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01 帰ってきた男4
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「音楽教室をやろうかなって思っていて。まだ決まってないんですけど。でもこっちに帰ってきて音楽の仕事をしたいと思っています」
「そっか~」
蒼は、どきどきして深呼吸をした。
関口に見られている間、呼吸すら間々ならなかったのだ。
不思議な体験にめまいがする。
「なんなんだ……?」
変な汗が背中を伝った。
この男がここに来ただけで一変した雰囲気にも威圧されて緊張しているようだった。
気を引き締めて日誌に向かおうとするけど、意識が散漫して手が震えていた。
しっかりしろ。
なんてことないはずだ。
あんな年下にじろじろ見られただけで、どうなってしまったのだろうか?
自問自答しながら日誌を眺めていると、星野と関口の声ではない明るい女性の声が上がった。
「蒼ちゃんッ!」
ーーぎく!
更に変な意味でビックリする。
ーー来た。
本当に苦手なのだから勘弁してもらいたい。
「また、お前らか」
星野は呆れて、声の主に視線をやる。
視線の先には若い女の子が二人。
梅沢市民オーケストラの子達だ。
蒼は小柄で人当たりのいい男だ。
そのおかげか。
星音堂に通う若い女性たちにからかわれることが多い。
「かわいい!」
ギャル風の二人は、きゃぴきゃぴして走りこんでくる。
「あわわわ……」
慌てて席を立ち、逃げようとして机にぶつかる。
「ひゃ!」
「待ってよ! 蒼ちゃん」
もたもたしていて逃げ遅れた。
後ろからスーツをつかまれて引っ張られる。
やすやすと捕獲されてしまった。
「今日こそは、ご飯食べに行くの、付き合ってよね!」
「そうそう。かわいがってあげるって!」
「勘弁してくださいよ」
女性二人の乱入に事務所は、一気に明るくなった。
市民オケ練習日の風物詩なのか。
星野は苦笑をして、助けを求めている蒼を見ている。
「蒼は、からかいがいがあるからなあ」
彼は見ているだけ。
助ける素振りは一切ない。
寧ろ楽しんでいる様子である。
「ずいぶん、賑やかになったんですね。星音堂は」
星野の後ろにいる関口も瞬きをして見つめている。
「あいつは吉田の愛弟子だからな。ムードメーカー2号ってところだ」
「新しい、職員?」
「ニ年前に入ってきたんだ。あの吉田も今では先輩面だからな」
愉快そうに笑っている星野の横顔を見てから、蒼に視線を向けた。
「……」
その間にも、もみくちゃにされている蒼は星野を見る。
「助けて下さいよ、星野さん~!!」
「だめだめ~。いつもそうやって断るんだから!
ねえ、美紀?」
「そうそう。今日は飲みに行こうよ」
どうしても駄目らしい。
しっかり捕獲されていたのではどうしようもない。
蒼は諦めて頷いた。
これでは恐喝みたいなものである。
「分かりました!行きましょう」
一度付き合えばしばらくは誘われないだろう。
そういう甘い考えも生まれる。
蒼の言葉に二人は、歓喜の声を上げた。
「まじで~!」
「やった~!」
「そのかわり、待っていて下さいよ? まだ仕事は終わっていませんから」
「いつまでも待っていてあげちゃう」
「そうそう!」
「あたしたちも楽器片付けてくる~」
自分たちも途中だったのか。
二人は、嬉しそうに事務室から姿を消した。
ほとほと困って、肩を落としている蒼に星野は追い討ちをかける。
「とうとう、蒼も落ちたな」
「そう言わないで下さい」
「お前、女心分かってないな~。一度付き合えばそれで終わりと思うなよ~」
「え!?」
星野は、お見通しである。
焦った。
「安易な考えは男の特徴だな」
「そ、そんな~! 星野さん!!」
後悔しても後の祭りである。
いまさら断れない。
大きく肩を項垂れて、蒼は日誌を見詰めた。
今日はなんだか変な一日になってしまった。
星野の隣からよこされる視線にも答えることが出来ずにただ俯くしかない蒼であった。
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