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13 王子様8
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ステージを降りても、まだ足元がおぼつかなかった。
ふわふわと雲の上を歩いているような感覚である。
裏の控え室を抜け、廊下に出ると桃は嬉しそうに彼の背中を叩いた。
「やっぱりあたしの見込んだ男だ!」
「痛っ!」
気が抜けてしまっていたのだろう。
少し桃に押されただけなのに、腰砕けになって側の手すりに手をつく。
「乱暴だな」
「はあ?情け無い!褒めるんじゃなかったわ!」
仕方ないじゃないか。
本当に久しぶりのコンクールだし。
人前での演奏だし。
なんだか緊張して大変だった。
「緊張するに決まってんだろ!」
彼の素直な反応に桃は爆笑する。
「仕方ない男ね。今まで逃げ回っていたツケね。ツケ」
彼女は楽譜を丁寧に持ち替え、関口を見つめる。
「……音楽には好みって物があるからね。審査員がどういう審判を下すかは知ったことではないけど。私はいいと思っているよ。今日は成功だったわ。今の時点でこれ以上の演奏はないでしょうね」
嬉しい言葉だ。
音楽は評価するには難しい分野だ。
譜面通り正確に弾くと言うことがベースにあり、曲想などは自分の解釈になる。
解釈は千差万別。
同じ演奏でも聞く側の受け取り方によって、ずいぶん違うものになってしまうのだ。
コンクールの審査委員とは大概、メジャーな解釈をしてくれるものだが。
審査委員の専門としているもので評価は大きく分かれることもある。
ヴァイオリニストであればスキル。
音楽研究家であれば曲の解釈。
指揮者では印象。
その人、その人のクセもある。
今回の関口の演奏はどう取り上げられるのかは分からない。
不安は残った。
気持ちを落ち着かせて深呼吸をしていると、桃が声を上げた。
「あら」
嬉しそうにしている彼女の視線の先。
蒼がいた。
小さくて頼りない彼。
体調もイマイチみたいで、手すりに掴まっていた。
「蒼」
職場だし、なれている場所のはずなのに。
彼は何だか居心地が悪そうだった。
「あ、あの」
側にやってくる蒼。
聞いていてくれたのだろう。
関口は燕尾服。
蒼はじっと彼を上から下まで眺める。
なんだか違う人に感じた。
そっと関口の腕に触れてみる。
夢じゃない。
目の前にいるのは関口なのだ。
彼は俯いた。
「初めて、関口のヴァイオリンを聴いた。な、なんなんだろう?なんだか良く分からないけど。悲しい音……。涙が出た」
蒼は大きな瞳を潤ませている。
もうすっかり泣いていたのだろう。
目は充血していた。
めそめそしている。
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