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13 王子様7
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あれから。
自分は毎日のようにここに通った。
あの時、出会った男が星野である。
当時、星野はまだまだ下っ端だった。
しかし、他の職員たちもみんないい人ばっかりだったせいか、すっかり入り浸ってしまった。
答えを見つけるまではコンクールには出ないと決めた関口。
だけど自分のヴァイオリンを聴いてもらいたくて、ときどき事務室で練習の成果を披露した。
星音堂に勤めるだけあって、職員たちは耳が肥えている。
ああだこうだとアドバイスをもらったり、一緒に歌ったり。
時々、演奏会があると裏口からこっそり入れてもらって素敵な演奏をただで聞かせてもらった。
音楽を楽しいと思えるようになった。
音を楽しむ。
楽しんでやると言うことを学んだ関口。
ヴァイオリンを捨てようと思うことはなくなっていた。
だけど、あの時の気持ちや、思いは忘れられない。
あの男。
川越聖一。
彼に突きつけられた言葉は、今でも胸の奥にしまってある。
自分が音楽をやる上で、いつもベースにあることなのだ。
それが今日。
やっと乗り越えられるのかも知れない。
ここ、星音堂で。
『やれば出来るな!ガキ』
『お前、結構、努力家だよな。マエストロの子どもって大変だ』
『よくやった!』
にこにこ笑顔で自分を励ましてくれた星音堂の職員たち。
思い出す。
彼らの笑顔。
そして、あの人。
ほんわかお日様みたいな男。
熊谷蒼。
側にいてくれるだけで関口に力をくれる。
『大丈夫。おれは信じている。関口なら乗り越えられるって』
ありがとう。
蒼。
乗り越えられるかどうかは分からないけど、自分が出来ることを精一杯頑張ってみたい。
キミにちゃんと伝えたいことがあるんだ。
だから……。
ブウン……と余韻を残して静寂が訪れる。
瞳を開けると静まり返ったホールが見えた。
眩しいくらいのライト。
側のグランドピアノに座る桃。
視線の先には審査委員席があった。
息をすることもはばかられるような雰囲気の中、桃がピアノから手を離すと拍手が巻き起こった。
残響時間が長いので響きがよいと定評のあるホールに客たちの拍手がこだました。
立ち上がって声を上げている客も見受けられる。
「ブラボーっ!」
「ワー!」
割れんばかりの拍手。
長い息を吐き、ギャラリーを見渡した。
終わったのだ。
大好きなここで。
この星音堂で……。
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