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第8章ー5 田口を励ます会
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「元気出せよ!おれたちが聞いてやるって言ってんだろう」
矢部は、田口に絡まる。
田口を励まそう会なんて名目。
自分たちの鬱憤晴らしではないか。
渡辺は内心思うが、それは黙っておこう。
興醒めしてしまうからだ。
「別に、落ち込んでなんかいません」
田口は、小さく答える。
「嘘だ!『おれは傷付いている、助けて!』って顔してるよ」
「そうだそうだ」
谷口や矢部の言葉は、傷心の田口を更に追い立てる。
なんだか泣けてきた。
こんな辛い思いをするとは。
予想外。
自分の気持ちが分からない。
「な、泣くなよ!」
「そうだぞ!男だろ?!」
「男だって、涙が出ることはあります……」
田口は、シクシクと泣き始めた。
なんだか湿っぽい飲み会だ。
「なんだよ。辛いのか?仕事か?女か?」
日本酒で出来上がった彼は、突っ伏して泣き始めた。
「おれ、何かしたのでしょうか?係長に嫌われてます」
「はあ?!」
「そこ?!」
渡辺は苦笑する。
「田口は、本当に係長が好きだな」
「だ、だって……」
「係長もお前がお気に入りだろ?どうしたんだよ」
「昨日から、口を利いてくれません……。仕事も任せてもらえません……」
「口は利いているだろう?無視はされていない」
「でも……」
確かに。
数年、一緒にやってきた渡辺が、保住が事業の要を他人に渡すのは見たことがなかったのに、最近、田口に任せていることには気が付いていた。
しかし、昨日からまた。
田口が来る前の保住に戻ってしまったような気がしていたのは確かだ。
保住の中で、田口に対する信用がなくなったのか。
それとも、プライベートのことで気が回らないのか。
あるいは、可能性は低いが、人との付き合いが淡白なタイプなので、我に返ったか。
渡辺は、そう分析した。
ただし、田口の仕事ぶりは自分も知っている。
だから、彼がヘマをしたとは考えにくい。
とすると、一番目の信頼を失うような失墜行為はない。
可能性が高いのは、プライベートでのキャパオーバーか。
「お前、係長の家族が体調不良なことは知っているか?」
「え?」
渡辺の言葉に、田口は顔を上げた。
「はい」
「なら話は早い。多分、係長は今プライベートのことで頭がいっぱいなんだよ」
「それは……」
それはそうだろう。
祖父のことは聞いているから、保住の戸惑いや苦悩は分かる。
「そっとしておいてやれよ。人間、一人になりたい時もあるものだ」
「それはそうですね」
谷口も同意。
「気にすんなって。きっとそっちが落ち着いたら元の係長に戻るよ」
励ます矢部。
田口は、それでもオイオイと泣いていた。
本当にそうなのだろうか?
あの人が?
なんだか違う気がする。
なんだか。
違う理由な気がするのだ。
何かしたのだろうか?
自分は。
一緒に仕事がしたい。
信頼してもらいたい。
そして。
笑顔を向けて欲しい。
『田口』
彼の口から、自分の名を呼ばれることが、どんなに幸福だったことなのだろうか。
「田口……、元気出せよ」
「そうだよ」
いくら、みんなが励ましてくれても。
「お前はしっかりやれている」
どんなに、たくさんの人に認められたって。
心がぽっかりと穴があいたみたいに寂しい。
満たされない。
自分が欲しいのは。
たった一人。
きっと。
保住だけなのだ。
ビールを煽り、田口はみんなの励ましの中、ポツンと社会から取り残された感覚を覚えた。
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