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10 当てのない想い6
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まだ時間は昼下がりだ。
こんなに日中に帰宅したのは久しぶりだ。
重い玄関を開け、室内に入る。
静まり返ってしまっている部屋。
南向きのその部屋は、じんわり暑さを感じられた。
クーラーに手を伸ばす。
「また一人なのか……」
精神的に堪える。
室内を見渡す。
蒼の存在が感じられる部屋。
視線をめぐらせると、切なくなってきた。
「本当にバカなんだから……」
小さな親切大きなお世話って言葉、そのままだ。
気を使いすぎだし。
関口にとったら、彼がいてくれるだけでいいのに。
時間なんか気にしない。
睡眠時間が削られたって、構わないのだ。
彼がいてくれるだけで……。
「蒼……」
しばらくじっと考え込んでいたが、意を決して車に戻る。
限界だ。
ともかく。
蒼に会わなければ。
会ってどうするって訳でもない。
ただ、一言だけ言ってやりたいことがあるのだ。
『帰ってこい』
プライドの高い関口からしたら、とても口に出来るような言葉ではない。
だけど、そんなプライドなんてどうでもいい程、焦っていたのだ。
今の自分だったら、蒼を連れ戻すためになんだってできそうな気がするのだ。
ただ一つ、怖いのは蒼に拒否されること。
蒼に自分の存在を拒否されてしまったら最悪だ。
傷つきたくないのは、誰しもが思うことだ。
おかしなことになったものだ。
意識していないときはあんなに言いたいことを言い、自由気ままにしていたのに。
なぜか萎縮してしまう。
蒼に嫌われたらどうしよう?
蒼にどう思われるだろうか?
蒼に拒否されたらどうしよう?
怖い。
怖い。
怖い。
どきどきして、心臓が止まってしまいそうだった。
葛藤の中で意識は、ぼんやりしている。
いつの間にか、気が付いたら星音堂の前にいた。
車を駐車場に止めてここまでどうやってきたのか全然意識はなかった。
おろおろと事務室への玄関に向かおうとしたとき、背後から聞きなれた声が響く。
「関口?」
はっとして振り返ると、そこには星野がいた。
経費節減のせいか、クーラーを控えているのだろう。
事務室の窓を開けて涼んでいたところだったようだ。
彼はネクタイを緩め、だらしない格好をしてうちわを持っていた。
「どうしたんだ?珍しいな。こんな平日の日の中から」
「星野さん」
星野は、不思議そうに関口を見ていた。
そして、彼の声を聞きつけたのか、その後ろからは吉田も顔を出した。
一瞬。
蒼かと思ってどっきりしたが、蒼ではないことが分かると、ほっとしたような、残念な気持ちになった。
「こんにちは。吉田さん」
挨拶をして二人を見る。
星野は、切羽詰ったような顔をしている関口を不審そうに見ていた。
「おいおい。怖い顔して。どうしたんだよ?蒼になにかあったのか?」
「え?」
な、何の話だ?
ぱたぱたとうちわで扇ぐ星野。
そして、後ろにいた吉田は、心配そうに関口を見ていた。
「蒼、入院しちゃったんだって?まさかそんなに悪いなんて思わなかったからさ」
「入院?」
予想もしない言葉に疑問符だらけだ。
関口の反応に星野は首をかしげる。
「お前、どうなってんだ?え?蒼は大丈夫なのか?」
「それはこっちの台詞ですよ。蒼がどうしたんですか?」
慌てて星野に詰め寄る。
「そんなに怒ることないだろ~?」
「怒ってませんよっ!ただ事情を教えてもらいたいだけです!」
それが怒ってるんじゃね~か……と星野は苦笑する。
「すみません」
黙り込む関口。
なんだか思いつめたような表情の彼。
星野は笑顔をやめ、関口をまっすぐに見つめる。
そして、落ち着かせるように静かな口調で話した。
「昨日かな?風邪気味だから課長が早退させたんだ。そしたら夕方、連絡が来て。肺炎だったんだってさ。入院することになったから数日休むって言ってた」
「入院って。肺炎?なんだそれは……。聞いてないぞ。蒼……」
入院だなんて。
悪いに決まっている。
先日の風邪のときだってつらそうだったのに。
更に肺炎も起こしているのでは大変だと思う。
目の前は真っ白になった。
すぐに会いに行かないと。
関口は星野の腕を掴む。
「どこの病院ですか!?」
「病院?そこまでは聞かなかったよ。声も辛そうだから、詳しいことは落ち着いたら連絡するって言っていたけど……」
星野が説明していると、水野谷も顔を出す。
「明日にはまた、連絡するって言っていたけど?」
「ありがとうございます!」
彼は頭を下げて走り出した。
当てはない。
だけど、この前の病院に問い合わせてみよう。
主治医だって言っていたし。
あそこだったら、入院施設もあったはずだ。
無我夢中だった。
後ろで星野たちが呼んでいる声も耳に入らなかった。
「関口って!……あ~あ。行っちゃった……。あいつ。マジだな」
星野は爆笑だ。
「え。なんですか?」
彼の言っている意味が分からない。
首を傾げている吉田に手を振って、「なんでもない」と誤魔化すが、いつまでも笑いは止まらなかった。
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