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第8章ー4 おかしな二人
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翌日。
金曜日。
谷口は渡辺に耳打ちした。
「田口、変じゃないですか?」
渡辺も頷く。
「心、ここにあらず。上の空で覇気がないな」
矢部もそっと混ざる。
「こちらもおかしくないですか?」
彼の視線の先は、保住。
彼もまた。
心ここにあらず。
ボールペンをくるくるっと回してみては、ため息を吐いている。
「なんだか、恋人同士の喧嘩っぽくないっすか」
「確かに。喧嘩かな?」
「そう言う事あるのかな?」
三人がひそひそと話をしていても、当事者たちは、まったく気が付く様子はない。
田口は、同じ文章を打っては消し、打っては消しの繰り返し。
困ったものだ。
「なんだかまどろっこしいですね」
「これは飲み会しかあるまい」
「よし」
顔を突き合わせていた三人は、飲み会の算段を始める。
そして、午後。
「田口、財政に書類置いて来て」
「あ、はい」
眠くなる時間は、事務所自体がまどろんでいるような気配だ。
そんな中、矢部の言葉にはっとして顔を上げてから、のそのそと立ち上がった。
そして、そのまま出ていこうとするので、慌てて追いかける。
「おい!この書類だって」
「あ、すみません……」
彼はぺこっと頭を下げてから、書類を抱えて事務所を出ていった。
「やっぱ、おかしいわ」
彼が出ていくのを確認した渡辺は、隣の保住に声をかける。
「係長」
「……」
「係長!」
大きな声を出した瞬間、保住は弾かれたように目を見開いて、渡辺を見た。
「やっぱ、こっちもおかしいわ」
矢部は呟く。
「すみません」
「いえ。大きな声を出しました」
「えっと。何ですか」
「あの。田口がおかしいんです」
「係長もね」
矢部は小さく付け加えるが、保住の耳に届くことはない。
「田口が?」
「ええ。上の空で。精神的なショックがあったんじゃないですかね」
「そうですか?仕事でトラブル起こした訳でもあるまいし」
「ですが、おかしいですよ」
「プライベートですか?」
谷口が口を挟む。
保住は、目を瞬かせて首を傾げる。
「さて。おれはあいつのプライベートまで細かくは知らないですし」
「ですよね」
「本当かな?」
矢部は、また付け加えるが、これもまた、保住には気が付かれないようだ。
「期待の新人が動かないのでは困りますよ。今日の夜、飲み会をしますから係長も来てください」
「いや。あの。おれは……」
「部下の一大事なんですよ?」
しかし。
そういう気分にはなれない。
祖父のことも気になるし。
いつまでも田口に甘えている自分が嫌になっているのだ。
「すみません。実は、家族が入院しているのです」
「え?」
「そうなんですか?」
一同は、はっとする。
先日、同じ苗字の男性から外線が入っていたことを思い出したからだ。
「それは、ご心配ですね」
「高齢なもので。いつどうなるのかも分からないし。申し訳ないですが、おれはパスです」
「そうですか……」
保住の元気のない理由がはっきりとしたので、三人は顔を見合わせた。
そうか。
では、田口のしょんぼりは、保住とは関係ないということなのか。
三人が妙に納得したような顔つきになったので、保住は内心ほっとした。
半分は本当。
半分は嘘。
祖父のことは気になるが、飲み会に行けないほど差し迫っている訳ではない。
しかし、とても。
田口に甘えている自分を律しようとしているときに、田口も交えた飲み会に行って、どういう顔をしたらいいのか分からないからだ。
これでいいのだ。
これで。
そう思った。
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