アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
10 当てのない想い5
-
ぼんやりしていた。
覚えている指だけが勝手に動く。
ふと気が付くと、伴奏であるピアノの音が響いていなかった。
顔を上げて桃を見つめる。
彼女は渋い顔をして関口を見ていた。
「全然だめだね。なに、あんた」
ここは、柴田の練習室。
本番が近いので、桃との練習時間も長くなっているところだったが。
今朝からぼんやりしている関口は上の空だ。
彼女はさっさと楽譜を閉じた。
「今日のあんたは話になんないよ」
自分でもそれは自覚している。
大きくため息を吐いて、楽器を下ろした。
「だろうなあ」
「蒼と喧嘩でもしたの?」
帰り支度をし始める彼女。
もう今日は練習をする気はないらしい。
関口もあきらめて、側にある椅子に腰を下ろした。
「喧嘩ならまだいいんだけど……。相手がいなくなってしまってね」
「蒼が?だってあそこは蒼の家なんじゃないの?出ていったってこと」
「なんだか、変な気を回しているみたいで、おれに迷惑をかけないようにって友達の家に行くってさ」
桃は苦笑する。
「あの子の考えそうなことね」
「そういうなよ。おれにとったら大問題なんだからさ」
弦を緩めて彼も片付けをした。
こんな調子では下手に練習しないほうがいいだろう。
変なクセが付いてしまいそうだ。
「ふうん?あんたみたいな素直じゃない男でも寂しいなんてことあるんだ?」
完全にからかわれている。
しかし、それは図星でもある。
自分でも不可思議なのだから。
今まで人に頼るってことがなかったから。
精神的に依存している自分が、不思議で仕方ないのだ。
「……」
「あんた、蒼のこと、本気なんだね」
「は?」
突然なにを?
関口は瞬きをする。
「だから。好きなんでしょう?」
「……」
そうはっきり聞かれると言葉に詰まるが。
「そ、そうなんだろうな。多分」
そう。
蒼のことが好きだ。
大切に思う。
そして、側にいてもらいたいと思った。
どこがどうなの?って聞かれても困ってしまうが。
好きなのだと思う。
「うん。好きだ」
大きく頷いて桃を見ると彼女は苦笑していた。
「本気だってことは見ているだけで分かるけどね~。そんなに本気なのに気が付かない蒼って、どんだけどんくさい訳?」
彼女は荷物を抱えて立ち上がる。
「大体、曲は出来ているから。あんたは本番慣れしてないから、それだけが心配なの。あと、三日あるしね。合わせるのは、当日にしましょう。それまでにあんたの心をなんとかすることね。万全で臨めるように」
軽く笑顔を浮かべ、彼女は颯爽と帰っていく。
「期待しているわよ」
関口の胸に彼女の言葉が突き刺さる。
そういわれても困るのだ。
自分の気持ちをどうすればいいんだ?
もやもやした気持ちのまま、柴田の妻に挨拶をして外に出た。
ともかく。
どうしていいのか分からず途方にくれた関口は、アパートに戻った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
63 / 869