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10 当てのない想い4
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ヴァイオリンを片付けて、ため息が出る。
時計を見ると、すでに23時を回っていた。
今日はもう帰ろうか?
コンクールを目の前にして練習には熱が入る。
いくらやってもやりすぎと言うことはないのだ。
本当だったら、ここに泊り込んで弾き込みたい気持ちもあるが、睡眠をきちんととって、体調管理をするのもコンクール前の準備の一つだ。
それに蒼にも逢いたい。
今朝は目が覚めると、すでに蒼の姿はなかった。
一日一回、彼と顔を合わせないと落ち着かないのだ。
防音室は窓がないので、外がどんな状況なのかは分からないけど、天気予報だと雨ではないと思われる。
ケースを持ち上げ、階下に降りると、リビングでテレビを見ていた柴田が顔を上げた。
「帰るのか?」
「はい。すみません。毎日毎日、遅くまで」
「おれは構わないよ」
「また明日も宜しくお願いします」
頭を下げて外に出る。
いい夜空だった。
星がきらきらしていて、疲れも取れた気がする。
「あいつ、もう寝ているだろうな……」
深呼吸をして、車に乗り込んだ。
最近は、いくら疲れていても帰宅する時間はうきうきして楽しいものだった。
帰宅すると、彼が待っているからだ。
それを想像しただけで嬉しくなってしまう。
しかし、今日は違っていた。
アパートの駐車場に到着すると、いつも電気がついている部屋は真っ暗だった。
「?」
もう寝てしまったのだろうか?
いつもは、寝てしまっていても関口のために電気を着けておいてくれることが多いのに。
珍しいことだ。
それともまだ帰っていないのだろうか?
「ただいまー……?」
室内は静まり返っている。
「あれ……?蒼?」
寝ているとしてもすやすや寝息が聞こえるものだ。
なんだか人の気配がしない。
もうこんな時間なのに。
残業?
そんなはずはないと思うんだけど……。
電気を着けると、誰もいなかった。
ベッドも綺麗なものだ。
関口が今朝出たときのまま。
どうしたんだろうか?
楽器を置いて、関口はため息を吐く。
せっかく蒼に逢えると期待して、楽しみにしていたのに。
荷物を片付けて、ベッドに寝転がろうとしたとき。
テーブルの上に無造作に置いてある紙切れを見つけた。
「なんだこれ……」
蒼がいないので疲れがどっと出たらしい。
腕が重く感じられた。
紙面には大雑把な、蒼らしい字が記載されていた。
『関口へ
今日から残業が続くことになりました。
朝も早いし。
不規則になるので邪魔になると思います。
だから3、4日、友達の家に世話になることにしました。
勝手で悪いけど、その方がのんびり練習に専念できると思う。
本番は休みだから見に行くね。
頑張ってね。
蒼』
関口は目を疑う。
は!?
どういうことだ?
友達って……。
そんな面倒を見てくれる友達がいるなんて、聞いたことがない!
「あいつ!」
む~っとして手紙をくしゃくしゃにする。
余計なお世話もいいとこだ。
蒼がいて邪魔だなんて思ったことは、これっぽっちもない。
むしろいてもらってありがたいくらいなのだ。
疲れと苛立ちと。
怒りがこみ上げる。
文句を言って呼び戻さないと。
しかし、携帯に手を着けてはっとした。
彼は蒼の携帯番号を知らない。
なんてことだ。
あまりに身近すぎて、番号の交換をしていなかったのだ。
焦る。
のんびりだって?
できるはずがない。
今の関口にとって、蒼に逢えないことほど、ストレスの原因になるものはないのだから。
イライラした。
余計な気を回してくれたものだ。
蒼のお人よしに腹だった。
あんまりイラついたせいで、なんだか寝付けない気がする。
「一体なんなんだよ……」
自分のイラつきが良く分からない。
どうして蒼が必要なのか?
こんなにも蒼がいないことが精神的にダメージを受けるとは思ってもみなかった。
ぼんやりと呟く。
「蒼……」
ほんわかお日様みたいな蒼の笑顔が見たかった。
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