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第8章ー9 名前で呼ぶのか
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「は、すみません。保住さん、ゴミ付いてますよ」
田口は慌てて、手を引っ込めてごまかす。
「人の話を聞け」
「すみません。分かっています。分かりましたから」
話の途中なのに、と保住は怒る。
怒るけど。
そんな保住も好き。
田口はつい、表情が緩む。
と、ますます怒られた。
「馬鹿にしているな。せっかく、話しているのに」
「違いますって。保住さんって可愛いことを言うのだなと思って」
保住は、ますます顔を赤くした。
「お、おい!よくそんな恥ずかしい事が言えるな!!」
「だって、本当のことじゃないですか」
「来るんじゃなかった!帰る」
「待ってくださいよ」
立ち上がる保住の腕を、思わず摑まえる。
酔っている保住は、バランスを崩して転倒した。
「あわわ……すみません」
「イタタタ……」
「大丈夫ですか?」
起こそうとして、更に腕を引っ張る。
保住の腕は、思っているよりも細くて折れてしまいそうだ。
「お前な……」
彼は文句タラタラだ。
「すみません」
でも。
捕まえた腕の感覚が、田口にじんわりとしみ込んでくる。
温かい。
だけど。
「保住さん」
「え?」
「本気で身体鍛えたほうがいいみたいですよ」
「うるさいな」
「このままでは……」
「うるさい。田口は小姑みたいだ。それに」
「なんでしょう?」
「名前で呼ぶのか」
「え?」
田口は、瞬きをしてから初めて気が付いた。
いつから?
顔が真っ赤になる。
何てこと。
人に対する敬意を忘れたことがないのに。
「あ、あの……。失礼いたしました。係長。何てことだ。おれは……。上司を名前で呼ぶなんて。こんなこと、したことないのに……」
頭を抱える。
しかし、保住は満面の笑みだ。
「別にいいではないか」
「そんな。失礼なことできません」
「そうか?おれはいい。係長なんて堅苦しいこと言われていたくない」
保住の笑みは、大変嬉しそうに見える。
そうか。
嫌じゃない?
なら……。
「でしたら。職場ではないところでは、よいのでしょうか?お名前でお呼びしても」
「そんなことに許可はいらないだろう?おれなんて、大して年齢も違わないお前を呼び捨てだ。大変失礼な話ではないか」
彼はそう言うと、ビールをもう一本開ける。
帰る気はないらしい。
なんだかほっとした。
そうか。
自分に対して、少しは心を動かしてくれているのか。
彼は。
嬉しい。
その気持ちが、友人なのか、部下なのか、なんなのかは分からないが、それでもなお。
少しでも自分のことを気にかけてくれているのなら嬉しいのだ。
今日は、衝撃的な事ばかり。
自分の気持ちに気が付いてショックを受けたし。
だけど、保住がこうしてまた自分のところに来てくれたこともまた、嬉しい。
なんだか疲れたが、心地いいのは気のせいではないか。
田口も一緒に、保住に付き合ってビールを開けた。
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