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03 風邪引き2
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ぴぴぴ……
アラームを合図に蒼から体温計を引き抜く。
「はい、40度ね」
朝になった。
外は、昨夜の雨が嘘のように快晴だった。
開け放たれた窓からは、すずめの鳴き声が響いている。
関口は、元気だ。
蒼に付き合って半分徹夜をしたようなものなのに、すでに自分の使っていた布団をたたみ、すっかり身支度を整えていた。
昨晩は冷えたものの、朝の空気は清清しい。
蒼もふと目を覚ました。
しかし、まだぼんやりしている。
それはそうだ。
まだまだ熱は下がっていないのだから。
「おい!朝だぞ」
関口の声にも動じず、天井に視線を向けている。
「この分だと頭も働いていないな」
彼の喉がひゅうひゅうと音を立てていた。
息をするのがやっと、と言ったところだろうか。
時計を見ると、8時になるところだ。
そろそろ誰かは来る頃だろう。
休みの連絡を入れておかないとみんなが心配してしまう。
「おれが電話しておくから。休むよ。蒼」
関口は携帯を取り出して、電話帳で星音堂を検索する。
その瞬間、ぼんやりしていた蒼は慌てて彼の腕を掴む。
「ま、待って!関口」
「蒼?」
「い、行ける。おれ……」
「は?なに言って……どう考えたって無理でしょう。あのね。昨日も言ったけど、出来ないことを出来るって言ったってダメなの。誰も助けてなんてくれないのだから。諦めろ」
「でも……っ!」
蒼は、咳き込んで俯いた。
「あんたが無理して行っても足手まといだ」
関口ははっきり言い切る。
「いい加減にしなさい!40度も熱があるんだぞ?中途半端なことはするな!」
さすがにイラっと来た。
そういうことは嫌いだ。
この状況はどう見ても無理。
だったらここはすっぱり休むべきだ。
下手に行ったらみんなの足手まといになるだけだ。
声を大きくして蒼を怒りつけてしまう。
彼は俯いたまま、布団を握り締めていた。
少し言いすぎだろうか?
ふと後悔してしまう。
だけど、ここまで言ってしまったのだ。
引っ込みがつかない。
彼と居ると、大きく感情を動かされる。
苛立ちと、もどかしさ。
自分の気持ちを隠そうと、声を低くして言い聞かせるように続ける。
「分かりましたね?あなたは休んで……。蒼?」
彼は泣いていた。
「ふえ……」
「蒼……」
泣かせてしまった。
関口は、さすがにどっきりして彼を見つめる。
こんなことで泣くか?
いい大人の男が。
おたおたする。
しかし、彼の泣いている理由は、関口に怒鳴られたことではなかったらしい。
「いつもいつも足手まといだもん。なにも出来ないから、休まないで仕事にだけは行こうって思っていたのに……。体調管理も出来ないなんて」
「蒼」
悔しいと思う。
蒼は新人で、何も役に立たない。
だから、仕事だけは元気に出て、皆の仕事がはかどる様にしたかった。
自分にはそれしか出来ないから。
なのに、それすらままならないなんて。
「おれって、なんにも出来ないただのお荷物だ……」
「蒼。おれはそんなつもりで言ったわけではなくて……」
ぽろぽろ涙をこぼしている彼は興奮している様子だった。
関口は彼の手を取り、静かな口調で話す。
「蒼。おれは星野さんとの付き合いは長い。いい?よく聞いて。風邪を引いたからってお荷物だなんて、あの人は絶対に思う人じゃないし、水野谷さんも、氏家さんも、高田さんも、尾形さんも、吉田さんもそんな事を思う人じゃない。分かる?自分のこと過小評価しているのだ。君は」
ぐずぐずしている蒼。
半分、呟くように続ける。
「久しぶりに星音堂に来て嫉妬したくらいだ。君がいるだけで事務所の雰囲気は全然違うよ。蒼」
そう。
なんだろう?
前とは違う。
ほんわか暖かい感じがしたのだ。
以前とは、変ってしまった事務所の雰囲気に戸惑った。
違う。
ここは、自分の知っている場所ではなくなってしまった。
だけど、それは自分一人で感じていただけのこと。
星音堂の事務室は相変わらず、自分を待っていてくれたではなかったのか?
蒼の作っている雰囲気は誰も拒まず、包み込んでくれる。
そんな気がした。
蒼を引き寄せて抱き締める。
身体は燃えるように熱い。
熱に浮かされているのだろう。
言っていることも支離滅裂気味だ。
「関口……」
「平気だ。病院に行こう。おれが星音堂に電話しておくから」
「うん……」
彼の温もりにほっとした。
自分はダメで何も出来ない子。
そんな不安な想いはいつの間にか薄れていく。
関口が側に居て、こうしてくれているだけで落ち着く。
もう少し側にいてくれないかな?
彼に身体を預けて、そんなことを考えていた。
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