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第12章ー1 鬼の圧力
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あれから。
保住と田口の距離はますます近くなった。
「田口、これ」
「了解です」
面倒な指示を出さなくても、彼は保住の意図を汲み取る。
「オペラの進行状況は?」
「作曲の方が遅れ気味です」
渡辺が答える。
「しかし、急かす訳にも行かなくて困っています」
「それはそうですね。さりげなくですかね」
保住の言葉に、渡辺は頷く。
「午後から、ご挨拶がてらプレッシャーかけてきます」
「よろしくお願いします」
保住は進行表を眺めてから、田口に声をかけた。
「午後外勤」
「はい。どこにですか?」
「星音堂でコラボ企画の打ち合わせだ」
「了解です」
資料ないけど?
そう思うが、保住がメインでやるのだろう。
戸惑っていると、谷口がこそっと補足してくれる。
「昨日、係長が準備していた」
「あ、ありがとうございます」
黙っていても、だんだんと田口の素振りだけでみんなが察してくれる。
チームとしていい感じで回っている。
仕事もやりやすい。
仕事は順調。
一つを除いては。
「田口、いるか」
ドアが開き終わらないうちに澤井の声が響く。
「なにか」
保住が答えるが、彼は「お前には用はない」と言い放つ。
「はい」
「お前の企画書を添削してやった、さっさと取りに来い」
「はい」
一つとは、これのこと。
田口は渋々立ち上がると、事務所を後にした。
あの一件以来。
澤井の田口いびりが酷い。
渡辺は、心配そうな顔をした。
「田口、局長の逆鱗に触れることでもしたのでしょうか?」
「しつこいからな。ちょっとしたことでも根に持ちますよね」
矢部も気の毒そうにしている。
保住は、ため息だ。
田口は、打たれ強い。
澤井の繰り返しの呼び出しも、耐えられる精神力はある。
しかし。
あまりにも酷い。
渡辺や、矢部、谷口の企画書は目も通さない。
保住を呼びつけて説明をさせる。
田口の企画書に限っては、直接本人呼び出しだ。
しかも、よほどがないと通さない始末。
これが、澤井の悪名を高めている元だ。
何が面白くないのか、保住には理解できない。
「男の嫉妬は醜いですね」
谷口の言葉に、保住は顔を上げる。
「え?」
「そうだそうだ。きっと、係長が田口と仲良くしているのが、気にくわないんですよ」
矢部も口を挟む。
「仲良くも何も。仕事を頼んでいるだけですけど」
「それが、面白くないんですよ。きっと」
「そうそう」
渡辺も頷いた。
そう言うこと?
みんなは感じていても、当事者の保住は考えもしなかったようだ。
澤井が田口に?
澤井との関係性は一度は持ったが、あれから数ヶ月。
再度、身体を重ねることはなかった。
澤井から誘われることもないし、自分も然りだ。
だから、あの一件は治ったはずだ。
二人の関係の中に、田口が入ってくることが、理解出来ないのだ。
確かに仕事を超えての付き合いはあるものの、仕事の時は上司と部下の関係に変わりはない。
何が気にくわないのか。
保住は、面白くなかった。
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