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10 当てのない想い3
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「肺炎だね~」
狭い診察室で向い合い、蒼は目の前の若い医師を見つめる。
彼には、前回もお世話になった。
最初の頃は、高齢のおじいちゃん先生だったのだが、世代交代したらしい。
彼の名札には病院の名前と同じ「梶川」と言う文字がプリントされていた。
「肺炎……ですか」
医師の診断は明瞭なものだったが、レントゲン写真の所見に目を疑ってしまう。
自分の胸の写真は、真っ白だ。
あっと言う間にこんなになってしまったのか……。
この前は、なんとも無くただの風邪だと診断されたのに。
その後に悪くなっていたらしい。
「この前、良くなったと思っていたら、くすぶっていたんだね。今は微熱があるみたいだけど、段々上がってくるんじゃないかな?」
のんびりした口調で言われても困る。
蒼は焦っていた。
酷い。
「喘息、あるんだっけ?」
「え。あの。子供の頃は、しょっちゅう発作を起こしていたんですけど。でも、大人になって良くなっていて……」
「小児の喘息は大概、大人になると落ち着くんだよね。……ただ酷いと、季節の変わり目なんかに発作を起こすことがあるんだ。喘息の再燃って言うやつだね」
また。
またなのか……?
ふと不安が胸をよぎった。
「熊谷くんの場合は、風邪が引き金になって喘息をぶり返したようだ。今回は、おまけの肺炎まで付いてきちゃったね」
「……」
嫌だった。
喘息の発作。
苦しくて。
嫌い。
「入院した方いいね」
「え?入院……ですか?」
「うん。抗生物質の点滴をしてがっちりやらないと……後々長引くし。今晩あたりは、喘息の発作がくるかも知れないし。きちんと治療した方がいいと思うよ」
あの発作がくる……。
考えただけでも恐怖だった。
これはきちんと治さないと。
自分のためってこともあるけど、関口のことを考えるとそれが一番いい方法に思われたからだ。
「今日ってことですよね?」
「そうそう。すぐのほうがいいよ」
医師はらパソコンで入院状況を確認する。
「空いているな。大丈夫。個室でもいいかい?少し料金が高くなるけど」
「ええ……」
個室のほうが気が楽だ。
少しくらい平気だろう。
「じゃ病室を用意しておくから、すぐに戻っておいで」
蒼は診察室を後にし、受付に顔を出す。
事情を説明してから外に出る。
ここからアパートまで歩いて30分。
結構な距離だ。
行くときは、なんとかなるかも知れないけど、戻ってくるときはタクシーじゃないとダメだな。
ふらっと大通りに出るとバス停が目に入った。
具合がいい。
バスならすぐだ。
ほっとしてバス停に向かう。
ここまで来たら早く治したい。
彼のコンクールを聞きに行きたいから。
関口のヴァイオリンが聴きたい。
彼がどんな音を奏でるのか。
聴きたいのだ。
早く治す。
ぼんやりした意識の中、その一心で蒼は自宅に戻った。
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