アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第8章ー3 強がり猫と落ち込み犬
-
こういう気持ちを紛らわすには、仕事は最適だ。
みんなが帰っても、一人で残って仕事をしたい。
仕事に没頭すれば、嫌な時間がどんどん過ぎていくからだ。
「あの。係長。何か手伝いますか」
みんなが帰っているのに、田口は残っていてくれる。
他の職員よりも優秀だ。
面倒な説明をしなくても、自分の意図することを理解して、適当に仕事をこなす。
いちいち聞きに来ることもないが、出来上がった仕事に間違いはない。
だから、つい。
なのだ。
側にあった書類を持ち上げてから、はっとする。
「いや。いい。今日は帰れ」
「しかし。まだ山のように残っているようですが」
「いや。これは係長としての仕事だ。お前に肩代わりさせられない。いいんだ。先に帰れ」
田口は、納得しないだろう。
そうだろうな。
そう思う。
不満そうな顔。
自分だって出来る。
やらせろという顔だ。
だが、首を横に振って、自分の気持ちを押し殺した。
「すまない。一人で集中したい。今日は大丈夫だ」
「そうですか。邪魔になるようなら無意味です。おれは帰ります」
田口はそう言うと、ぺこっと頭を下げた。
そう言うつもりではない。
そう言うつもりでは……。
しかし、一度出てしまった言葉を引き戻すことは不可能だ。
少し寂しそうに帰っていく田口を見送って大きくため息を吐く。
「バカか。おれは。何をしている……」
暗い廊下を歩いて、田口は大きくため息を吐いた。
「何かしたのだろうか……」
嫌われるようなこと。
何かしたのだろうか?
自問自答しても答えは見つからない。
祖父の件を聞き出したことがまずかったのだろうか。
余計なお世話だったのかも知れない。
立ち止まって、廊下の壁におでこをぶつける。
「最悪……」
出過ぎた真似をしたのではないかと後悔していたが。
その通りになった。
田口はもう一度、ぶつける。
傍を通る職員たちは、彼を奇異な目で見ていくが、声をかけるものはいない。
「ああ……」
せっかく、いい感じで仕事が出来ていたのに。
躓いた。
気持ちが持ち上がらない。
ぐらぐらとする足元を踏みしめながら、必死に帰宅する。
何がなんだか分からなかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
91 / 344