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08 安寧のとき3
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「本当だったら避けて通りたいところなんですけど……。今回は、頑張ってみようかと思っています」
しばらくの沈黙の後、柴田は軽く笑った。
「何が後押ししてくれたのかな?恋人か?大切な人が出来たのだろう?守りたいものが……」
どっきりだ。
苦笑するしかない。
「はは……。恋人なんて大げさなものじゃないんですけど。好きな人が出来ました。ずっと、音楽とヴァイオリンに全てをかけて来ました。だけど、どうしても逃げたい気持ちがあって、ずっと避けてきました。それが、最近ではこのままでいいのか?と言う疑問より、やはりいけないのだと言う思いが強くなりました。こんな半人前では、あの人に不釣合いだし。人間としていけない気がするんです」
関口の切々とした告白をじっと聞いていた柴田は、嬉しそうに頷いていた。
「いい兆候だ」
「先生」
「男はね。やらなくちゃいけない時があるってもんだ。好きな人のためならなおさら……ね」
柴田の口からそんな言葉を聞くとは思わなかった。
妙に納得できるのは自分の想いに合致するからなのだろうか。
「応援しよう。練習室はいつでも使っていいから。夜中だってなんだって一日中使っていい。遠慮はするなよ。じゃないとおれがコンクールに出るのを辞めさせるからな」
厳しい言葉のように聞こえるが、これが彼の愛情表現だということはよく分かっている。
頭を下げた。
「先生……。すみません。コンマスまでやらせてもらっているのに。勝手にこんなことを決めてしまって……」
「いいんだ。お前はお前の道を進めばいいんだから」
そう。
自分の道。
柴田は、ふと思う。
それは本当に自分の道なのだろうか?
自分で選んだ道なのだろうか?
親と同じ道を選ぶことが正しいのだろうか?
彼のことは小学校の頃から知っている。
ずっと見てきた。
栄光と挫折。
前向きに進もうとしている彼の道が正しいものだといいのだが……。
「優勝したら、食事でもおごってもらうか」
「え?そっちですか?」
関口は、笑ってしまう。
昼食を運んできてくれた柴田の妻も笑った。
「圭くんは家の子みたいなものですからね。私も応援するわ。そうだわ。泊まっていけばいいのに。合宿みたいな感じよね」
朗らかに笑う彼女を柴田はたしなめる。
「おいおい。それでは恋人と会えないではないか」
「先生!恋人ではなくて……」
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