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第17章–9 口喧嘩
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事務所の電気がついている。
長時間座っているのは腰に響く。
腰を押さえながら、事務所に戻ると、田口と十文字が、必死の形相で話をしていた。
「おれは、そうは思わない」
田口の声に、十文字が食ってかかる。
「では、どう思うのですか?田口さんの考えを教えてくださいよ」
「いいか?この企画はそもそもそういう目的で始まっているのではないのだ。だから、この評価では的が外れる」
「そっか。目的とはそれるのか」
「そう思わないか?」
「そう言われるとそうです」
「では、当初の目的、評価基準はどこだったのか?」
「えっと……」
田口は、随分成長したものだという。
初めての企画書で、大泣きをして大騒ぎをしたことを思い出す。
保住は、苦笑した。
横やりを入れるつもりはないが、腰が痛む。
早く帰りたい気持ちが強いのだ。
傍の壁に手を付け、しばらく立ち聞きをしていたが、この調子では徹夜になりそうなペースだ。
中断させると判断をし、保住は扉を開けた。
「お疲れ様です」
田口は、顔を上げる。
十文字も、頭を下げた。
「お疲れ様です」
「もう22時だ。明日もある。帰るぞ」
「しかし」
「これ以上の議論は疲れるだけだ。明日にしろ」
十文字は、もう少し話したいという顔をしているが、田口は、保住に賛同する。
さすがに頭が回らない時間帯だ。
これ以上は効率を下げるだけ。
「明日も付き合う。帰ろう。十文字」
「分かりました」
ふたりは帰宅の準備をする。
その間、保住は腰をさすりながら、書類を机にしまい込んだ。
「腰、痛みます?」
「問題ない」
「そうは見えませんけど。送ります」
「いいって。一人で帰れる」
「でも」
「過保護にするな」
「いけません」
二人の押し問答を黙って見ていた十文字は、ぼそっと呟く。
「本当に仲睦まじいですね」
「そんなはずはない」
「ただの上司と部下です」
一斉に二人が否定するところも笑える。
十文字は、更に笑う。
「あの~……」
「何だ」
「田口さんの係長愛は、わかりましたから、お先に失礼させてもらっていいですか?」
「な、」
田口は、顔が真っ赤だ。
「後は、田口に締めさせるから帰っていいぞ」
十文字は、ペコリと頭を下げた。
「すみません。お邪魔みたいだから。お先に失礼いたします」
「お疲れ」
「お疲れ様」
彼がさっさと帰るのを見送って、保住は、田口を見上げる。
「お前のせいだぞ。変な誤解を招くようなことは、控えろ」
「誤解を招くようなことなんかしてませんよ」
「しているからこうなるのだろう」
「別に。いいじゃないですか。おれは、保住さんを上司として尊敬しているのです」
「田口」
また揉め事に発展しそう。
お互いに疲れているときはいつもそう。
田口は、保住の腰に腕を回して彼を引き寄せる。
「田口」
「今日はおれの家に行きましょう」
「無理。今日は、腰が痛む」
「大丈夫です。変なことは一切しませんから」
「一切どころか、一度もないがな」
「それは、あなたが怪我をしていたからでしょう?そんなことを言うなら、させてくれるということでしょうか」
「無理無理。治ったとは言え、こうして無理をするとすぐに痛む。しばらくはお預け」
餌をぶら下げられている犬みたい。
田口は、悶々としている。
結局。
キス止まり。
保住と付き合って、半年以上が経つというのに。
なにも進展しないだなんて。
機会を失っているのだ。
それに、彼の体調もまだまだ思わしくないから。
手が出せないのは仕方がないことなのだろうが……。
それにしても、そろそろ限界。
せっかく保住と付き合えるようになったのに。
自分だけお預けだなんて。
ひどすぎる。
「でも、今日は、おれの家です。もうこんな時間ですから」
「着替えがない」
「だから、着替えを持ってきてくださいと言っているでしょう?」
「面倒なことを言うな」
結局。
ぶうぶう文句を言っても始まらない。
保住は、痛みで心ここにあらずだ。
面白くない。
田口は、そう思った。
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