田口、直っていない」
「え、そうですか。すみません、早合点です。もう一度やり直します」
彼は、頭をかきながら席に戻る。
その後ろ姿を見送って、動悸がしていた心臓が落ち着くのが分かる。
保住の異変に気がついてくれたのだ。
田口は。
現実に引き戻してくれたのか。
また、助けられた。
甘えすぎだ。
なにもかも、甘えすぎ。
自分らしくもない。
人に寄りかかるなんて。
少し距離を近づけすぎている気がするのだ。
怖い。
人との付き合いは当たり障りないものが多いから。
ここまで踏み込んで付き合った人間は皆無。
怖いのだ。
祖父のこともあって、普通ではないことは分かっている。
余計なことを考えているのだということも理解している。
だけど、何だか足元が覚束ない感じがして、少し怖い気持ちになった。
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