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06 愛しい人4
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「先生ありがとう。来週もよろしくお願いします」
星音堂の練習室は、防音になっている。
そのため、扉は大人でも躊躇してしまうくらい重いのだ。
先に立って扉を開け顔を出すと、そこには彼女の母親が待っていた。
この子に期待をしているのだろう。
こんな遅くまで、レッスンが終わるのを待っている母親。
熱心である。
関口が頭を下げると母親も頭を下げた。
「先生。お世話になりました」
「お気をつけて」
「またね、先生」
「さようなら」
レッスンが終わると一人の女の子。
ゆうちゃんは、嬉しそうに母親に手を引かれて廊下に消えた。
仲睦まじい親子を見送り、関口はぼんやりとその場に立ちつくす。
あんな風景に憧れていた。
母親が迎えにきてくれる。
手をつないで帰る。
そんな小さなことが、彼には足りなかった。
両親は多忙でいつも不在。
小さい頃から、暖かい親の愛情を感じたことはひと時もなかったのだ。
親子であって親子ではない世界。
子どもの頃から感じている不安。
胸を締め付ける。
少し息が苦しくなって、そのままじっとした。
この不安は、時間が経たないと消えないのだ。
こうしてじっとしていれば小さくなる。
大丈夫だ。
今日もいつもと同じだ。
関口は、じっとして不安をやり過ごそうとしていた。
すると、後ろから誰かが歩いてくる音が響いた。
「あれ?」
足音の主は立ち止まり声を上げる。
びっくりして振り返る。
そこには、こじんまりした蒼が立っていた。
今日は、遅番か。
戸締りをしにきたようだ。
彼の手には、沢山の鍵の束が見えた。
「蒼」
「終わったら出てよ。鍵閉められないじゃない」
「客に対して何で横柄な態度だ。市役所に苦情を入れておくか」
「な、」
蒼は怒り出す。
時間は21時を回っていた。
ヴァイオリン協会の一日はハードだ。
昼から引っ切り無しに生徒がやってくる。
入ったときは明るかったのに、もう外は夜になっている。
そんなことが毎週日曜日にあるのかと思うと、なんだか悲しくなってしまう気もするが、生活のためだ。
仕方がない。
関口は、蒼を無視して楽器をケースにしまい、廊下に出る。
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