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06 愛しい人3
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「だめだったんだよ。彼女は身分の高い人と結婚してしまったんだ。もう逢うことはなかったんだよ」
彼女は、切ない顔をした。
「かわいそう……。こんなに素敵な曲を聴いたら、その女の人は絶対。分かってくれたのに」
「ボスさんの想いは伝わらなかったけど、この曲にはボスさんの愛がたくさん詰まっているんだ。ゆうちゃんがとっても大切な人が出来たら、この曲を弾いてあげて欲しいな」
「はい」
彼女は、ごしごし涙を拭き笑う。
「ごめんなさい。次までには絶対心を込めて練習してくる。先生みたいにはまだ弾けないけど。ゆうちゃんも大切な人に弾いてあげたいの」
「そうだね。分かってもらって良かった。ボスさんも喜んでいるよ」
焦ってばかりいて前に進まない。
自分にも覚えのあることだ。
彼女もそうなのだろう。
どうしたらお母さんみたいになれるの?
どうしたらお父さんみたいになれるの?
自分に聞いても答えはでない。
あの頃の自分もそうだった。
大人に囲まれていて、その中でどうしたら認めてもらえるのか。
基礎の練習なんて嫌気が差した。
早く難しい曲を弾いて、みんなに認めてもらいたい。
そんな想いでいっぱいだったのだ。
彼女もそうなのだと思う。
難しい曲を弾き込んで、テクニックで褒めてもらいたい。
だけど本当に大切なことってなんだろうか?
難しい曲を弾くことが全てではないってこと。
「ゆうちゃん。ボスさんの思いが詰まった楽譜を隅から隅まで読んできてあげてね」
「はい」
関口の言葉に、彼女は笑顔で頷いた。
素直でいい子だ。
彼女には、自分のような過ちを犯してもらいたくない。
基礎をしっかり学び、そして曲にこめられた想いを感じ取る。
機械ではなく、人間として音楽に取り組んでもらいたいと思っているのだった。
「じゃあ、今日はここまで」
自分の思いを振り切るかのように、妙に大きな声を出す。
彼女は、嬉しそうに楽器を片付けた。
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